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傘師の自覚を持つための伝統

 昨日の夜の結末?

 怪我はしなかったよ、結局。


 砂浜に突進して悪夢のサイクリングは終了。タイヤを取られた自転車は急激に減速して倒れ、わたしたちは砂浜に投げ出された。おかげで砂まみれになったけど、もうじき任務開始という時期に怪我をしなかっただけよかったと思う。本来なら激怒してもいい場面だったと思うけど、なぜかわたしは笑いが止まらなかった。ルイも笑っていた。わたしたちは髪に砂をつくのも気にせず仰向けのまま笑った。春の夜風は少し冷えたけど、砂は昼間の名残を残して温かだった。


 懐かしい砂浜の空気にもう少し身を浸したかったのだけれど、発起人のルイは早く帰りたがった。体中に砂がついてしまったから早くシャワーを浴びたかったみたい。そのまま海に入ることを勧めようかとも思ったけれど、本当に入られて風邪を引かれたら困る。帰りは約束通り、わたしが自転車をこいで二人分の砂だらけの体を寮まで運んだ。


 帰りも二人で話していたけれど、あまりに他愛ない内容だったのでよく覚えていない。そして、今朝からさっそくルイを起こした。シャワー室を経由して彼女の部屋に行き、小動物のように丸まった体を揺り起こす。「やめてー!」とか「やっぱり頼むのやめるわ」とか言って惰眠を貪ろうとする彼女を容赦なく叩き起こしてやった。大仕事を終えた達成感は得られたけど、朝から疲労してしまって今後が思いやられた。

でも、それでもいい。だって、貴重なメンバーを確保できたんだから。



 ときはいま、体育の授業中。


 クラスメイトたちは器械体操に興じている。ルイもいるけれど、彼女は他の女子数人と遠いところにいるから、壁際にしゃがみこんでいるわたしからはあまり見えない。日常生活では使わない筋肉を酷使しているクラスメイトをただ眺めるわたしは、完全に真面目さを放棄している。もしかすると、こういう行動がルイに気が滅入ると言わせたのかもしれないけれど、何もわたしだけが特異なわけではない。似たような省エネタイプは他にも何人もいる。「任務第一、授業二の次」を信条としている生徒は少なくない。カナミズ第一高校ならではの信条だと思うし、傘師の力を持つわたしたちはそれでいいとも思う。


 あと五日で四人か。

 ユウリなら、こんなわたしにどんな言葉を掛けてくれるだろう?


 頭をふってその考えを振り払うと、シキトが悠々と跳び箱を越える姿が目に入った。わたしの胸の高さほどはあっただろう。白く分厚いマットに着地を決めた彼は、付近で挑戦者の品定めをしていた男子たちに笑いかける。屈託のない笑みの中に少しの高慢さをまぶしたその表情は、昔の彼には作れなかった器用な表情だ。去年まではクラスが違っていたから気づかなかったけれど、知らない間に彼も昔とは変わったみたいだ。よくよく見ると、体育館の向こう半分を使っている二年生の女子たちが、仕切りのネット越しにシキトに熱い視線を送っていた。先輩が異様に格好よく見える気持ちは分からないでもない。それに、男女混合のバレーなんてやらされると息抜きも必要だろう(カナミズ第一高校で男女別に行われる授業はまずない)。


 ゲームにはしゃぐ声。たまに笛の音。漫然と座っている自分。ときどき自己嫌悪。

 長い長い授業は、乾いたチャイムの音で幕を閉じた。


 立ちあがって体育館を出ようとしたそのとき、頭に鈍い痛みが走った。思わず頭を抱えて立ち止まる。頭痛などではない、外部からの衝撃だった(この場合も頭痛と表現するんだろうか?)。近くに転がったバレーボールを認めて初めて、二年生の放ったボールがわたしの後頭部にクリーンヒットしたらしいと分かった。


「いたた……」

「わ、ごめんなさい!」


 誰かが後ろからこちらに駆けてきてわたしの前に回った。わたしは思わず目を細めて彼を見た。まるで外国の子供のような見事な金髪が、簡素な黒いジャージにとても映えていたからだ。顔立ちも髪色とマッチした可憐さを醸している。身長は百五十八センチのわたしと同じくらいかやや低いくらいだろう。色素の薄い瞳が、まるで万華鏡でも覗くようにじっとわたしを見つめている。


「大丈夫? ごめんね痛かったでしょ? でもぼくが打ったんじゃなくてあいつが打ったんだからね」


 彼の指す先を振り返ると、仕切りネットの隙間からもう一人の男子がこちらに駆けてくるところだった。こちらは背が高く、目元の鋭さ、全身から立ち昇る刺々しい雰囲気はぞくぞくするほど鋭利だ。思わず後ずさりたくなったけれど、彼が発した「すみません」は拍子抜けするほど低姿勢だった。ボールが当たっただけとは思えないくらい申し訳なさそうな表情を浮かべている。それにしても、あんなに狭い仕切りネットの隙間をすり抜けてボールが飛んでくるなんて不思議だ。わたしの頭を狙いでもしたんだろうか(まさか、ね)。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫なわけないでしょ。痛いでしょ」


 金髪の方が間髪入れずに答える。二年生のはずなのに上級生のわたしにいとも気軽に、「ねえ?」と問いかけてくる。わたしは頷いた。


「大丈夫、もう痛くない。心配しなくていいよ」

「いや、根に持たれるのも嫌だから、ちゃんと何かすべきだよ。ね、涌波ミナミさん」

「根になんて持たないよ。わたしのことを知ってるの?」

「有名だもん。ね、ハルヤ」

「カナミズチームの人員を募集しているって、森本先生が授業のときに言ってましたよ」


 森本が?


