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終末都市の塵芥  作者: Anzsake
キキョウ:シネン/落人の籠
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キキョウ:目的と手段

僕、シライシさん、キキョウさんと少し多めの補給品を置いて電車が動き出す。太陽の光が眩しい。

最後尾の補給支援砲台に乗っていた機械の脚の女性が手を振っている。


「…じゃ、行きますか」


3人分の補給品を分配してカバンに詰めてキキョウさんの言葉について行く。


「…どこに向かうか、決まっているんですか?」


真っ直ぐと北上するキキョウさんに尋ねる。


「彼はいつも"全滅しないこと"が優先事項だ。故に君たちのルートをそのまま使うとは思わない。行くなら西だろう。だから北に行く」


「同感です。キキョウさんもベェさんに詳しいんですね」


「まぁね。古い付き合いだし歳も近い」


2人とも、ベゴニアさんのことが分かってるみたいだ。そのくらい、ベゴニアさんは芯の通った人なのだろう。


「ここから約4km先に大きな裂け目がいくつかある地形がある。ワイヤーでは飛び越えられないような穴もあるからそこで停滞している可能性もある。まずはそこを目指そうと思う」


歩きながらキキョウさんが説明してくれる。虫の群れが太陽の光を遮って飛んでいる。ビルの隙間を潜りながら前に進む。


「カリン。荷物重ければ持つから言ってね」


シライシさんが優しく言う。でも僕は強くなる必要があるからそんな必要は無い。


「ありがとうございます。でも大丈夫です」


いつもは少しの医療品と食料しか無いカバンに、今日はボンベが3本と追加で補給品が入っている。

進むにつれて減るのなら今重たいのは何とでもなる。




細い道を進み続ける。1km程だろうか。カサカサと音がしてキキョウさんが立ち止まる。


路地に面した建物の入口、僕の背丈程の大きさの虫が居る。前脚が鎌の虫だ。線路を直している時にベゴニアさんが倒していたのを見たことがある。


「…違う道を探そう」


キキョウさんがそう言う。


「…でも、倒した方が早いんですよね」


「それは目的とは関係ない」


キキョウさんの目線が鋭い。少し竦んでしまうが顔を合わせる。


「でも、ここで逃げたら、僕は強くなれない」


キキョウさんは何も言わずこちらを見る。ベゴニアさんとはまた違う大人の威圧を感じる。


「…キキョウさん。カリンは僕がサポートします」


シライシさんが助け舟を出してくれた。僕は一人で説得も出来ないのか。


「……分かった」


キキョウさんが1歩下がる。シライシさんが笑ってこちらを見る。後ろめたさで正面の虫に視線を逃がす。




カバンを下ろしてマチェットを取り出して構える。シライシさんの射撃で虫の前脚が片方吹き飛んだ。

それを合図に前に出る。目の前に立ち塞がる虫は、近づくとその大きさに一瞬足がすくむ。


それでもマチェットを振りかぶり虫の顔に攻撃する。


刃が通らない。虫の顔を少し切りつけた程度になってしまった。不気味な鳴き声を発しながら鎌の攻撃が来る。


虫の頭に食いこんだマチェットを手放して体を下げる。僕の頭数cm上を空気を裂く音と共に鎌が振り下ろされる。虫の頭に刺さったマチェットを掴んで更に押し込む。

下にズラしながら切りつけ虫の頭が縦に割れる。


「…やった!」


シライシさんの援護射撃で虫のもう片方の前脚も吹き飛ぶ。虫は倒れることなく液体を撒き散らしながら僕とは別の方向に歩く。


どうだ。僕だって出来るぞ。そうキキョウさんの方を振り向く。キキョウさんは表情を変えず立っている。


「カリン!前!!」


シライシさんの声と射撃音で前を向く。さっきと同じ虫が更に3体。マチェットを構え直すが鎌の横なぎにマチェットを弾かれ手から離れる。


焦って空気銃が取れない。更なる虫の攻撃が僕の顔を切りつけた。


痛い。張り詰めた心が崩れる。怖くて声が出ない。

シライシさんの射撃で虫の顔が潰れるが虫は止まらない。


僕の血だろうか。右目が見えない。虫の液体の匂いと僕の血の匂いが鼻を刺激する。微かに見える左目に映る虫が鎌を振り上げるのが見える。

リズの顔が頭をよぎる。


しかし虫は突然動きを止めて僕の後ろを見る。僕を無視して歩き始めた。誰かに抱えられてその場を後にする。




止血してもらい傷口を縫う。傷を繋げる為に肌に針を通す。痛くて顔を動かそうとするのを手で止められる。落ち着いてくると前が見えるようになった。キキョウさんの顔が怖い。


「両目は傷ついてないが、見えてるか?」


「はい…」


右の額から左の頬に向かって大きく切られた。

大口を叩いた癖にこのザマだ。


「君が強くなるかどうかはさておき、ベゴニアさんは異常だ。あれを指針にすると死ぬぞ」


そう諭される。何も言えずに下を向く。


「キキョウさん。さっき何をしたんですか?」


僕の頭を抑えてたシライシさんが手を離してキキョウさんに聞く。


「胞子と虫のフェロモンをベースにした誘導だ。僕は虫とは戦わない。君たちはベゴニアさんを見ているから麻痺しているが、みんながあれくらい戦えるなら初めから僕たちは旧市街から離れて生活していないよ」


キキョウさんが僕を見る。


「僕たちの目的は人類の存続だ。君が強くなりたい気持ちは理解するが、それはあくまで君の目標だ。強くなった先に求めるものはなんだ?」


鋭い眼差しの奥にある優しさに触れる。


「…リズを守りたい」


「そうだな。では君には、もっと別の選択肢もある」


「…別の?」


キキョウさんは立ち上がる。その答えを教えてはくれなかった。

「本世界観における医療技術について」

回収員標準装備には、ホチキス型の縫合器、出血を抑える筒状注射、消毒兼用の貼付シールが含まれる。キキョウは医療技術に秀で、彼専用に局所修復ナノファイバー注射や超音波創部結合器を運用する。これにより戦場でも迅速な止血と創部閉鎖が可能となり、「動きながら人を直す」特殊な存在となっている。

しかしあくまで「生き残る」事に重点を置いているため、傷口を完全に消すことは出来ない。

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