ナジール(前半)
外縁22km。その錆びれた遊園地の入口を飛び越えて中に入る。
僕、シライシ、カリン、ユウト。タネにユユ。
残りの戦車組は柵の外から砲撃する。
プランAは、ナジールを砲撃圏内におびき寄せる作戦だ。
「臭い以外は静かだな…」
「あれに近寄れる生き物は居ない」
もしもガスマスクに臭い遮断機能があったら、気付かずに近づいてもおかしくない。
タネもユユも、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
風が吹いて、観覧車が音を立てる。腐臭が立ち込める。
「…居た」
物陰に隠れる。奇妙な鳴き声が静寂に透き通る。
「…ピ……ピ……」
まるでレーダー音のような声を一定の感覚で発しているそいつの姿を視界に捉えた。
獣型のトンボの突然変異。と言えば伝わるだろうか。
4つの脚には、透明な翅が付いている。飛べるようには見えない。
伸びた首の先に付いた頭を高く上げて、何かを探しているような動きをする。
踏みしめた脚の先、地面には枯れた植物が散らばっていて、次の1歩を踏み締めた所から、緑色の蔓植物が急激に成長したと思えば、茶色く枯れ果てた。
「…あれはなんだ?」
「体に纏った種子を急速に成長させている。脚で触れた物は成長させ腐らせる」
ナジールの少し後ろには、枯れ果てた兵士の死体が転がっている。
砲撃を行うことにやや否定的だったが、これを見てしまったら何も言えない。
「燃やせないのか?」
「種子の為に、体に水を蓄えている」
「そこまで分かってるなら殺せるな。どうおびき寄せるんだ?」
「逃げ続けて煽る」
「…シライシはもう少し離れた場所から撃ってくれ」
「了解です」
「カリン。行けるか?」
「…はい」
「タネ。ユユ。任せる」
「えぇ…」
「わかた」
蔓植物という物がどれ程のものか確かめたい。
道に落ちている何かのメダルを拾い上げ、ナジールの近くに投げ入れる。
音を立てて落ちるメダルに反応したナジールが鳴き声を止めた。
音の方を複眼で見つめている。
草食動物のような仕草なのに、表情の無いその顔は不気味としか言い表せない。
前脚でトンと地面を叩く。そこから伸びるツルがメダルを拾い上げた。
まじまじとメダルを眺めている。
「以前見た変な色のイモムシと似てるな」
そのつぶやきに、ユウトが変な反応をする。
「芋虫だと!?どこで見た!」
肩を掴まれる。動揺してるのが見て取れる。こんなにも動揺したユウトを見るのは初めてだ。
「師匠!」
ツルが目の前に迫って来ていた。ユウトの声が思いのほか響いたようだ。
ユウトが刀を抜刀してツルを切るが、それでも迫ってくる。
ユウトの抜刀はあと2回。
「後で聞く。捕まっても、とにかくやつの近くに連れて行かれるのだけは避けろ」
「…あぁ」
ツルが絡まり合い、こちらに迫ってくる。
斧で切りながら攻撃を躱す。
ナジールは1歩も動かない。植物を伸ばし、こちらを捕まえようとしてくる。
「動かないぞ!」
「…火を付ける」
ナイフで捌きながら、ユウトが大きく回ってナジールの後ろに行く。
それでもナジールは全方位にツタを振り回している。
ユウトはポケットからライターを取り出すと、積み上がった兵士の死体にそれを投げた。
「…何してんだ!」
火は、乾ききった屍を伝い広がっていく。ナジールがツタを振り回して火を消そうとするが、その足跡には燃料が多すぎる。
ナジールが1歩前身した。
「ゾンビになられても困る。一石二鳥だ」
「あんなカッピカピのゾンビが、ユウトに脅威とは思えないがな」
「そんな…」
「止まるな、カリン」
カリンの目が揺れている。その先は、ナジールではなく、燃える屍の方だ。
「せめて…あの人たちが、生きた証を…」
カリンが走り出す。ツルの攻撃をギリギリで躱す。
その動きは、ケラ喰いごっこで見せた動きと似ていた。
「カリン!」
思わず声をかける。カリンが一瞬立ち止まった。
呼び止めたのは僕だ。その一瞬が命取りになった。
その刹那、ナジールの攻撃がカリンの顔面に直撃した。
大きく首が動いたカリンから、ベルトがちぎれてガスマスクが外れる。
「息をするな!カリン!!」
遅かった。カリンの目は、日に炙られた紙のようにじわじわと黒に移り、瞳は黄色に変わっていった。
静かに唸るカリンの眼光は、ナジールに向けられた。
こちらの声を無視して突撃していく。
ツルを躱し、引きちぎり進む。ナジールの目の前まで来たカリンは、ナジールの素早い蹴りで弾き飛ばされた。
「不味い…!」
カリンの右肩から、植物が伸びている。皮膚の下を這う根が血管のように浮き出る。
「っが…あ……」
のたうち回るカリンへの追撃を、ユウトが抜刀して止める。
残り1回。
「草を抜け!死ぬぞ!!」
駆け付けたシライシがカリンの口に空気銃を咥えさせる。
伸びるツタを根元で掴んで、1つ息を吸う。
「カリン…!」
勢いよく引っ張られた植物は、ズルリとカリンの身体から抜ける。
「ん゛んんっ…!!」
根が皮膚を裂いて引きずり出される。カリンの右半身は根が張った場所から切り付けられた様に血肉が覗かせる。
暴れるカリンの爪がシライシの頬を掠めるが、シライシは必死に抑えている。
「そいつを連れて引け!!」
刀の熱が下がってきているのか、切れ味が落ちている。
救援に行こうにも、ツタの妨害でカリンの方に近づけない。
[What happened?]
ユウトの通信機から、エヴェリンの声がする。
建物を破壊しながら、戦車が顔を出した。
崩れる壁を無視して、力強い主砲が撃たれる。ナジールはツタで受け止めるが、そこから火種が広がる。焼夷弾だ。
燃える地面に、ナジールはツタを振り回し消火しようとするが、ガソリン等が撒かれた地面の火は中々消えない。
ツタを足場にし、ナジールは器用に火災から退避するようにこちらに前身する。
[来た甲斐アッたね!]
「あれでも、街一つ消したのか?」
「街一つ消える火力じゃなきゃ、奴は死なない」
「どうしようも無いな。そいつは」
兵士の死体は、もう識別できないほどに真っ黒になった。
誘導地点まであと少し。そもそも、砲撃で死んでくれるかも怪しくなってきた。
M41 Walker Bulldog “Betty”
「旧日本奪還作戦」、通称“黒船部隊”に所属する軽戦車。
エヴェリン・ハーグローブ二等軍曹の愛機であり、旧日本出身のユウトを支援するために投入された。
終末以前には型落ちとされていたこの戦車だが、エヴェリン自身の改修により随所に変化が見られる。最高速度は時速78km。主砲には徹甲弾・榴弾・焼夷弾が搭載され、虫や終末種への戦闘を想定した兵装となっている。
車体に記された「Betty」の文字は、掠れ、錆び、戦場の埃に覆われながらも、なお誇らしげに残っている。その姿は、彼女と共に数々の地獄を駆け抜けてきた証そのものである。




