宵の凪
夢を見た気がした。見る夢は大体決まっている。
外は真っ暗だった。微かに星が見える。
ベッドの足元でタネが寝ていた。こいつも寝るんだな。
頬をつついてみるが、起きる気配は無い。
欠伸をして体を伸ばすと、もう瞼は重たくなかった。
立ち上がり、寝癖を直して玄関を開ける。
タネは、置いていっても大丈夫だろう。
すっかり夜だが、人の活気はまだ残っている。
レストラン"ハナ"は数組の夫婦で賑わい、商店街もまだ灯りが点いている。
灯りの着いた雑貨の出店に顔を出すと。背の高い女性が居る。
サルビアと同居しているジローだ。
「あぁ、ベゴニアさん。こんばんわ」
「どうも」
ジローが手に持っているのは、派手な色の小さなポーチだ。
「探し物はあったか?」
「はい。サーちゃん最近、お薬を持ち歩くので」
鎮痛剤や抗生物質の事だろう。傷は塞がったとは言え、まだ安心は出来ない。
人間を完治出来る魔法があるなら、はなから人類はここまで減ってない。
「…ジロー。もしサルビアが、旧市街のずっと奥に行くから、暫く会えなくなるとか言い出したら。どう思う?」
ジローはキョトンとして首を傾げる。
「そうなるんですか?」
「可能性はある」
特に悩むこともなく、ジローは笑って答えた。
「それなら、もっと大きなお薬ポーチが要りますね」
「いいのか?」
たしか以前は、サルビアに行って欲しくないと嘆いていたが。
「はい。サーちゃんが楽しめる方が大事ですから…」
ホルンの事を思い出す。確かホルンは、パンデミックの時にたまたま出会ったジローとふたりでこのコミュニティに来たと言っていた。
「ホルンも、ついて行きそうだな」
「そーですねぇ。あの子、サーちゃんっ子ですから。ベゴニアさんは、何を買いに来たんですか?」
何も考えてなかった。適当に暇を潰すつもりだった。
適当に目に付いた商品を手に取る。指の長さ程の大きさの、毛糸で作られたナースの人形。
「…これなんだ?」
「ブードゥー人形です、可愛いですよね」
「…物騒な名前だな」
昔、そう言う名前の宗教を聞いたことがある。まだやってるだろうか。信徒が虫になってないといいが。
「幸運を呼び寄せる人形だと、流行ってた時期がありましたね」
「これがあれば、ジャンケンに勝てるかな」
「…試してみます?」
ニヤリと笑ってジローが拳を掲げる。望む所である。
「ジャンケンポン」
結果は僕の負け。
「ありゃりゃ」
「…これ、営業妨害かな?」
「買わないといけないのかも?」
ジローと別れて、夜道を歩く。手には先程のナースの人形。言われみれば、可愛いかもしれない。
少なくとも、やけにリアルな雛人形なんかよりはずっと親しみやすい。
はしゃぎ声がしてそちらを向く。ルンクとヴィンの家だ。
外で絵を描いているヴィンと目が合う。
手を挙げると、ぺこりとお辞儀をした。
「なんで外なんだ?」
「…ルンクが中で、トランプやってるから」
盛り上がっている声は、3人。残り2人の声には聞き覚えがあった。
「カリンとリズか」
「うん」
だからって、わざわざ外に陣取ることは無いだろと思いつつ、横に座る。
何も言わずに、ヴィンは絵を描き続ける。
「…カリンが、ベゴニアが居なくなるかもしれないって、さっき嘆いてた」
「居なくなるとは言ってないんだがな」
実際、片道でも車が使えるのなら、帰ってくるのは可能ではあるだろう。
「でも、回収員としての責任があるからな」
そう言い聞かせるように、言葉にしてみる。
筆を止め、顔を上げたヴィンがこちらを向く。
「…でも、見たいんでしょ?」
胸を刺す一言に、一瞬固まる。
「あの山のてっぺん」
宵闇にぼんやりと浮かぶ輪郭。
「そうだな。まだまだ知らない事だらけだな」
家の喧騒が静かになる。トラックで騒いだ大富豪を思い出す。
何か一つ思い出す度に、ぽつりと現れる後悔。
何のために回収員を続けているのか。それはもう分からないけれど、何のために始めたのか、ひとつ思い出す。
『あたし達に子供が出来て、その子達が次の世代に託して…その時何も無いのは悲しいからさ』
いつかヒマワリが言った言葉。カリンやリズ。ルンクとヴィン。次の世代の彼らに、僕は何か残せてるだろうか。
今しがた買ったばかりのナースの人形を、ヴィンの前に出す。
「…やるよ。幸運を呼ぶそうだ」
受け取ったヴィンは、それをクルクルと回しながら見る。
スケッチブックの上にそいつを置いて、サッと絵に書いた。
横には「Hey」と小さく書いてある。
「可愛がってやってくれ」
「…可愛がる?」
「フジみたいなもんだ」
「あー…」
そう言いながら、ヴィンは人差し指でナース人形の頭を撫でる。
そろそろタネが心配だ。立ち上がり体をほぐす。
「そろそろ行くよ」
「…みんなに、挨拶しなくていいの?」
「おっさんが乱入しても邪魔なだけだよ」
「…そっか。この子、ありがとう」
宵の凪の中を歩く。それとは裏腹に、頭の中では、ふたつの葛藤がぶつかり揺れていた。




