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終末都市の塵芥  作者: Anzsake
サルビア:ケイフ/それでも前へ
31/111

あのマグカップ

「“要塞種”といい”群酸種”といい、なんでこんな堅苦しい名前なんですか?俺ならもっと”アルテネス”とか、かっこよく名付けるのに」


「…アルテミスとアテネ、どっちだ?」


「なんすかそれ?そっちの方がかっこいいじゃないですか」


「かっこいい名前なんて、意味ないだろ」


サルビアの背を追いながら、シライシが名前に文句を言う。

そもそも“要塞種”だの“群酸種”だのは、ジニアやキキョウが分類上そう呼んでいたのがそのまま広まっただけだろう、と僕は思う。

……それにしても、アルテネスって本当にかっこいいか?




要塞種は、相変わらずこちらに興味を示さない。

そもそも虫は、無差別に人を殺す存在ではない。

「たまに殺されるから、先に殺すだけ」。それだけの話だ。


サルビアが弓で要塞種の腹を撃つ。

前腕ほどの長さの矢を番え弓を引くと、シャフトがわずかに音を立ててスライドし、細長く伸びていく。

伸びきった矢は、勢いよく放たれ、腹にへばりついていた虫を一匹、ポロリと落とす。


「さっきの、破裂する矢は使わないのか?」


「たぶん、腹の虫を全部落としきらないと意味ない。つまんない虫だよね」


要塞種の足をすり抜けながら、サルビアは次の矢を引き絞る。

また一匹、虫が落ちるだけ。


「ベェ、なんかないの?」


僕は、そんな賢いキャラだっただろうか。


ユユの記憶を手繰る。あのとき、要塞種は、たしか“海”で身体を下ろしていた。


足が固く、全体が高い。けれど、胴体に近づけさえすれば……

要は、“どうやって身体を下げさせるか”だ。


「…水だ。あいつは、海を前にして身体を下ろした。水溜まりがあると誤認させてみよう」


「…まって、それ、意味わかんない」




住宅街とはいえ、攻撃に適した高所はない。

タネも動かない。脚で潰されるから、ホルンも前に出られない。


「カリン。キキョウから、煙具をもらってただろ?」


「はい。誘導が1本、花火が1本、普通のが2本あります。誘導を?」


「いや、花火だ。1本、使わせてもらうよ」


オダンゴとシライシに頼み、廃墟の中から鏡を何枚か集めてきてもらう。

試せることは、やってみよう。




要塞種の進行方向に、少量の水を撒く。必要無いかもしれないが、嘘は真実に混ぜるものだ。

そこに手鏡を何枚か上に向けて置く。


最後に、少し離れた位置に花火の煙具を投げ込む。オレンジの閃光と、パチパチという音が夜に響く。


夜の住宅街に、沈黙の緊張が走る。

鏡が、水たまりのように花火の光を反射し、ゆらゆらとした“偽の水面”が現れる。


要塞種が、足を止めた。


重たい胴体が、ギィ…と音を立てて、

ゆっくりと地面へと沈んでいく。


罠にかかった。




1番初めに動いたのはサルビア…ではなくカリンだ。

横から頭に走り、長柄のハンマーを振り下ろす。


鈍い音を鳴らして要塞種の頭が揺れる。

"生き物はとりあえず頭を狙え"とは、たまに言っている。素直なやつだ。


要塞種の腹が地面に落ちる。腹に着いてた虫が潰れて生き残ったやつらがわらわらと出てくる。


カワイとシライシが小さい虫を殺す。タネが要塞種の背中に張り付いてしっぽを突き刺した。


反応して要塞種が暴れる。

長い足を振り回し、カワイとリズが吹き飛ばされ、家屋が1つ崩れる。


「…リズ!」


カリンがリズの吹っ飛ばされた瓦礫の方に走り出す。

サルビアはホルンに守られ攻撃を続行。タネも少し気にかける素振りを見せるが攻撃を続ける。


要塞種は長い足をばたつかせ必死に逃げようとしている。サルビアに迫る足を、ホルンは盾を斜めにして受け流す。

それでも一瞬体勢を崩されかけている。


これまで散々虫は殺してきたが、それは軽い武器でも殺せる虫だったからだ。


タネと出会ってから出会う虫は、どいつもこいつも僕のスタイルではダメージを入れられない。


攻撃は2人に任せて、僕はカワイの救助に向かう。

…と思ったが、カワイは自力で動けるらしい。


「骨は?」


「折れてない。それより若い方に行ってやれよ」


カワイがそう言うのでリズの方に向かう。

リズも目立った傷は見えるが、歩けないレベルでは無いようだ。カリンが手当てをしている。


キキョウに教わったのだろう。多分僕よりも手馴れている。


「…ねぇ、あれ」


リズが指を指す瓦礫の上に、小さなマグカップが落ちている。

猫の顔が描かれている、縁に三角の装飾が3つ付いた…


「…取ってきます!」


カリンが駆け出す。暴れる要塞種の足元へ飛び込む。

迫る脚を、オダンゴがメイスで受け止め、カリンはその隙にマグカップを拾い上げる。


その瞬間。


タネが要塞種の背甲を剥ぎ取る。

露出した内部に、サルビアが破裂矢を撃ち込んだ。

弓を引ききった瞬間、「プシュッ」と軽い空気の抜ける音が響き、エアカートリッジがひとつ、足元に転がる。

次の瞬間、矢が命中。

甲殻と肉片が、まるで花火のように夜空へと弾け飛んだ。


ようやく動かなくなった要塞種の脇で、カリンが座り込む。

その手には、両手で包み込むように持ったマグカップ。


底には、**「さゆり」**と、子どもの字で書かれていた。


「それ、たしか掲示板に載ってたやつですよね?」


オダンゴが覗き込む。


「はい……無茶なことして、ごめんなさい」


「まさか。戦いより大事なことです。この戦いの一番の手柄は、カリンですね」


オダンゴが笑って、手を差し伸べる。

座り込んだカリンが、静かにその手を握り返す。

「コンパウンドボウ」

現在サルビアが使用しているメイン武器。名前は**「ブルーメ(Blume)」**。

“機械化合弓”と呼ばれるタイプで、パンデミック以前の技術を用いた非常に珍しい武器である。


両端の滑車と、特殊素材によるフレーム構造が特徴。通常の弓よりもやや重いものの、その分、引きの負担が軽減され、狙いの保持も安定している。

また、使用者のサルビア用にいくつか改造が施されている。


赤く塗装されたフレームは、長年の使用であちこち塗装が剥がれ、下地の黄色が覗いている。

本人曰く「この色の組み合わせが好き」とのことだが、整備の際には「まぁ、どうせまた剥げるしね」と雑に塗っているらしい。

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