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あまごい  作者: 白石ひな
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揺れる電車とガールズトーク


 「梓、おはよう!」


 満面の笑みを浮かべながら梓に挨拶をする。下駄箱のところで梓は、私のこの笑みの理由がわからないようで、ぼけっとしていた。だが、私の全身を舐め回すように見てから、気がついたように表情を緩ませる。私もそれを見て、ふんわりと笑いかけた。


 「なるほど。今日は傘持ってきたのね」


 「うん!」


 私は自慢げにハートの散りばめられた傘を見せた。


 「今日は午後から雨らしいもんね」


 「そうなの。でね。もしかしたら例の彼にも会えるかもしれないから、折り畳みも持ってきたの」


 そう言いながら傘を傘立てに放りこんだ。


 ハート柄なんて、ちょっと子供っぽいかも。

 なんて、傘立てに入れてから思う。そして脳裏に浮かんだ家にある例の傘と比べて、思わずため息を吐いた。


 「そうだよね。早く傘返さないとね」


 梓は私の言葉に同意するように頷いた。そしてなにか思い付いたのか、言葉を漏らした。


 「長傘も折り畳みもないってことは、傘なかったりするかもしれないもんね」


 私ははっとして梓を見る。


 そうだ。確かに。え、じゃあ今日はどうするんだろう。下校時間の降水確率は90パーセントなのに……。


 「え、なに?」


 困った顔で眉を下げて梓を見て、口をパクパクさせていた私は、梓から見たら相当アホらしい顔だったのだろう。梓は眉間に皺を寄せていた。


 「きょ、今日会えなかったらどうしよう……!?」


 浮かんだのは私の手元に傘を置いて、雨の中をずぶ濡れになりながら走り去っていた彼の後ろ姿。今日の雨がどの程度のものなのかなんて知らないけれど、不安が募る。


 「さあ? その時はその時だよ」


 相も変わらず、梓は彼に対して酷くドライだった。だからかその分、私は彼のことが心配でならない。


 ……彼の傘を抱え込んで、彼を追いかけなかったのは間違いなく私なのだけれど。





 「彩月帰るの?」


 「えっ……ああ、園ちゃんも?」


 下駄箱でローファーを地面に下ろす。足を滑り込ませたその先は、もうすぐ雨が降るこの天気のせいか、少しだけ湿っぽい。


 「うん。一緒に帰ろ」


 園ちゃんも、隣で靴箱を開けて、ローファーを取り出した。私はそんな園ちゃんを横目で見ながら時計を確認する。時間がなかった。おそらく、走らねばならないほどに。


 「園ちゃん。実は、乗らなきゃいけない電車がありまして……」


 私は口ごもりながらそう告げた。いつもより少し教室を出るのが遅くなってしまったせいだろう。園ちゃんと楽しくおしゃべりしながら歩いている余裕はない。園ちゃんと一緒に帰りたい気持ちと、彼に会わねばならないという使命感が混ざり合う。そしてそれを象徴するように、私の目線は覚束なく、昇降口の方と園ちゃんとを行き来していた。


 「え? まさか、例の彼?」


 「……うん」


 私がそう答えると、園ちゃんの表情が途端に輝きだす。そして園ちゃんは急いで靴を履いたかと思うと、私の腕を掴んだ。


 「じゃあ走ろう! 絶対間に合わせなきゃ!」


 園ちゃんはその勢いのまま自分のドット柄の傘を手にして、私の腕を掴んだまま昇降口へ向かっていく。


 「そ、園ちゃん! 私、傘を……」


 「もう! 彩月早く!」


 園ちゃん、怖いよ……。

 なんて思いながら、ハート柄の少し目立つ傘を手にする。そして園ちゃんの隣に並んだ。


 「大丈夫。走れば間に合うはずだから」


 「はっ、走るの?」


 私は目を真ん丸にしながら園ちゃんを見る。園ちゃんは私のそんな様子なんて微塵も気にしていないようで、やはり私の腕を掴んだ。


 「間に合わなかったらどうするの? さ、走ろう」


 走るの苦手だし、それに。


 園ちゃんは私の手を引きながら走り出す。私はそれに必死で置いていかれないようにしていた。


 それに、こんな勢いで走っている人が滅多にいないからか、変に注目されてる気がするよ。


 半分涙目になりなから、前方のふんわりとした栗色の髪の毛を見つめる。園ちゃんの表情は見えない。


 運動が苦手な私を考慮して、加減しながら走っているのか不思議と息は切れない。だけど風が私の髪の毛を容赦なく乱す。それがとてつもなく、鬱陶しい。そんな現実から逃れるために、空を見上げた。薄暗い空は彼を思い出させる。私の中では、不安と、ほんの少しの胸の高鳴りが混じりあっていた。





