33 辺境の町・新しい仲間 20
しかし、ユージの耳に届いたのは、予想とは裏腹に冷たく突き放すようなマルチナの声だった。
「まだ死んでなかったのね」
アレ? 何か様子がおかしい……
ユージは不安の感情が押し寄せる中、マルチナの背後から恐る恐る顔を出し、アンジに会釈した。
アンジと目が合った。
アンジはいぶかしげな表情でユージを睨らむ。もちろん二人に面識はない。アンジは、少し考えた末マルチナに問いかけた。
「誰?」
「相変わらず、勘の悪い女ね」
はぁ~と、わざとらしい溜息をつき、マルチナが右にうつむき、左手で肩に掛かった黒い髪をかき上げる。そして首筋をアンジに向けた。
マルチナの白い首筋に赤い紋上が浮かび上がっていた。
「えっ、まさか……盟約の紋章。ということは魔王……?」
驚きの声を上げたアンジにマルチナが訂正した。
「魔王陛下と呼べ。無礼者」
「もう復活したの? 予想よりだいぶ早いわね」
「おまえの予想など当たったためしがないだろ」
「ふっ。そういうあんたは早速乗っかったわけね。でかい割には軽いおしりだこと」
「膝を抱えてショボーンとしているあんたよりましよ」
思っていた展開と違う……。
シンは体中から汗が噴き出した。
久しぶりに旧友に会って懐かしさで盛り上がる二人、そんな当初の想定は一気に砕かれた。
「その減らず口をふさいでやろうか」
「おもしろい。やれるものならやってみろ」
マルチナとアンジが睨み合う。
気温が一気に五度くらい下がった気がした。
辺り一帯の空気が張り詰める。オーク達が後ずさりしながらマルチナとアンジから距離を取り始
めた。
流石にこんなところで喧嘩してはマズイと慌ててユージが仲裁に入った。
「久しぶりの再会なんでしょ、もう少し和やかに。ねっ」
しかし、マルチナがユージに静かに応えた。
「ユージ。こいつは役に立たないわ。別をあたりましょう」
「役に立たないとは聞き捨てならんな。あんたより強いのに」
「どの口が言っている」
「アンジ様の口だ。ボケ」
また、言い争いが起こる。この二人に会話させることは争うを招くだけであるとユージは悟り、自分が話を主導しようと二人の間に入った。
「待って、待って、ここは魔族同士、互いに協力して国家再興に手を貸してくれないかな?」
ユージの提案にアンジもマルチナに対するものとは違い、慇懃無礼に答えた。
「恐れながら、わたしも協力しないとは言いません。だけど、盟約を結ぶかはまた別の話……」
しかし、ユージの苦労を無視するかのように、アンジの返答にマルチナが急に割り込んできた。
「何を勘違いしてるの? ユージがおまえごときと盟約を結ぶはずないでしょ。ありがたくもモブキャラとして使い潰してやるって言ってんのよ」
「モ、モブ……???」
「いやいや、アンジさんをモブキャラなんてそんなつもりは。大切な仲間として……」
あわててユージがその場を納めようと口を挟んだ。しかし、マルチナはそれを許さない。
「ユージ、アンジごときの力、なくても問題ないわ」
「はぁー? じゃあ、なんで来た? 私の助けが欲しかったんでしょ? とりあえず、マルチナ! あんたが頭を下げて頼みなさい」
「アンジがいると分かっていればこなかったわ。それに格下に下げる頭は持ち合わせていないので」
「誰が格下じゃ、ボケェェ」
マルチナとアンジが掴みかかりそうな勢いでにらみ合う。オーク達はすでに避難しているのか見当たらない。
この二人がケンカをしたら冗談抜きで危険極まりない。
ユージなど一瞬で消失されかねない。
突然、ユージのお腹がなった。マルチナとアンジがユージを睨む。
今日は朝食を食べたきりであった。昼間は戦いの緊張から空腹は感じていなかったが、ここに来て、一気に空腹感が襲ってきた。それはマルチナやアンジにとっても同じことであった。
マルチナはアンジに向かって言った。
「ユージに食事の準備を。まったく気が利かない女ね」
「それが人にモノを頼む態度!?」
「ふんっ」
アンジはマルチナを無視して、ユージに向かってお辞儀をした。
「では、われらの砦へご案内致します」
アンジはトロールを呼び跪かせると、ひょいと肩に乗った。ユージとマルチナもアンジを真似て、それぞれもう一頭のトロールの両肩に乗る。
三人を乗せたトロールとオークやゴブリンの群れは森の奥へと進んでいった。
砦と言っても、浅い岩穴の周囲を木で囲った程度のものであった。
アンジ曰く、自分より強いヤツはいないからこれで十分らしい。オークやトロールは柵の外で適当に雑魚寝しているようである。
三人は岩穴の前でたき火を囲んで腰を下ろした。
すぐにオークが焼いた肉を持ってきた。頭上に掲げるようにしてユージに差し出す。
何の肉? まさかさっきの冒険者?
