23 辺境の町・新しい仲間 10
グリフは一旦攻撃を中止させると腕を組んで黙考した。
障害は木で作った防壁のみ、ゴールデン級の自分の能力を持ってすれば力づくで切り込んで防壁を突破することは容易い。 しかし、そうなればオークの何割かは殺さざるを得ない。
さらに残りのオークやゴブリンはさらに森の奥へと逃げていくだろうから、森の入口へ誘い出すという当初の作戦は破綻する。
その結果として奴隷として捕獲できる数は五〇を切るかもしれない。それではブロンズ級達の取り分は飲み代にもならない。
彼らはリスクとリターンには聡い。稼げない主催者の遠征は当然敬遠する。
それでは、次のグリフ主宰の遠征への募集に悪影響を与えかねないのだった。
作戦を変更するしかないか……
グリフは森の入口を固めている後発組を任せていたケニーを呼び出すよう伝令を送った。
三〇分もしないでケニーが伝令に伴われ前線までやって来た。
グリフは作戦を変更ケニーに告げ、変更後の作戦を説明した。
オーク達の注意を引きつけるため、先発部隊はこのままの位置で睨み合いを継続する。
その間、森の入口を固めていた後発部隊を大きく迂回させて敵の背後に回らせる。
背後から魔導攻撃で奇襲を仕掛け、先発部隊と挟撃する。
あとはうまく空き地部分に追い込み隷属魔導でまとめて拘束する。
グリフの説明にケニーが頷きつつ確認する。
「森の中をルートを探りながら迂回するんじゃ行軍の速度は上がらない。最悪なのは迂回中に部隊の側面を突かれることだ。敵も迂回は警戒しているだろうしな。そうなると損害は無視できないぞ」
「わかっている。そこでだケニー。まず、迂回ルートを開拓するために斥候部隊を左右に一組づつ先発させる。その上で警戒の薄い方のルートを使って一気呵成に部隊を移動させる」
「なるほど、仮に斥候部隊の一つが敵に見つかっても、敵の目を眩すいいおとりにはなるな」
頷くケニーにグリフが説明を続ける。
「両隊とも敵に発見され帰ってこなければ、それはそれで仕方ない。迂回による挟撃策は断念して後発隊も共同して力尽くで正面から行く。儲けは減るが死んだ斥候隊の取り分は他ヤツらに回すことができるからトントンだ」
「なるほど、考えたなグリフ。だが迂回ルートの開拓は危険な役回りだな。誰にやらせる?」
「ボーナスだせば志願者はいくらでもいるだろ。少々の追加の出費は仕方あるまい」
「それなら後払にすればいい。オークに殺されて帰ってこなければ払わなくて済むぞ」
グリフとケニーはにやりと笑った。
斥候部隊を編成する下級冒険者の命など彼らにとってどうでもいい話だった。
グリフは先発部隊の冒険者らを集めると、迂回ルート開拓のための斥候部隊を募った。
「危険を伴うから一人金貨三枚のボーナスを出す。希望者は名乗り出て欲しい」
グリフの声に冒険者達はそれぞれ顔を見合わせた。
ユージもマグナスと目が合った。マグナスの表情からは斥候部隊に手を上げるつもりであることは明らかであった。
金貨三枚のボーナスは魅力的である。特に娘のために金が必要なセルリンにとっては。
そしてマグナスは相棒のセルリンためなら少々の危険は度外視して引き受けるだろう。
一方、ユージもマグナスに言われなくても手を上げるつもりであった。
もっとも、ユージの狙いは金ではない。
斥候部隊として本体に先行して敵陣近くに行くことができれば、戦いが始まる前に防衛陣に立て籠もるオーク達のリーダーに接触できる。
オークのリーダーに挟撃の危険を知らせ、いち早く森の奥に待避させるか、迂回中の後発部隊を待ち伏せして撃破してもいい。
もちろん、ユージがオーク達のリーダーに接触しようとすれば、ニコと名前を偽りマグナス達を騙していたことは露見する。そうなればマグナスは嘘をついた自分を許すことはない。
しかし、甘い考えかもしれないが、マグナスなら分かってくれることは可能性ゼロではないともユージは考えた。
いずれにせよ、マグナスやセルリンがむざむざオーク達に殺される必要はない。
理解が得られなければ、マグナスとセルリンは事情を話して戦場から離脱させよう。金が必要なセルリンには自分が持っている金を渡せばいい。
ユージはマグナスを見つめ頷いた。
「俺たちが行く」
マグナスはユージの意図を察知し、いち早くグリフに立候補を告げた。
マグナスに続くように、パラパラと何人かの手が上がった。
みんなここが儲けるチャンスと踏んだのだろう。