 ドアーが閉まります、という独特の声が聞こえてくる。その少し前に電車に滑り込んだ私たちは、結局息を切らしていて、息を整える意味合いも込めて、座席に腰を下ろした。


 「乗れてよかったね」


 先に息を整え終わった様子の園ちゃんが私に笑みを向ける。私は、いまだに肩で息をしていたけれど、乗車したときよりは幾分か落ちついていた。


 「園ちゃん。走ってくれてありがとね」


 「えー? 別にお礼言うことじゃなくない?」


 くすくすと、笑う。それにつられて私の表情も緩んだ。


 「で、聞かせてもらおうじゃない」


 私はぽかんと園ちゃんを見る。何のことだか、さっぱりわからなくて。だから園ちゃんがどうして楽しそうな顔をしているのか、まったくわからない。


 「何のこと?」


 「ほら! 傘の彼よ!」


 傘の、彼。


 言われてからはっとして、彼を思い出す。思い出される情景はやはりどしゃ降りの雨の中の、彼の後ろ姿で、思わず鞄を握った。


 「あのぅ。申し訳ないけど、話すようなこともないといいますか……」


 「いいますか?」


 「折り畳み借りて、返してなくて。さらに傘に入れてもらって、その傘まで借りてしまったってだけです、はい」


 台詞を、流し込む。

 ことの顛末はそんなところだし、園ちゃんが気になるような面白いことはないはずなんだけど。


 「それさ。一歩間違えばヤバイけどさ。逆に、惚れたりしなかったワケ?」


 「ほ、ほっ、惚れっ!?」


 それはない、と腕を大きく振りながら全身で表現する。反射的にそんなことをしてしまったけれど、正直それが本心かどうかは私でもわからなかった。


 「だって傘入ったんでしょ? 相合い傘だよ? ちょっとドキッとしません?」


 言われてみれば、確かにそうだ。私、彼と相合い傘したんだ。

 そう思うと急に恥ずかしくなってくる。なんとなくだけど、「傘に入る」っていうのと「相合い傘」っていうのとでは、大きな違いがある、と思う。

 どこが? って言われると、わからないんだけど。


 「あの時はただただ緊張してたからなぁ」


 そう、「あの時」は。あれが相合い傘だったと認識した今では、心臓はばくばくと大きな音をたてている。


 「えーっ。彩月ほんとに女なの?」


 身を乗り出して聞いてくる園ちゃん。私はその言葉を聞いて、頬を膨らませた。


 「どうせ女っぽくないですよーだ」


 だからまともに恋をしたことがないし、彼氏もできたことがないんだ。

 そんなふうにすねた私を見かねたのか、園ちゃんは私の頭を撫で始める。


 「大丈夫。私が保証する。なんだかんだで彩月は可愛いから!」


 それ、誉め言葉?

 ぐっとそんな言葉を押し込めて、素直に園ちゃんに頭を撫でられる。これが気持ちいいって思う私って、子供なのかな?



 それからしばらく園ちゃんと、他愛もない話をした。好きな芸能人だとか、この前のドラマだとか。


 園ちゃんは私より先に降りるけれどそれでも、学校の最寄りからだと20分以上はかかる。そして私は園ちゃんが降りてからさらに15分ほど電車に揺られなければならなかった。


 ふと、窓の外を見る。まだ雨は降っていないものの、空はどんよりと曇っていた。


 「次はー……」


 車掌さんの声が聞こえてきて、園ちゃんが降りる1つ前の駅名が告げられる。

それからそう間もなく、駅に到着してドアが開く。ドアの向こう側には同い年くらいの高校生がたくさんいて、何もないのに、うっと気圧されてしまった。


 「あー、海南高校の人たちだね」


 園ちゃんは何気なしにそう言う。だけどあんまり他校に興味がなかった私にはそれがどこなのか、さっぱりだった。


 「え? 知らないの? 県内有数の進学校じゃない」


 「へえー」


 あんまりジロジロ見ていると何か言われちゃうかな。

 とは思いつつも、ドアのすぐそこに立っている海南高校の人たちを見る。男女とも紺のブレザーというわりとスタンダードな制服を身に纏った人たちは、楽しそうに談笑していた。


 「海南は将来有望な人が多いんだよなぁ。だから狙ってる女子も少なくないの」


 ね、狙う……って!


 そう言う園ちゃんも運命の人を探し当てるようにしながら、海南高校の人達を見つめている。


 「へ、へぇ?」


 何を言ったら良いのかもわからずに曖昧な言葉を漏らす。そうこうしているうちに、電車は次の駅へと入っていった。


 「あ、私、降りなきゃ!」


 「うん、じゃあね」


 「ばいばーい」


 そうして園ちゃんが降りていく。私は遠ざかっていく園ちゃんの背中をぼうっと見つめていたけれど、やがて電車が動き出して見えなくなった。


 私の最寄りまで、ここからちょうど15分。携帯を弄ろうかとも思ったけれど、すぐに用がないことに気付き、鞄に忍び込ませようとした手を膝の上に置いた。私の目の前では相変わらず海南高校の人たちがお喋りをしている。


 彼は、どこの高校なんだろう。

 名前すら知らない。傘に入れてもらっただけの彼。私は彼を思い浮かべてから少し思い立って周りをきょろきょろと見渡した。


 雨の日。同じ電車かもしれない彼。もしかしたら同じ車両に乗ってたりしないかな、なんて思ってみたのだ。しかしその思いは簡単に砕け散る。やはり、そんな偶然がそこら辺に転がっているわけがなかったのだと、縮こまった。


 最寄りまでは、あと14分弱。それにすら耐えられなくなって私は眠くもないのに目を閉じた。がしかし、目を閉じた途端に眠気が襲ってくる。私はそれに身を任せて、浅い眠りに落ちた。




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