胞子とケラ喰いと終末種
戦車の駆動音が旧市街に響く。
ドライバーのルンク、ローダーのカワイ、オペレーターのエヴェリン。
車体の上には僕とシライシ、ユウト、カリン。
そしてタネ、ユユ、老犬フジも同乗していた。
これだけ乗っても力強く進むベティは、その兵器としての技術力を象徴しているようだ。
人も犬もケラ喰いも、こいつの背に乗れば同じ旅の仲間だった。
そして今回は、マリーが来ている。
背中に背負った別途の大型の空気ボンベは、繋がっている狙撃銃の動力だ。
無言のマリーは、冷静なように見えるが、緊張すると真顔になるのは昔から変わらない。
「…リーダーが来るんですね」
「マリーも緊張しているようだ。そういう匂いがする」
久しぶりにFzの声を聞いた気がする。横に居たユウトが目を丸くする。
「…喋る、のか」
「おや、そちらの国には居ないのかな?」
「オォ!彼女も"Walker bulldog"。ナカマ!」
「柴犬ですけどね」
「初めまして。我はFz改め"フジ"。ベティは大きくて素敵なお嬢さんだ。中に入れるというのはなかなか…我もいいかな?」
「ルンクのむっつりはお前由来か」
「え!?フジ!!?」
これまで真顔のマリーが驚いた顔をする。フジはもちろん犬なので、表情は変わらない。
「マリーの緊張が緩んだようだ。人間は理性的だが、やはり交尾の話には敏感だな」
「機械の声と合って無さすぎる」
「理想の自己を演じる君たちの方が、余程"合ってない"よ。それも、人間の味だ」
「犬に言われても」
「我は別に、演じているつもりは無いがね」
フジの言葉に、マリーは何も言わない。今彼女は、逞しいリーダーとして演じている最中だからだ。
「終末種って、そっちの国にも居るんですか?」
カリンがユウトに尋ねる。
「あぁ、共通して言えるのは、パンデミックの中心地から産まれる事だ。どれも巨大で特異な能力を持つ物ばかりだ」
「ケラ喰いとは違うんだもんな?」
「ケラ喰いと呼ばれる生き物は現在東京にしか生息していないが…終末種は皆、胞子と密接に関係していると思われる」
「胞子…」
カリンがボソリと呟く。代わりにシライシが会話を続ける。
「ゾンビも、胞子と関係ありますもんね」
「あぁ、ここから先に関しては、こちらでもまだ分かっていない。そもそも、胞子はどの生物とも類似しない。こんな状況では、研究もほとんど進んでいない」
「機械は詳しくないのに、そっちには詳しいな」
「俺は、元は研究員だ。まさか生き物を殺す才能があるとは、思わなかったがな」
「…来るよ」
フジの言葉に周りを見渡す。前方からケラ喰いが一体。6本個体。
「ガンナー!」
中に入っていたカワイが顔を出す。機銃を構えて発砲する。音と光が静寂に響く。空気銃とは違う、火薬の銃器。
ケラ喰いは尻尾の鋒を使い防御しながらこちらに迫ってくる。
ユウトが手を出し発砲を止めさせ、ベティから降りる。腰の左右に提げたナイフを引き抜きながら距離を詰める。
6本個体のしっぽを、ナイフで弾いて前に出る。人間の手首では出来ない動きで衝撃を逃がし、体幹が一度もぶれる事なく間合いに入った。
両手のナイフを振り下ろす。防御しようと背部腕を前に出すケラ喰いの腕を避け、腕をクロスさせて両目にナイフを突き立てる。
視界を失ったケラ喰いはしっぽと腕を振り回して暴れる。その時にはもう、ユウトはケラ喰いの後ろに回っていた。
空気の焼ける音がした刹那。オレンジ色の光の一閃が、まるで流星のように煌めく。
ケラ喰いの首が地面に落ちた。
「…One more!」
待ち伏せしていた別のケラ喰い。ユウトに向かって飛びかかる。
ユウトはバク転をしながら大きく避け、6本個体の眼に刺したナイフを1本引き抜く。
「ベェ、お願いしていい?」
マリーの狙撃銃のセッティングが完了した。折り畳み式の対物ライフルだ。
「任せろ」
一撃に賭けるこの狙撃銃は、引き金を引く人と、支えながら圧縮空気を送り込む人の2人が必要になる。
ユウトは、ナイフ1本でケラ喰いと攻防している。刀を抜かないということは、その隙が作れないと言う事だ。
マリーの瞳が震えている。この状態は失敗前によく起こる。
「…大丈夫だ、マリー」
「……うん、大丈夫。大丈夫」
小さく震えるマリーの手。小さな瞬きのあと、ピタリと視線が止まる。
「……行くよ」
合図と同時に紐を引く。トリガーが引かれた瞬間。強烈な反動が肩に伝わる。狙撃銃に繋がれた管が外れる。
小さな空気の抜ける音。ペレットがケラ喰いのしっぽを貫きちぎれる。
勢いを止めることなく片脚も吹き飛ばした。
体勢が崩れたケラ喰いの隙、ユウトが再び抜刀する。ぎこちない手首の動きのまま、ケラ喰いの口に刀を突き刺した。
小さな震えが、肩に乗った狙撃銃から伝わってくる。
息を整えようと必死に体を揺らすマリーは、過呼吸を起こしている。
狙撃銃で、皆には顔は見えない。リーダーを演じるマリーのPTSDを、回収員の皆には見せたくない。
「素晴らしいですなぁ、その刀、我が咥えても使えますかな?」
フジが話題をユウトに逸らしてくれた。
静かに狙撃銃を揺らしてマリーを正気に戻す。大きく息を吸って、こちらを見るマリー。
「…ありがと」
「ナイスだったよ」
「専用狙撃銃」(セロトニン)
マリーの装備している折り畳み式対物ライフル。
要塞種の確認以降「一撃で仕留める為のライフル」の設計が始まった。
しかし現在の技術力では、通常の圧縮機構では威力が足りず、中型の空気圧縮ボンベ一本分の空気を一度に全て解放する必要がある。
そのため、ボンベを繋いだまま射撃姿勢を取るのは不安定になり、運用には二人がかりが必須となった。
ひとりはトリガーを引き、もうひとりはボンベを接続し空気を送り込む。
どうせ二人で扱うならと、銃自体を拡張し、二人で支えることを前提とした重量・反動設計にすることで、さらに火力を底上げしている。
まるで安定感の無い武器なのだが、命中した全ての生き物に一定の安らぎ(死)を与えてくれる。




