32 辺境の町・新しい仲間 19
黒い玉はゆっくりと上空へと浮かび上がっていく。
グリフを含めその場にいた冒険者すべてがその黒い玉を目で追った。二〇メートルほど上昇するとそこに滞空した。
黒い玉は太陽の光を乱反射し虹色に耀く。幻想的な光景にそこにいる皆が言葉を失い目が離せない。
冒険者たちは吸い寄せられるように森の木の陰から黒い玉の下へと進み出た。
黒い玉は次第に膨らんでいく。ついには直径二メートルほどになった。
パチン!! 乾いた音を残しその玉がいきなりはじけた。
黒い玉が無数の黒い飛沫となって地上に降り注ぐ。
冒険者達は飛沫を頭から被り呼吸と共に吸い込んだ。そして、冒険者達が苦痛の叫び声が響き渡る。皆が喉を掻きむしりながら地面をのたうち回った。
辺り一帯が大勢の冒険者達の苦痛の声で覆われた。
数十秒後、冒険者達は動かなくなった。
その場でかろうじてグリフだけが剣技で飛沫をはね飛ばすことができた。
グリフは自らの周囲に折り重なる冒険者達の死体の中で呆然と立ち尽くした。
「この野郎――」
グリフは咆哮を上げる。
「あれ、まだいたの? でもこれ以上遊んであげる程ヒマじゃないのよね」
アンジがグリフに向い再び手を上げた。
魔導を発動する前にあの女を切り裂く!
グリフはクレイモアを槍のように突き立てて突進した。クレイモアはグリフの気合いを受けて青く光を発する。
間合いを詰める速さも常人技ではない。神速といってもいい。
二〇メートル以上あった二人の距離を瞬間移動といってよい速さで一気に詰める。
アンジが防御の姿勢を取る猶予を与えることなくグリフのクレイモアがアンジの胸に突き当たった。
そのまま一気にグリフのクレイモアがアンジの体を貫くかと思った瞬間、アンジの体に触れた剣先が赤く錆び、そのまま剣の付け根へと広がっていった。
クレイモアはアンジの体にぶつかるとビスケットのように砕けボロボロと崩れ落ちていく。
突進した勢いのままグリフがアンジに激突した。しかし、アンジは苦もなくグリフを受け止め組み合った。
二人は顔を付き合わせた状態で睨み合う。
グリフの瞳にはにやりと笑うアンジの顔が、そしてアンジの瞳には驚愕の表情をした自分自身が映る。
そしてアンジの手のひらがグリフの視界を覆った。
アンジはグリフの顔を掴むと力を込めた。
クレイモアを失ったグリフに攻撃を防ぐだけの剣技はもはや発動できない。
閃光が走った。
離れたところで両者の戦いを観ていたユージはアンジの放った光をまともに目に受け、網膜が焼き付いたかのように一瞬視力が失われた。
光の残像が消えユージが視力を取り戻したときには、そこにはアンジだけが立っていた。
グリフは一瞬で消えて亡くなった。
「むこう側の人間は喰べていいよー」
アンジは背後のオーク達に声をかけた。
オークやゴブリンはケニーが率いた後発部隊の死体に向かって奇声をあげ殺到した。
アンジは目の前の先発隊の冒険者達の死体を見回した。
「さてと」
アンジは両手を宙に掲げた。赤黒い光が手から発せられる。その光は折り重なって斃れた先発隊の死体を覆う。
すると、黒い飛沫を吸い込み斃れていた冒険者達がよろよろと起き上がった。
しかし、その目には光はなく、眼窩は黒く落ち込みその奥がかすかに赤く光っている。
冒険者達はアンジによってアンデッドとして再生されたのであった。
「殺られた分以上に補充できちゃったな」
アンジは嬉しそうにアンデッドの数を数えながらつぶやいた。
圧倒的--
ユージはその言葉しか思いつかない。
マルチナも相当強いが魔導攻撃だけならあの魔人には勝てないかもしれない。
「すごいな……」
ようやく口を開いたユージの言葉にマルチナがすかさず応える。
「あの程度の下級アンデッドなんか誰でも使えるわ」
えっ、意外に負けず嫌いか?
ユージはマルチナ違った一面を見た気がした。
「行きましょ」
マルチナはユージを促すと、オークが冒険者達の死体をあさるのを気にせずに戦場を突っ切り、防壁の向こう側のアンジを目指し歩き出した。
マルチナが近づくと、オーク達は潮が引くように左右に分かれて道を空けける。
嬌声を上げて冒険者の死体に食らいついていたオーク達が急に静まりかえった。
モーゼの十戒かよ……
ユージは恐ろしげな表情のオーク達がひれ伏すのをこわごわ眺めながら、マルチナに続いた。
「ん?」
オークの嬌声が消えいきなり訪れた静寂に、何事かとアンジは崩れかけた防御壁の先を振り返った。
防御壁の向こう側に自分に向かって歩いてくる人影を見つける。
人影が進み出るとオーク達は冒険者の死体を争うのを止め、膝をついてひれ伏している。
トロールに至っては恐怖で震えて顔も上げない。
ちっ、まだ敵がいたのか?
アンジは小さく舌打ちした。
防御壁を越えても立ち止まることなく人影が近づいてくる。
アンジは人影を凝視しつつ、攻撃の準備をする。
「ん? あの女……」
前を歩く女の顔を見て、アンジは疑問が解けたように笑みを洩らす。
人影が近寄ってくるのをじっと待っていた。
一〇メートル程まで近付くのを待って口を開いた。
「オーク達の様子がおかしいと思ったら、あんただったの。マルチナ」
えっ、マルチナの知り合い!?
ユージは期待が高まる。知り合いならマルチナがうまく橋渡ししてくれるかもしれない。
この魔人も仲間に出来ればこれほど力強いことはない。
最初の魔人の探索で、こんなに都合よく行くとは……
ユージは自らの幸運を神に感謝した。




