カリン:いつの日かに託した夢
回収員のリーダー、マリーゴールドさん。
顔を見たのは初めて回収員になった時以来だ。あの時と同じキリッとした目で、ユウトさんの話を聞いている。
「少なくとも私は、皆を置いてそちらに行く気は無い。コミュニティの人には伝えておこう」
「…本当にいいのか?こんなギリギリの生活が、いつまでも続く訳じゃないんだぞ?」
「現地人を連れていくと、報酬が増えるのかい?そうでないなら、それはこちらの自由だ」
ユウトさんは金属の腕を組み、金属の指でカチカチと当てて音を鳴らしている。
その音に反応して、部屋の隅でお座りしているFzがしっぽを振っている。
言葉を話せるはずなのに、犬のフリを続けてる。
「エヴェリンと君たちの戦車はここに居る。行ってあげるといい」
そう言って差し出した地図を、ユウトさんが受け取る。
「…あぁ…」
部屋を後にするユウトさんを見送り、マリーゴールドさんは小さく息を吐く。
「…カリン君の事は、ジニアから聞いてるよ」
「あ…はい」
顔色を変えず、こちらを見るマリーゴールドさんに萎縮する。
「正直言うと、私は旧市街の先に別に興味は無い。浅瀬で拾って、みんなが生きていけるならそれでもいいと思ってる」
「それは…ヒマワ…」
「それとこれとは話が違う」
言うより先にマリーゴールドさんは被せてくる。
椅子から立ち上がり、こちらに歩み寄る。横のユユも小さくなっている。
タネだけは、普通の顔で見つめている。
「ベェや他の人に触れてきて知ってるんだね。それは構わない。でも、私はこれ以上仲間を失いたくは無い。オダンゴくんみたいに」
メイスを指さしてマリーゴールドさんが言う。
「もちろん、カリンくんも、他のみんなも」
タネとユユは、もうしばらく監視下にあるらしい。
僕は先に部屋を出る。
やっと解放された。まずはリズに会いに行こう。
フラフラと歩いていると、前からホルンが歩いてくる。こちらを見て立ち止まる。
「…サルビアさんの調子はどう?」
「……順調」
「そっか。良かった」
特に話すことも無い。この子との会話は難しい。
静かにしているからか、廊下の奥から声が聞こえる。
リズの声だ。近づくと、どうやら師匠と話しているみたいだ。
「…」
廊下の壁にもたれかかって、話が終わるのを待つ。
僕の後ろを付いてくるだけだったリズが、こうして自分の生き方を見つけている。
それがすごく嬉しくて、なんだか少し寂しい。
僕の心配なんかしなくていいのに。師匠も、そんな褒めなくていいのに。
恥ずかしさと同時に、師匠に襲いかかった事を再認識する。
いたたまれない気持ちになって横を見ると、ホルンがまだ立ってた。
「…なに?」
「……なんでもない」
スタスタと廊下を歩いていくホルンを見送る。
リズと話そうと思ってたけど、まだ話が終わらなそうだし。
僕は僕で、強くならないと行けないんだ。
コミュニティから少しだけ離れた山の麓。
石垣を登った先、元々は神社と呼ばれる建物だった跡がある。
人が来ないこの場所は、武器を振り回して特訓するのに最適だ。
筋トレをして、素振りをする。師匠も含め、"別に回収員は戦闘職じゃない"とは言われてきた。
だけど、師匠も含め、その筋肉は何もしてないとは考えにくい。キキョウさんですらそうなのだ。
すっかり夕焼け空になり。タオルで汗を拭く。
帰る準備をしていると、数人の人の足音と声が聞こえる。
その声はすぐそこの山道を登っていく。師匠やキキョウさんにジニアさん。聞き覚えのある声だ。
もう一人の髭の人は誰だろう。少し気になって、こっそり後を追いかけた。
山の中腹、少し開けた丘の上。向日葵畑が広がっていた。
20輪程の向日葵が、夕日に照らされている。綺麗だった。
師匠達は向日葵の手入れをした後、その横に置いてあるボロボロのベンチにそれぞれ腰かける。
普段の師匠たちがしないような笑顔が見えた。手には、瓶のお酒を持っている。
髭の人が話し始める。
「…懐かしいですね、そう言えば、男女だったのに色恋にはなりませんでしたね」
「それくらい、みんな楽しかったんだと思う」
師匠の言葉に、キキョウさんはメガネを拭きながら答える。
「そうか?ベゴニアはしょっちゅうヒマワリと居たから惚れてるのかと」
「それは…なんの感情も無かったと言うと嘘になる…かも」
ジニアさんが笑う。
「そうなのか、意外だ」
「…そういうジニアは?今もヒマワリに執着してたけど」
「俺にとっては道しるべだった。隣を歩くなら、もっと真面目な人でないと困る」
「だからミナトさん連れてるのか」
「…んん…」
ジニアさんの照れくさい顔を見るのは初めてだった。髭の人が笑う。
「私は当時、サルビアさんを目で追っていました。お恥ずかしいですが」
「サルビア?アジサイと結構歳離れてるよな?」
アジサイと呼ばれる髭の人は、髭を触りながら答える。
「えぇ。まぁ、ですが彼女、どうやら人を探してたようで」
「人?誰をだ?」
「本人に聞いたわけではないですが…そうだろうなとはすぐ気づきました」
「焦れったい奴だ。教えてくれたら協力したが」
師匠がキキョウさんに向き直る。
「キキョウは?」
「マリーとはよく話してたな…あいつしょっちゅう怪我してたし」
ジニアさんは少し口角を上げてキキョウさんを見る。
「…そういう目で見てたのか?」
眼鏡をかけ直したキキョウさんが答える。
「別にそうでもないです。楽しかったのは事実ですが」
師匠はふと遠くを見て、軽く笑う。
「…ツユクサはまぁ、分かりやすかったな」
「…だな、ヒマワリが居なくなって、1人飛び出して行ったもんな」
後ろから気配がして振り向くと、そこにリズがいた。
思わず声を上げそうになり口を抑える。
顔が近い。吐く息の音がかすかに聞こえてくる。
優しく笑うリズを見て、何だかドキドキしてしまって、思わず目を逸らした。
「何してるの?」
「リ、リズこそ…どうしたの?」
「いつも練習してる所に居ないから…綺麗だね、ここ」
リズの目線の先は、向日葵畑だ。
そちらに歩き出すリズを止めようとするが、手を掴むのを躊躇してしまう。
前はこんなこと無かったのに。
足音で師匠が僕たちに気づき手招きする。顔をしかめるジニアさんが面白い。
「…どこから聞いてた?」
「何か話してたんですか?」
何も聞いてないリズに合わせようとして、吹き出してしまう。
「…師匠たちが普段からは想像出来ないはなしをしてるので、つい」
丘の上からは、東にそびえる大きな山がよく見える。
そのまわりに建っているコミュニティを見下ろせる場所だ。
「ここは、古参の皆さんが育ててるんですか?」
「厳密には、古参の男たちだな。あの時、唯一集められなかった向日葵を、僕らで育ててるんだ」
ベンチの横に置いてある箱から、師匠が袋を取りだした。そこから1つ、ひまわりの種を取り出し、僕に渡してくれた。
「いいんですか?」
「どこか良い場所があれば、植えてくれ。…あいつのへの贈り物なんだ」
そう師匠は言った。悲しそうなのは、夕日に照らされているからかもしれない。
風が吹いて、向日葵が揺れる。もうすぐ日が沈む。
「…帰ろうか」
「はい」




