酸性雨
ボーダーラインの外側、胞子エリアを抜けた。
「ユウトは、3回シカ刀ヲ振れナイ。その後はメンテナンスが必要」
エヴェリンが言う。拙い日本語だが、元気に話すので聞き取りやすい。
要約すれば、赤熱化する刀身の熱の逃げ口を、追加で義手にもやらせているらしい。それくらいあの刀は熱いのだ。
それ以外にも激しい動きは連続して出来ない。基本戦術のナイフもそうだが、射撃はリコイル制御でイカれやすいらしい。
「それでも凄い技術だな。動かせる指なんて」
「技術はアッテモ、努力ハ必要」
「なるほどな」
シライシと話すユウトは、少しだけ楽しそうだ。
ここの人間は過去の話をしたがらないから、あー言う存在は貴重なのだろう。
「マジっすか!そっちはもう復興始まってるんですね!」
「問題はまだまだ残っているがな。君たちも乗せて帰国出来るが?」
「それはやめときます。英語話せませんし、妻はこの国が好きですから」
「…そうか」
その時、頭に雫が当たる。曇り空から雨が降ってきた。酸性雨だ。
鉄板を打つような音が広がり、湿った空気に焦げた金属の匂いが混じる。
少し明るい、もうすぐ夜が明ける。
「Holy moly!Bettyが錆ビル!」
エヴェリンがベティの車内に入ると、ベティはギアを上げて加速した。落ちそうになるのを踏ん張り、少し先の屋根のある場所に停車する。
走って付いてきたジニア達も屋根に入る。
静かに降る雨の下。ヴィンはベティことM41の前で絵を描いている。
ヴィンにくっ付いてエヴェリンがスケッチを見ているのを、目の前のルンクが少し羨ましそうにして視線がそちらに行く。
「なぁ、その首に付けてるやつって、これと同じか?」
「これか?」
ユウトとエヴェリンの首には、ルンクと同じ様な機械の首輪が付いているが、ユウトたちの方がよりコンパクトだ。
その首輪を外したユウトの首に、穴は空いていない。
「微弱な電流が体内で発生して、不純物を弾くらしい。俺も詳しいことは知らない」
「ふーん、上位互換じゃん。俺らにとっちゃ、こいつは坑道で働く奴隷の証みたいなもんだったけど、そうでも無いのかね」
「…国の下で働くという意味じゃ、兵士も変わらん」
「そんな事言っていいのか?」
「俺は別に、そこまでの忠誠心は無い」
「徴兵されたと言ってたな。短い期間でそこまで強くなったのか?」
ユウトは苦笑しながら、袖を捲り機械の腕を見せる。
「…これは、俺が弱い証だ」
「"弱かった"じゃないか?今は強い」
「…そうだな、ありがとう」
使えそうな物を探していたジニアとミナトが戻ってくる。
衣類や乾電池、日用品をそれぞれリュックに仕舞う。
「君達は、そうやってこれまで生きてきたのか?」
「回収員自体は2年前からだな。パンデミックからしばらくは適当に過ごしてたよ」
やっと全員が腰を下ろした。ユウトが口を開く。
「…今黒船は、最大80人を乗せて帰国が可能だ。次の撤退はまだ未定だが、どうだろう?共に行くかは、君達の意思選択に委ねる」
その発言に、しばらく静寂が包む。静かな雨の音と、ヴィンのスケッチの音だけが聞こえる。
一番最初にジニアが声を出す。
「…となると、300居るコミュニティ全員は無理だな」
そうだ。全員は行けない。これはつまり、"故郷と仲間を置いて行きたい奴は行け"と言う意味になる。
誰かが息を飲む音がした。
「老人は言わずもがな、若者が居なくなればこれからの生活にも影響が出るな」
「まぁ、最後は各々の意思尊重だろう」
「…君達はどうするんだ?」
そう言われてキョトンとして、ジニアと顔を合わせる。
少なくとも、僕とジニアの答えは決まっている。2人同じタイミングで口を開いた。
「「行かない」」
「…そうか」
ルンクは腕を組んで声を漏らして悩んでいる。その声に反応して、ヴィンがスケッチの手を止める。
「うーーん。海の向こうに興味はあるけど…この国の真相も知らずに行けないなぁ」
自然とヴィンに視線が行く。
「…俺は、ルンクに合わせるから」
続いて視線はカリンに向かう。カリンが少し緊張した声でユウトに尋ねる。
「…安全、なんですか?」
「こうして戦場に出るよりは、確実に安全だ」
カリンは答えが出せずにいる。リズの安全が取れるのならばと言う事だろう。それを責める奴は誰も居ない。
一応、酸性雨で水浴びをしているタネとユユにも聞いてみる。
「…お前たちは?」
「行くわけなくね?」
「行かない」
「そもそも、化け物は連れて行けない」
「…化け物呼びはやめてくれ」
ユウトを睨む。先程と違って、ユウトは何も言わずに睨み返す。
「…いいや、あれは化け物だ」
僕も、カリンも、シライシも、ジニアですらその言葉に否定の言葉を言えなかった。
限りなく人型に近いが、あれは人では無い。
ケラ喰い等と誤魔化しているが、タネもユユも結局は人を襲う種族の一部なのだから。
「…ま、人間だって、同じ種族で相容れないなら、あいつらも変わんないっしょ」
「…そうだな、でもあれはダメだ」
ルンクのつぶやきに、ユウトは冷たく返す。
「…撤退までは時間がある。気が変わったなら何時でも言ってくれ」
雨の音を掻き消すように、ユウトが締めくくる。




