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37 鉱山の町 3

「金貨を!」


 大きな声でユージがゲシュトに報酬を要求した。


「いやいや、待て。まだ完全に隷属化したかは分からん。せめて数日様子を見ないとな」

「約束を破る気ですか?」

「そうではない。何事にも手続きが必要だ。それまで数日ここでゆっくりしてろ」


 ゲシュトはそう言い、ユージ達を連れて地上に戻ると作業人用の小屋を指した。


「ここに宿屋はないからな、寝るのはそこの小屋を使え。飯は町の酒場で食える」

「いつ支払ってもらえますか?」


 しつこく金を要求するユージにゲシュトはすぐ払うから心配するなと言い残し、ユージとマルチナを残してそそくさと自らの執務室のある建物へと帰った。



 残されたユージ達は仕方なく指示された小屋に入り、ベッドに腰を下ろした。


「とりあえず気をつけるのは守備兵の隊長か」

「そうね。残りの兵は五〇人程度なら一箇所にまとめられさえすれば、逃がす心配はなさそうね」

「問題はどうやって、一箇所に集めるかだな」


 ユージは考え込んだ。


「ところで、ユージは結構お金にうるさいんだね」


 マルチナの問いに、ユージがマルチナに笑いながら訂正した。


「ゲシュトみたいな守銭奴には、こちらも金に汚いヤツらと思わせた方が余計な疑いを招かないと思って」

「ふーん。それなりに考えてはいるのね」

「そりゃ一応魔王だしね。まあ、ここで時間を潰しても意味ないし、外へ出ようか」

「まずは情報収集ね」


 二人は小屋を出て町へ向かった。





「くっくっ」


 建物の階段を上り自分の執務室のソファーに腰掛けると、ゲシュトは思わず笑いをこぼした。

 今日はツイている。

 相場の半値以下で奴隷用のオークを巻き上げ、しかも、ここ数ヶ月の頭痛の種だったオークの族長も隷属化した。

 領主にはオークは相場で買ったと報告して差額は自らの懐に入れるつもりであった。

 ゲシュトはタバコに火を付け、ゆっくりと煙を吐く。

 そうだ、オーク族長の隷属化にも金貨一〇枚かかったことにしよう。うち五枚は俺が手数料としてもらってしまおう。

 ゲシュトは再び笑いを漏らした。


 この鉱山は帝国の西の地を本拠とするハープスバーグ伯爵家が飛び地として領有し、その管理を任せられていたのがその分家のバーデン子爵家である。ゲシュトはバーデン家に仕える執事であった。

 二年ほど前に先代のオーエン・フォン・バーデンが病死し、その子ルアンが継いだ。

 先代のオーエンは堅実な性格でゲシュトも不正はできなかった。しかし、その子ルアンは世間知らずのボンボンであった。

 代替わりを機にゲシュトは先代の分までを取り返すかのように、金を誤魔化し私腹を肥やしていた。



「やけに機嫌がいいじゃねーか?」


 いきなり背後から声をかけられ、ゲシュトは思わずタバコを落としそうになった。

 ゲシュトが慌てて振り向くと、入口のドアの脇に鉄の胸当てを付けた剣士がにやついた笑みを浮かべていた。


「ジェンスか。入る時はノックしろといつも言っているだろ」

「そうだっけか?」


 ゲシュトの文句を気にする様子もなく、ジェンスはズカズカと部屋に入り込み、ゲシュトの対面のソファーに腰を下ろしてゲシュトに向かって問いかけた。


「何があった?」


 ゲシュトはジェンスに汚い格好でソファーに座るなと文句を言おうとしたが諦め、ジェンスの問に答えた。


「オークの族長が隷属化された」

「ほーっ」


 ジェンスは小さく驚きの声を上げた。

 これまで何人もの魔道士が隷属化に挑戦したが、ことごとく失敗していた。

 それだけにジェンスも隷属化は半ば諦めていたし、いっそのこと殺した方がいいとゲシュトに言っていた。

 しかし、族長を殺すと別の野生のオークが族長を継ぎ、復讐に向かってくる可能性が高い。それならば、族長はこのまま飼い殺しにした方が安全だというのがゲシュトの考えだった。