しかし、髭面の男も同じく志願の声を上げた。しかも、ご丁寧にマグナスと一緒に行くことを希望した。
グリフは髭面の男を指して名を尋ねた。
「俺はブロンズ級のグストだ。マグナスとは知らぬ仲じゃないんでな。どうせなら知った者同士の方が連携がとれるだろ」
グリフはグストの言葉に頷き、グストの希望どおりマグナス達四人とグスト達四人を一つの隊として北から迂回するルート開拓を命じた。
「よろしく頼むぜ、いいカッコしいの兄ちゃんよ」
グストはマグナスに下品な笑いを浮かべた。
奴らと一緒とは……。
ユージは心の中で舌打ちした。
わざわざマグナスを指名した上での危険な斥候部隊への志願。
ボーナスが出るとはいえ、髭面の男グストが何かを企んでいることは間違いない。
「心配するな。ここで何かするほどヤツも阿呆ではあるまい。それに何かあれば俺がみんなを守る」
マグナスの言葉にユージは頷いた。
ただ、ユージにとってマグナスやセルリンを戦場から離脱させるのはいいとして、グスト達までも逃がす義理はない。
それならグストが何か仕掛ける前にこちらから先手を打つほうが確実である。
隙を見て殺すか……。しかし、殺すとなればマグナスに説明しなければならない。
ユージは頭を巡らせた。
ユージら斥候部隊の二チームは静かに前線を離脱し森の入り口まで後退した。
そしてユージらは森を出ると森に沿って北に移動し、二キロほど進んだ地点から防衛陣地の背後を目指して再び森の中へと入っていった。
森に入ると対魔族感度が高いというセルリンが独り先行した。
セルリンが周囲に見張りのゴブリンがいないことを確認した上で、五〇メートルほど後方に待機していたユージ達が前進させて合流する。そして再度セルリンが独り先行する。
その繰り返しで森の奥へと進んだ。
森の北側は踏み分けた道もないため地面には弦や下草が生い茂っていた。
陽があまり当たらないせいか木も低く枝が横に張りだしている。
三六〇度見回しても同じような木々しか見えず、森に入るとすぐに方向感覚も失われた。
そんな中でマグナスがコンパスを確認しつつ、セルリンに進行方向を指示して進んだ。
行軍は遅々として前に進まなかった。
こっちルートに時間がかかり過ぎるともう一つのルートから迂回攻撃が決行されることになる。
そうなれば防衛陣地に立て籠もるオークたちを救うユージの目論見は失敗する。
ユージはまだ着かないのかと焦りばかりが募った。
しかし、マグナスを見れば彼も必死な表情で位置を確認し指示を出している。指示を受けるセルリンにしても、最大限の警戒を継続させており、精神的疲労の程度は少なくない。
さすがにもっと急いでくれとは言える状況ではなかった。
それにユージにとってはもう一つ気がかりなことがある。グストの存在である。
いつ裏切ってこちらに切りかかってくるかもしれない。
グスト達の行動にも気を配らねばならないと思った矢先、グストがマルチナにちょっかいを出す。
「おい、ねーちゃん。尻が重そうだな。俺がおんぶしてやろうか」
グストがマルチナにいやらしく笑った。しかし、マルチナは相変わらず無表情のままだ。
いつものマルチナらしくなかった。
代わりにマグナスがグストに黙れと牽制した。
グストはケッと唾を吐き捨てマグナスをにらみ返したが、それ以上何かをしようとはしなかった。
グストは森に入った初めこそは下品な冗談でマルチナにちょっかいを出してきたが、そのうち無言になった。
グストにとっても森の中の行軍が楽ではないのは肩で息をする様を見れば明らかだった。
森に入ってから既に一時間半を経過した。
ユージの焦りはいよいよ最高潮に達する。
いくら経験のあるマグナスに任せているからといって、時間がかかり過ぎているのはユージも分かった。
これじゃあ間に合わない……。
ユージ諦めかけた時、前方が次第に明るくなっていった。
木の枝に邪魔されず、陽の光が地面近くまで届いている証拠である。
やっとオークの防衛陣地の空地に近づいたのか……。
ユージは安堵の気持ちと、まだ間に合うかもしれないとの期待が入り交じり、森の草木を踏みしめる足にも力が入る。
しかし、さらに進むが防衛陣地のある空地は見当たらない。
ユージは様子がおかしいと思いながらも歩みを進めたが、周囲の木の密度が次第に減っていくばかりであった。
ついに、ユージの目の前には何もない広大な草原が見渡す限り広がった。




