消さない記憶
イチゴさんがソワソワして立っている。シライシを見つけると駆け寄ってきた。
外なのに抱きついていて隣にいるリズが驚いている。
「…おかえりなさい」
「ただいま」
あぁ、帰ってきたなぁと空を仰ぐ。山に囲まれたこのコミュニティの空気はいつも美味しい。
シライシの娘のリナがタネに近寄る。
「リナ」
「え!覚えててくれたの?」
リナはカリンとリズを見てお辞儀をする。初対面らしい。2人もつられてお辞儀をする。
「そうだ!写真撮りましょ!」
シライシのその言葉に、イチゴさんがカバンからカメラを取り出す。
シライシがタネ、リナ、カリン、リズを並ばせてカメラを僕に渡した。
「高さ的にベェさんが撮ってください」
「少し低いかもしれん。シライシ、お前が踏み台だ」
シライシを踏み台にして写真を撮る。横でイチゴさんが笑う。
上手く取れたかとフォルダを開くと、いちばん古い写真が映される。
誰か分からない家族が、3人で映っている。都会だ、旧市街の何処かだろうか。この記憶も、回収員の戦利品だろう。
「懐かしいでしょ?前を向いているつもりでも、確かに過去に生きたものがある。なんだか愛おしくて残しているの」
イチゴさんが横から見ながら言う。カメラは少し古いもので、この誰かの写真も記憶にある最新カメラのような画質では無いけれど、これはこれで味がある。
最新のフォルダに映った4人は、リナ以外はぎこちない。それがなんだか面白い。
「…ベェさん、降りてくださいよ」
「はぁ!?壊した!?」
「壊"れ"たの」
両手を前で震えさせていたハヅキが息を吐く。
「…それで他の誰かに直してもらったって…浮気だ」
「…それはすまない」
謝ったあとで頭に疑問符が浮かぶ。いや、比喩だな。比喩だが、悪い冗談だ。
「…で?これはなんの素材なの?」
渡した斧を持ち上げてハヅキが模様を観察する。火の赤に照らされて模様は薄いオレンジを見せる。
「虫の甲殻だな」
「へぇ…意外と綺麗」
「それで、改造案についてなんだが」
ハヅキが真剣な顔になる。相変わらずの職人気質で安心する。
「1.手元に戻ってくるようにしたい。2.側面の防御性能を上げたい」
「…2はそこまで難しくは無いね。少し重くなる程度かな?1はどうしようね…」
緊急時に投げた斧を拾いに行くのは厄介だ。何かは欲しいが何がいいかは決まらない。
「…まぁ考えてみるわ」
2人で肩を落とす。横にいるタネが裾を掴む。
「ベェ、お腹空いた」
レストラン「ハナ」に入る。髭面のアジサイが驚いた顔をする。ぎこちなく手を振る。
「へぇ…初めて来たかも」
「普段ひきこもってるからだろ」
「失礼な」
何故か一緒に行くと言ってハヅキと3人で来た。この前とは別の4人がけテーブルに座る。窓の向こうの通りは今日はあまり人が通ってない。回収員の拾いが少ないからだろうか。
アジサイが水を3つ持ってくる。注文を済ませるとアジサイは可笑しそうに笑う。
「お久しぶりです、ハヅキさん」
「…え?アジサイ?」
「はい」
アジサイと僕を交互に見る。中性的な美少年みたいなのが、しばらく見ないうちに髭の人になったのだから無理は無い。
その少し高い声と笑い方がギリギリ面影を残している。
キッチンに戻るアジサイを見つめながら、ハヅキは頬杖を着く。
「なんか…みんな変わってくなぁ」
「そうか?」
「あんたに子供ができるし、アジサイはあんなだし」
タネを見る。大人しく座って窓の外を見ている。
ハヅキは古参とは言わずともかなり前からの知り合いだ。マリーとアジサイとサルビア位とはよく話していた。
「…旦那とは順調か?」
「もちろん。あんたとは違って遠くには行かないし」
「そうか」
僕にこれ以上話のネタは無い。ハヅキがどうかは知らないが、僕は今の関係に後悔もなければ未練もない。
人から逃げた先で人と出会い、そしてまた1人になる。
名前を変えたって、記憶は変わらない。どんな世界になったって、やってる事は昔の延長線だ。
出てきた料理を3人で食べる。タネの食いつきが前より良い。無言で食べ続けるタネを、ハヅキは笑顔で見ている。
僕も子供が居たら、シライシみたいに明るく優しくなってただろうか。
カリンの顔を思い出して、そういえばカワイに謝りに行ってない事を思い出した。
ハヅキと別れ畑道を歩く。タネが興味深そうに見ている。
「ベェ、これなに」
「野菜」
「やさい」
実った赤いトマトを取ろうとして止めさせる。近くで見ていたおじさんが笑う。
「かまわんかまわん。ひとつ持ってけ」
「そんな、悪いですよ」
タネから目を離した隙にトマトを取って食べている。怒った顔を見せると咀嚼を止めた。
「…少し、手伝いますよ」
腰をあげる。おじさんは嬉しそうに手招きする。
収穫前のトマトは、風通しを良くし光合成の効率を良くするために"葉かき"という作業をする。
実の下の方の葉をハサミで取る。そうすることで、次の実を付けやすくする。
「兄ちゃん手馴れてるな。経験者かい?」
「ここに来る前は自分でやってましたから」
タネはおじさんに教わりながら慣れないハサミで葉っぱを切っている。
野菜1つとったって。僕らは過去の知恵の積み重ねで成り立っている。パンデミックが起きてからよーいドンでは、ここまでコミュニティは育たなかっただろう。
立ち上がり腰を伸ばす。青い空の下赤い実がなった緑が広がっている。
風が髪をかきあげる。久しぶりにシャワーが浴びたい。
そうしてリセットしたら、またあの旧市街に行くのだ。
「農耕」
人類の叡智の根幹は、この農耕にある。
どれだけ強力な兵器を造ろうが、どれだけハイテクな機械を動かそうが。
生物が生きていく上で「食べる」という行為はその根底、根っこに必ず存在する。
種を植え、育て、失敗してもまた種を植える。
少しずつ植物を観察して、どうすれば育つかを根気強く続ける。どんな気候変動にも、どんな厄災にも、めげずにまた種を蒔き続ける。
この先人たちの積み上げてきた時間と努力と知恵が、今の人間を支えている。
名前を捨てた彼らが、生きていくためにそれを拾う。
回収員の初めての仕事は、武器でも燃料でもない。
種と、農具を拾いに行くことだった。




