夜叉(ヤシャ)6
――キシっ
黒檀のタンスの引き出しの取っ手を掴む手には、自然と汗を握っていた。
この中に、蝶の標本が無かったら……
嫌な思考が脳裏を掠める。
……ダメ、そんな弱気じゃダメ。
もう、願うしかない。
お願い、神様、お願いします!
懇願する気持ちを乗せて、この胸の奥に確かに眠る激情が、自然と私を突き動かす。
私は、絶対に元の世界に帰りたい!
奪われてしまった記憶を、取り戻させて。
私は、絶対に帰りたい理由があるの!
お願い!
意を決して、その取っ手を引いた。
――ガラっ!
目に飛び込んできたのは、10cm四方のアクリルケース。
ああ!!
叫び出しそうになる声を、両手で押さえた。
あ……あった、あった!!!
震える手でそのケースを取ってみると、中には白く輝く美しい蝶の標本が入っていた。
間違いない、これだわ!
そっと黒檀のタンスを閉めて、足元に置いていた自分の学生鞄の中にそれを納める。
すると、何処からか声が聞こえた。
『沙羅ちゃん……急いで……庭に夜叉を行かせたから、窓から出て……早く!』
馬頭さんだ!
は、早く窓から出ないと!!
牛頭は一瞬で私の後ろに回り込むから、それが怖すぎる。
もつれそうになる足で格子窓に近づいて、手を掛けた。
――ガラっ
その格子戸を開け、更に二重窓になっているガラス戸の鍵を開けて、重いドアを必死に開ける。
――ギィィ
その瞬間、窓が全開になり、腕を掴みあげられ身体が宙に浮いた。
ひっっ!!!!!
見つかった!?
「違う暴れるな、俺だ」
その不機嫌そうな声は、間違いようがなかった。
続いて目に飛び込むのは少し伸びた青髪。
「夜叉っ」
「静かにしろ」
また俵のように担がれていると把握した瞬間、唐突にお腹に掛かる上向きの重力。
これって、また……!
「っっんーーーーーー!!!」
なんとか声を噛み殺したけれど、やはり逆バンジーのような衝撃に慣れることなんてできない。