ユージは受け取った肉を睨み付けたまま硬直した。
魔族に転移したと行ってもほんの一〇日くらいまでは人間だったのだ。人間の肉に齧り付く、いくら空腹でもそんな気分にはなれない。
「野生の鹿の肉です。人間の男は固くて美味しくありませんので」
シンの気持ちをズレて解釈したアンジが説明した。
「そうなんだ。今後もその方針で頼むよ」
ユージは安心して肉にかぶりつく。味は牛肉とほとんど変わらない。ちがいは脂がほとんどないことか。ただ、噛めば肉汁が染み出しうまみが口の中に広がった。マルチナも黙って肉をほおばっていた。
食事が一段落付いたところで、アンジが話を切り出した。
「で、ユージはどのように国を再興するつもり。そして、私はどんな協力をすれば?」
「陛下と呼べ、アンジ。それにその口の利き方、馴れ馴れしいぞ」
「マルチナが呼び捨てため口なのに、私が陛下と呼んで敬語じゃ、私があんたより格下みたいじゃない」
アンジが不満そうに返事をする。
そういう問題? 王に対する敬意と尊崇の念かそいうのはないのか?
ユージは呆れつつも、アンジの問に答える。
「正直言って、まだ明確なプランはない……」
アンジは無言でユージを見つめ、続きの言葉を待っている。ユージは説明を続けた。
「今は力を蓄える時期だと思う」
「じゃあ、しばらくこの森に籠もる? ここなら安全は保証するよ」
「それはちょっとどうかな……」
ユージが口ごもると、またマルチナが割って入った。
「わたしがこんな森の中に籠もるわけないでしょ。あんたみたいな山猿じゃないのよ」
「だれが山猿だ! 嫌なら今すぐ出て行け!」
「頼まれても居るか! こんなところ」
またかというか、いい加減うんざり。
しかし、ユージとしても放っておくわけにも行かず、説明を続ける。
「いやいや、そういうことじゃなくて、グリフの遠征隊が一人も帰ってこないとなれば、町のギルドは当然何かがあったと考えるでしょ。ギルドから調査隊が送られることは間違いない」
「そりゃそうね」
「ゴールデン級が討たれたと判明すれば、次はスプリーム級がリベンジチームとして送られるもしれない」
「スプリーム級……」
アンジが思わず問い返す。スプリーム級と聞きさすがのアンジも真顔になる。
「今回の混成討伐軍に参加してすぐ近くまで来ている。奴らが呼ばれる可能性は否定できない」
スプリーム級の冒険者はマルチナの死亡を確認していない。ゴールデン級が全滅したともなれば、マルチナの仕業と考えマルチナを探しにやってくることはあながち否定できるものではなかった。
シンの説明を聞き、マルチナはアンジを見下したよう鼻で笑った。
「スプリーム級の魔導使いはアンジより上よ」
「やってみなければ分からないでしょ」
「はいはい、頭が悪い子はたいていそう言うのよね」
またマルチナとアンジが言い合いを始めそうになるのを制するようにユージが提案した。
「そこで、鉱山に行ってみようかと思う」
「鉱山??」
思いがけない提案にマルチナとアンジが顔を見合わせた。




