表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/40

第五章 密やかに笑う声 7

 現在彼が……いや、アルベーニ公爵家がレミシアーナの婚約破棄騒動で困った立場に立たされていることは、知っているつもりだった。

 しかしそれでも公爵家だ、今は辛い立場に立っていたとしてもいずれは落ち着くものと、当たり前のようにノエルは思っていた。

 なのにコルッサ伯爵がこのような切羽詰まった状況である時に、そんな言葉を口にするほど他の貴族達の目にも明らかなのであれば、自分が思う以上にアルベーニ公爵家は危うい立場に立たされているのかもしれない。

 もしも万が一、公爵家が没落するようなことになったら?

 村や領地の問題ももちろんあるが、ジークベルトやレミシアーナはどうなるのだろう。

「……アルベーニ公爵家は、それほど今、辛いお立場なのですか……?」

 尋ねる声はか細く震えていた。

 それでもコルッサ伯爵の耳にははっきりと届いただろう。彼はハッとした表情で顔を上げると、ノエルの顔を注視し……そして、絞り出すような声を出す。

「……今すぐどうにかなるわけではないでしょうが、以前よりも陛下やエセルバート殿下のご寵愛が薄れていることは確かです。アルベーニ卿の立ち居振る舞いによっては、現在の筆頭公爵や将軍位からふるい落とされたとしても不思議はないでしょう」

「そんな……」

「公爵家が大きな力を持ち続ける事を嫌う貴族達も多い。この機会にそういった貴族達が迎合し、足を引っ張る事も充分考えられる……そうならないようにするためには、アルベーニ卿ご自身の才覚ももちろんですが…………できるだけ多くの味方を付けておく必要があります」

 どうやら伯爵はノエルの反応から、自分の願いを聞き届けさせるためにはアルベーニ公爵家の名を出すことが一番効果的だと察してしまったようだ。

「もちろん、今回のご令嬢の件や殿下のなさりように疑問視を向ける者も多くいます。私もその一人です、もし娘を救って下さったら、あなたは我が家にとって恩人になる。……多少なりとも、公爵家のお力になることもできるでしょう」

「……っ」

「私も娘を失う様な悲しみを、無関係の公爵家にぶつけたいとは思いません。どうか……どうかお願いします、どうか」

 たとえコルッサ伯爵にその意図がなかったとしても、この時の彼の言葉はノエルの耳には脅迫と同じように聞こえた。

 これほど訴えられても、ノエルが娘を救うことができなかったら、彼は大きな悲しみと絶望、そして失望を抱くだろう。

 期待させておいて叶えられなかった……その悲しみと怒りの矛先がノエルに向くだけならばいいが……ただでさえ危うい立場に立たされている、アルベーニ公爵家に向いてしまったら?

 遠回しとは言えど、それを示唆する伯爵の言葉に顔色を無くしてしまう。

 そんなノエルの様子は伯爵も気付いたはずだ。その証拠のようにどこか気まずそうな顔をしている。

 きっとコルッサ伯爵は、実直で誠実な人柄なのだろう。ノエルに対して上から物を言うことはいくらでもできるはずなのに、あくまでも下から懇願という態度を崩さない。

 同時に自分でもこれが脅迫じみていることにも気付いているようで、それに対する罪悪感を抱いている。

 ……けれど言葉を撤回しないのは、彼自身娘の命が掛かっているからだ。

 たとえ無理強いでも、脅迫でも、大切な娘が助かるのであれば……そんな気持ちが透けて見えた。

 この時、たっぷり沈黙した後でノエルが口にできたことは一つだけだ。

「……できる限りの事は、いたします」

 医療に従事する者として当たり前の言葉。なのに、その言葉に含まれた意味はもっと深く重い……ただ自分の持ちうる技術や知識で全力を尽くすだけでは足りない、もう一つ上の力が必要だと、思わせるくらいに。

 コルッサ伯爵を部屋の外へ出して、再びナタリアと二人きりになったノエルは、今にも息途絶えそうな娘の顔を見下ろして唇を噛んだ。

 この人を救うためには、自分はまたあの禁じられた力を使わなくてはならない。

 ……あの時、力など使うべきではなかったのだ。子どもを救うことがなければ、こんなことにはきっとならなかった。

 だけど……きっともう一度あの時、あの場所に戻っても、ノエルは子どもを見捨てる事は出来なかった。そして……今目の前で苦しんでいるこの人のことも。

 一度は保身の為に見捨てようとしたが、結局はできそうにない。

 同時にそれは人助け以上に、再び今回と同じような要求が、何度も繰り返される未来が想像できる。

 どんなに口止めをしても、ノエルがナタリアを救えば、その噂は貴族達の間で広がるだろう。断れば、不興を買うのは自分だけではなく、アルベーニ公爵家も諸共にだ。

 どうしたら、と思い悩むノエルの頭の中に、例の声が響く。

『大丈夫よ。難しく考える事なんてないわ、バレないように上手くやれば良いのよ』

 ばれないように。自分が異端の力を持っているなどと、人に知られないように。

『力と、医療と、薬と。全部上手に組み合わせて使っていけば良いのよ。大丈夫、バレやしないわ』

 本当だろうか。父や、ジークベルト達を巻き込まずに、上手く済ませることはできるだろうか。

『子どものことも、この娘の事も、人は少し大げさに言っているだけ……自分は自分にできる力を尽くしましたと、そう言えば良いのよ。どうせ、誰も見てやいないのだから』

 くすくすとその声は笑う。

 そして誘惑してくる。

 上手くやれば大丈夫だと。

 誰にも気付かれないように、上手に……普通の治療と薬を交えて行って行けば、きっと。

 それがどれほど危険な考えか、なぜこの時このもう一つの声がいつもより饒舌なのかもっと疑問に思わなくてはならない……そう薄々気付いていながらも、この時のノエルは自分に都合良く囁く声に抗う事はできそうになかった。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