 ただ、生かしておけば飯も食わせなければならない。働かせることもできず無駄飯喰らい。その出費も無視できない額に上っていたのだった。


「誰がやってもダメだったのにな。誰がやった?」

「オークを売りに来た魔道士の女だ。グリフの使いだそうだ」

「グリフ……」


 そう呟くジェンスの顔色が一変した。苦々しそうに顔をゆがめる。

 ゲシュトはジェンスの顔を眺め思わずにやけた。ジェンスの傍若無人な態度を苦々しく思っていたところ、今日は立場が逆転したようだ。


「そういえば、グリフはお前の天敵だったな」

「うるせー、昔の話だ。それに今さらどうとも思ってない」

「そうか、そうか」


 ジェンスの苛立つ態度を見てゲシュトは余計におかしさがこみ上げてくる。

 そんなゲシュトの顔を見て、ジェンスはさらに気分を悪くした。


「どうせ、ルアンからまた金をくすねるんだろ。俺にもちゃんと分け前をよこせよ」


 ジェンスは立ち上がるとドアに向かった。


「わかっとるって」


 ゲシュトは笑いながら応えた。

 ジェンスは乱暴にドアを閉めると、ゲシュトの執務室を後にした。


 ジェンスにも一発食らわせてやった。

 ゲシュトにとってこんなに気分のいい日は久しぶりであった。





 ユージとマルチナは小屋を出て町に出た。町といっても、作業の監視人や技術者の居住区の側に酒場や日用品を売る店、そして娼館がある程度である。

 まだ昼間で作業員達は鉱山や製鉄場にいるのだろう。外には誰も歩いていなかった。

 無人の町を一周して様子を確認した後、酒場に入った。


 酒場も客はまだ誰もいなかった。

 店の主人らしい年を取った男が開店前の準備をしていた。入口に立つ二人に気づくと気のいい笑顔を見せた。


「知らん顔とはめずらしいな、おたくら商人か何かか?」

「ええ、奴隷を売りに来たんです。食事できますか?」

「開店時間前だが、まあいいだろ。ちょっと待ってろ」


 男は店の奥の厨房に入っていった。

 しばらくして、男が焼いた肉と野菜を煮たスープを持ってきた。


 ユージは礼を言うのもそこそこに、久しぶりのまともな食事にかぶりついた。

 店の準備も終わりヒマになったのか、店主のユージに話しかけてきた。


「奴隷は高く売れたのかい?」

「いえ、安く買い叩かれました」


 ユージが愚痴をこぼすかのように、ゲシュトとのやり取りを告げた。

 店主の男はゲシュトの名前を聞いて笑った。


「あの守銭奴か。ヤツのやりそうなことだ」

「やっぱりそうなんですか?」

「ああ。しかもヤツは金をちょろまかして自分の懐に入れている。ここのヤツらはみんな知っている。知らないのはルアンだけだな」

「ルアン?」

「ここの領主だ。正確には管理責任者とでも言うのかな」

「管理責任者?」

「そう。つまり鉱山はルアンの持ち物ではなくて、本家から管理を任されているだけってこと。ルアンは自意識ばかり高いばかりのお坊ちゃんだよ。いいようにゲシュトにやられている」


 ユージは(うなづき)きながら、ここに来た目的の実現可能性を探る。


「ルアンに会えないかな」

「うーん、なかなか難しいな。ゲシュトにしてみたら下手に外部の人間に会わせると自分の悪事がバレかねないから、シャットアウトしてるんだ。普段会えるのはゲシュトと隊長のジェンスくらいだな」


 ユージは隊長のジェンスと聞いて、地下牢のボームから聞いた剣士を思い出した。


「ジェンスさん? もしかしてすごく強い剣士の人のこと?」

「なんだ知ってるのか? でも、会うのは止めておけ。やつはクズ中のクズだ」

「クズ?」

「影では皆から裏切りのジェンスと呼ばれている。」

「裏切りのジェンス?」

「ああ、昔、ジェンスが冒険者だった頃、魔物を前にして自分が助かることを条件に仲間を差し出したんだ。仲間は全員その魔物に殺されジェンスだけが生き延びた。で、それがギルドにバレた」


 思いがけない話の成り行きにユージは身を乗り出した。


「温情で最低級への降格処分に留まったんだ。しかし、仲間を裏切った人間とパーティーを組もうなんて冒険者はどこを探したっていやしない。ついにギルドに居づらくなって、ジェンスは冒険者を廃業して、流れ流れてこんな辺境の鉱山の守備隊長に落ち着いたって訳だ」


 ユージと男の会話を黙って話を聞いていたマルチナが口を開いた。


「でもジェンスって強いんでしょ」

「ああ、たしかに当時はシルバー級で、ゴールデン級への昇格もすぐ間近だった。将来はプラチナ級までいくとか噂されてな」

「そんな強いのに、仲間を売ったの?」

「うーん。確かにそこは疑問なんだが……。ただ目撃者がいてな。ちょうどジェンスとゴールデン級への昇格を争っていたヤツだ。ジェンスはそいつに反論できなかったらしい」

「おじさん詳しいのね」

「実を言うと俺も元冒険者でな。でも怪我してあえなく廃業。今じゃ辺境の酒場の店主だ」


 店主はマルチナに自嘲気味に笑ってみせた。


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