胞子環境下
現在地は推測外縁11km。
発見したケラ喰いは3体。虫は確認できず。
「こんなに静かなものなのか?」
「ケラ喰いに勝てない虫は基本外側に出ていると推測されます。嵐の時や、昼の群れ等がそれですね」
「つまり、ここに居る虫はケラ喰いと戦えるか、ケラ喰いの攻撃を気にしないレベルの虫しかいないと」
「そうなります」
さすがはジニアに付いているだけある。ミナトの動線の確保や迂回時の立ち回りは、この胞子環境下において重要な役割だ。
「でもそれなら、ケラ喰いに勝てるなら余裕って事ですよね?」
「それがそうでもない」
シライシの問にジニアが応える。
「奴らは縄張り意識が高い上に好戦的だ。近くで争いが起きようものなら寄ってくる」
「なら、ケラ喰い同士を競わせて逃げることが出来ればより楽に探索出来るのでは?」
「その乱戦から逃げ切れるのならな。いや…ベゴニアなら行けるか?」
突然の白羽の矢が立ち困惑する。注目の視線を受ける。
「…えっと。やってみるか?」
「無理にとは言わん。次の接敵で行けると思えば試して欲しい。俺らの動きは変わらない」
そんな無茶なと思いつつ、少しだけ行ける気がしている。ここにはタネとカリンが居る。
外縁12kmに入ろうとする時、トンボが周りから離れていく。
「…来たな。ベゴニア、どうする?」
「まぁ、やってみるよ。どっちに行けばいい?」
「説明が難しい。離れないように意識はしよう」
僕とタネとカリンは大通りに待機し、ジニア達は南側の路地に身を隠す。
何故かヴィンが残っている。
「えっと、逃げなくていいのか?」
「…ルンクが残れって」
向こうを見ると、ルンクがピースサインをしている。
ヴィンは表情を変えずにピースサインを返した。
「まあ、守れるだけ…」
「師匠、来ます!」
斧を構える。6本個体のケラ喰いがタネに襲いかかった。タネはそれを回避する。
「戦わなくていい!3体になった所で逃げる!」
1番背の高いヴィンが、中腰になってスケッチブックを取り出した。
マジで何してんだこいつ。
「…ねぇベゴニア。この化け物ってみんな顔違うよね」
タネが6本個体のしっぽの範囲攻撃を捌いている。
緊張感がまるでないヴィンに少しだけイラついている。
「そうだな!どうした!」
「顔モテとか、あるのかな?」
言いたい事は分かるが後にして欲しい。乱戦で道路がめくれたのでそれを壁にしてヴィンを避難させる。
「…それはつまり?」
「…雌雄ってあるのかなって。繁殖はどうするんだろ…」
「なるほどな。後でタネに聞こう」
返事を後にしてめくれた地面の壁にヴィンを置いていく。
何故ルンクが残したのかが不明だが、申し訳ないが既にロクでもないとすら感じている。
6本個体はタネの上位互換とはいえ、まともにやり合わなければタネも余裕で回避は可能だ。
腕の数はつまり、取っ組み合いの強さだから、接近させなければ強さは変わらない。
そこに4本個体が乱入してきた。初めは3体と言っていたが、これではまともに回避も難しい。
「少し離れる!距離を取ってくれ!」
「分かりました!」
先にタネが戻り、続いてカリンがこっちに戻る。
しかし6本個体は4本個体を狙わずにカリンを襲う。
「カリン!」
駆け寄って攻撃を受け止めようとしたが、間に合わなかった。
カリンがしっぽの打撃で吹き飛び地面を転がる。その時、カリンのガスマスクが外れた。
5m程吹き飛んだカリンが、地面に倒れた瞬間に片膝を着く。息が荒いのに、ガスマスクを付けようとしない。
「カリン。直ぐにマスクを…」
カリンの白目が黒くなり、黒かった瞳が黄色くなる。
ケラ喰いの目だ。しかし何故だ。
カリンは荒い呼吸をしていて苦しそうだ。ガスマスクを拾いカリンの口に付けようとした時、カリンの腕払いで吹っ飛ばされる。
明らかにいつものカリンの力じゃない。宙を舞い頭が地面に近づいた。
斧の空気圧縮ブーストを使い体勢を変えて足から落ちる。
カリンはガスマスクを付けないままケラ喰いの乱闘の中に飛び込んで行った。
そのまま6本個体のしっぽを素早い動きで躱し、突っ込んでいく。
「カリン!!」
返事はおろか、振り向きもしない。
タネとヴィンがこっちに来る。ジニアと逆方向に飛ばされてしまったらしい。
路地の隅からルンクが顔をだす。なにか手信号をしたと思えばすぐに頭を引っこめた。
「…ヴィン。あれはどういう意味だ」
「…行く場所を教えてくれた。先に離脱するって」
「なるほどな。僕らでカリンを何とかしろという事か」
「ベェ、カリン変」
「そうだな、タネみたいだった。どうすればいいかな」
「ほーし」
タネが胞子と口にした。思わずそちらを見る。
「…なにか知ってるんだな。よし、やれるだけやるか」
斧を構える。やはりボーダーラインの内側は一筋縄では行かないらしい。
ヒマワリが本当に生きているなら、今のカリン位おかしくないとやっていけないだろう。
「…ベゴニア、どうするの?」
「カリンの口を塞げるかやってみる。ヴィンは何が出来る?」
「…どうだろ?大きい的じゃないかな?」
「OK。ならちょうどいい。カリンを止めるのを手伝ってくれ」
「呼吸器」
ルンクとヴィン、そしてFzが首に装着している特殊な呼吸補助デバイス。
首の管に直接接続し、呼吸時に微細な粉塵や有害ガスが体内に入るのを防ぐ。
装着者の首には穴の空いた管が縫い付けられており、これを外すことはできない。
この手術はパンデミック前、西のどこかで違法に行われていた。
孤児たちは地下深くの採掘場で、地上に出ることなく生涯を過ごすために、この呼吸器を付けられた。
正式名称は存在せず、記録も意図的に抹消されている。
Fzの呼吸器には特殊な発生器が追加されており、犬の思考を解析して人間の声に変換する機能を持つ。
Fz自身もこの機能を理解しており、声色や口調を自在に操って会話している。




