ナジール(後半)
ベティのフックにワイヤーを取り付ける。こちらが全力で引っ張っても、ベティはピクリとも動かない。
「Bettyは力持ちデスよ!任せテ!」
「あぁ、任せた」
ワイヤーを伸ばし切り、アンカーを手に取る。
目指すはナジールの身体だ。
機銃に乗ったカワイが顔を出す。
「援護射撃は任せろ」
「背中を撃たれないことを祈るよ」
「ガタイが小さいから当たらないだろ」
「…カワイも言うようになったな」
「ベゴニアは案外、人間くさいからな。もっと機械かと思ってた」
ユウトが首を傾げる。
「ベゴニアも機械だったのか?」
「心の話だよ」
配置に着いた事を確認して走り出す。後ろにはタネが付いている。片手が塞がった僕の援護だ。
ツタをしっぽで切り落としながら並走する。
四本の脚で悠々と立ちはだかるナジールと、何度目かの目が合う。
脚を付いて広範囲に放つツタをタネが落とす。すぐさまアンカーをナジールに目掛けて投げる。
先端がぶつかったアンカーは、ナジールの胴体に食いこんだ。初めて違う鳴き声を放つ。
「キュォ…キュ…」
「よし!引け!!」
合図と共に、ワイヤーが張り詰める。ベティが勢いよく後退する。
ユユのしっぽにかすめ取られ、僕の身体は勢いよく後退する。
ワイヤーが悲鳴を上げるように軋み、ベティの履帯が地面を削った。
ナジールの巨体は引きずられ、地面を蹴り、それでもズルズルと後退していく。
異形の翅の残骸が擦れ、耳障りな金属音を響かせた。
蜘蛛の時とは違う、圧倒的な重量と馬力。重さ約20t、何百hpのエンジンは、ナジールとの綱引きでは余りに大人げない。
エヴェリンが笑いながら叫ぶ。
「Weaker than Betty? Then get your face washed in dirt!」
それでもナジールも抵抗を辞めない。ツタを地面に張り、その細い身体の全重心をかけて必死に耐えている。
ワイヤーを引き剥がそうとするベティを、機銃で妨害する。そもそもツタではワイヤーを切断することが出来ない。
オマケに主砲が火を吹く。防御しようと前面にツタを張り巡らせたナジールは、自身を支える分のツタが減り頭を地面にぶつける。
その時、アンカーが外れてベティが大きく後ろに下がる。急停止して砂埃をあげる。
ゆらりとナジールが立ち上がる。位置は十分だ。
「ユウト!」
観覧車の柱の根元に立っているユウトが、刀を抜いた。
その斬撃は、観覧車の柱を骨を断つように溶断する。
静かに揺れていた観覧車が、ゆっくりと傾いた。
落ちる。重量に任せて、巨大な車輪がナジール目掛けて横転した。
質量と音が、内臓をひっくり返すように、鼓膜を突き破るように響いて揺れる。
「…あのやろう!」
舞い上がる砂埃の中心で、片方の頭が潰れたナジールはそれでも立ち上がる。
アンカーが抉った胴体から、水が零れ落ちている。
ユウトが、まだ熱を帯びた刀をナジール目掛けて投げる。ツタに弾かれた刀はナジールの足元に突き刺さり、鉄の柱を溶かす。
暴れるナジールが、その溶けた鉄に足を踏み入れた。焼けた肉と鉄の臭いが混じり合う。
突然の高温にナジールは脚をあげようとするが、水が滴る身体は溶かした鉄を固め始めている。
もう刀は、熱を発していない。
もうユウトの義手はリミッターがかかり動かない。そんなユウトを狙ったツタが飛んでくる。
もう斧もボロボロだ。使うのならばここか。継戦能力よりも、ユウトの命を。
紐を引こうとしたその時、空気を切り裂く一閃が通り過ぎた。
その一閃はナジールの動く前脚を抉り取った。
マリーの狙撃銃だ。
体を支えられなくなった前脚は、半分繋がったまま折れる。
その足先が、ナジールの固定された脚に触れた。
自身の能力で、腐り果てたナジールのその身体は、ひどい臭いを撒き散らしていた。