 一応影で協力してくれているってことのか。わたしの名前をそこかしこで出して欲しくはないけれど、感謝すべきことなのだろう。


「じゃあ、カナミズチームに入ってよ。それでいまの件はチャラにしてあげる」


 わたしの言葉に二人はニヤリと目配せをした。それを見てあれ、と思う。この会話の流れ、まるで彼らに誘導されているみたいじゃないの。カナミズチーム加入に意欲的だなんて、かなり違和感がある。


「いいよ。ぼくら入る」

「ねえ、そんなにすんなり入っていいの?」


 あんなにメンバーを集めたがっていたわたしがこんな質問をするなんて。それだけ彼らが怪しかったということだろう。


「まだメンバーを全員集めきってないくらい行き当たりばったりだし、でき上がっても寄せ集め感満載のチームになると思うよ」

「いいんです。おれたち、どこからもお声が掛かってないんで……」


 ハルヤという子に、金髪が「余計なことは言うな」と言いたげな強い視線をぶつけた。

 なるほど、そういうことか。

 もうみんな入るチームが決まっているものと思っていたけれど、そうでもない層もいるのか。


 かくいうわたしも、森本に呼ばれる前は根なし草状態だったけれど。


「本当にどこからも誘われないの?」

「本当だよ。ハルヤは見た目きついし、ぼくは敬語を使わないのがだめなのかもしんないね」


 なるほど。確かにそれはあるかもしれない。

 ちゃんと自己分析してるんだ。


「たった一歳しか変わらないのに敬語なんてばかばかしい」


 うそぶくユキオミの後頭部をハルヤは勢いよくはたいた。そしてわたしの目をじっと見てから「よろしくお願いします」と頭を下げた。調子を狂わされる二人組だけど、悪い子たちでもなさそうだ。


「分かった。じゃあ、二人ともわたしと一緒にカナミズチームで頑張ろう」

「うん! ぼくは杜ノ里ユキオミ。こっちは小立野ハルヤ。両方とも2Aだよ」


 2A。ということは、さっきバレーボールをしている集団の中に、あのユウリにそっくりな子もいたわけか。二年生のバレーボールなんて全然興味がなくて見ていなかったけれど、それならチェックしておくべきだった。


「ミナミさんは今のところ誰を確保してるの?」

「全員三年生。出羽シキト、三口カズキ、石引ルイの三人。名前を言っても分からないだろうね」

「そだね、分かんない」


 そう言いつつ、なぜかユキオミは悪戯っぽくハルヤに目配せした。その仕草がひっかかったけれど、追及はしなかった。この子にいちいち疑問を持っていたらきりがない気がする。


「そうだ、あのね。ハルヤのお兄さんってすごい実力者らしいよ。雲読みも雲払いも何でもトップクラスなんだって。誘ってみたら?」

「そんなことないって」


 ハルヤは即座に否定する。実の兄が褒められているのだから喜べばいいのに。


「そんな実力者がまだどのチームにも入ってないなんてありえないと思うけど、ダメもとで声を掛けてみるよ。名前はなんていうの?」

「小立野シュウイチ。3B」

「同じ名字なんだ」


 わたしがこんなことを言ったのには理由がある。


 この学校に入ると当時に、生徒は名字をカナミズ地区やその周辺の町名に変えさせられる。だから、兄弟とはいえ同じ名字とは限らないのだ。わたしの涌波という名字も両親から引き継いだものではなく、二年前に学校から押し付けられたものだ。なぜそんなことをするのか先生に質問しても、「里心がついて任務にまい進できなくなるのを防ぐ」などというよく分からない回答が返って来る。それに反発しようものなら、最後には「伝統」という言葉が体よく使われるだろう。全寮制であることや、めったなことがない限り肉親と会うことを禁じられているのもまたしかり。傘師の自覚を持つための伝統。この一言ですべて片づけられる。


 不可解だけれど、わたしにとっては都合がいい。

 そういった規則があることを含め、わたしは傘師でよかったと思っている。


「ろくでもない人なんで、あまり会わない方がいいと思いますけど」


 ハルヤが苦々しげに言う。

 随分ドライな兄弟だこと。せっかく揃ってこの学校に入ったのなら、もっと仲良くしてもいいと思うけれど。


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