萎れた複眼に、もう光は無い。
歓声よりも先に、死体に火を放つ。さっきまであれだけ暴れたこいつの体は、思いのほか直ぐに燃え上がった。これで、僕らの勝利だ。
「Command, this is Evelyn. Target Nazir eliminated. Repeat, the creature is down.」
エヴェリンのその声が、淡々と聞こえる。
ユウトがリミッターで固まった指で肩に触れた。
「戦車1両と小隊分の人数でナジールを殺せたことは快挙だ。お前のおかげだ、ベゴニア」
「…運だよ。それに、倒したのはマリーだ」
「そこまで繋いだのは、紛れもなくお前だ」
カリンの所に歩み寄る。シライシに介抱されて座っているカリンは、こちらに気づいて目を輝かせている。
「…やっぱり、師匠は凄いです」
「カリンも、少しは強くなったかな?」
本心だったが、カリンは今回の事で負い目を感じているらしい。唇を噛んで下を向いた。
「指、見せてみろ」
カリンの左小指は、根元の部分が白い何かで覆われている。あの時のような硬さはもう無い。
「ベェさん。カリンの指から出てた白い塊、少し拾っておきました。調べたら何か分かるかもしれません」
「…いつも助かるよ。シライシ」
「正直下がれてホッとしてます。あのまま居ても足手まといでしたし」
「その時がきたら、頼むよ」
「無いことを祈ってます、まじで」
マリーとフジが戻ってきた。遊園地の外の建物から狙撃の機会を伺っていた。
最後の一撃が無ければ、ユウトは危うかったかもしれない。
心配で駆け寄る。フジはしっぽを振っている。
目が合ったマリーは、眉を寄せて情けない顔をする。ずるりと膝から落ちる。
「こ、怖かったぁ……」
「マ、マリー?」
「最後しか撃てなくてごめん…」
「いや…それはいいんだが…」
後ろで、カリンたちがマリーを見ている。女傑を装ってきた彼女は、緊張が緩んでしまったらしい。
「あ…」
マリーの唖然を気にせず、皆が拍手をした。
「リーダーらしい一撃だったな」
「いやぁ、俺もあの立ち位置になろうかな」
「リーダーでも、怖いんですね。なのにちゃんと決めて…凄いです」
皆の激励に、こちらが嬉しくなる。マリーは喜んでいるだろうかと前を向いたが、マリーは予想に反して涙目で震えていた。
「…マリー?」
「…違う…違うの…やめて!!」
その叫びに皆が静かになる。半分四つん這いみたいにバランスを崩しながら、マリーは建物の方に走って行ってしまった。
「…悪いなみんな、ちょっと待っててくれ」
褒められる人間では無い。そういう気持ちはよく分かる。だからこそ、マリーとはちゃんと話さないといけない。
ナジール (Nazir)
分類 : 終末種
体調 : 7m~
特徴 : 獣の形をしたトンボ
(某国の現地調査員が残したメモより)
キモイ。とにかくそれに尽きる。
まず見た目が最悪だ。トンボのくせに四足歩行なんてするもんだから余計にタチが悪い。翅は退化して脚にしがみつくみたいに残っている。
靴に羽が生えれば速く走れるのはマンガの中だけだ。
目はもっとひどい。無数のビー玉を貼り付けて同時に睨まれてるみたいだ。集合体恐怖症のやつなら失神するだろう。しかもあの目、ただの飾りじゃない。弾丸の軌道すら見切りやがる。
呑んだくれのおっさんの俺にとっては羨ましい限りだ。
脚には生き物を成長させる力がある。便利そうに聞こえるだろ? だがナジールはやりすぎる。成長させすぎて最後には腐らせるんだ。何でもかんでも台無しだ。
チーズやワインの職人にでもなれば、多少は付き合えるかもしれない。そうすりゃ俺も仲良く飲めただろう。だが実際は、腐臭をまき散らすだけの化け物だ。
……まぁ、やつにとってのチーズやワインは俺だろうが。




