どきどきの仲良くしましょうイベントがあってもいいはずよ
寮の部屋に戻って、虹色のピアスを探してみる。
机の引き出し、ベッドの下、クローゼットの隅……などなど思いつくところはすべて目と手で調べる。気になったらそのことだけしか考えられなくなる性質だ。夕食を食べに食堂に行くこともせず、ただただピアス探しに没頭する。いつの間にか外は夕暮れ時から日没に向けてその色を変えていた。一度カーテンを閉めるために作業を中断し、またすぐに再開する。
でもだめ、どこにもない。
あの虹色の光はどこへ消えてしまったんだろう。そして、どうしてあんな大切な物をいままで忘れていたんだろう。曖昧な記憶は自分への腹立たしさに転化する。
二時間くらい部屋の中を探し回ったのに、結局どこにも見当たらなかった。大掃除をしたときのような気だるさが全身を襲い、わたしはベッドの上に力なく倒れ込んだ。そして客観的な目で部屋をもう一度見回す。
なんて簡素な部屋。
ユウリがいたつい先日までは二人分の日用品があって、彼女の気配があって、それはそれは賑やかな部屋だったのにいまはどうだろう。彼女が使っていたクローゼットやベッドにはもう生活感がないし、誰とも交わる気のないわたしはまるで抜けがらのよう。朗らかだったユウリに比べると、いまの自分の存在など空気のようだと思う。
寂しい。
仰向けになって見上げた照明の明かりが目に染みる。どんどん滲んでくるのはどうしてだろう。いまにもわたしの目からこぼれ落ちてしまいそう。
寂しい。ユウリに会いたい。
わたしは馬鹿みたいにはらはらと涙を流した。滴は耳の中に入りそうなほど筋を引いた。本当にそのまま抜けがらになってしまうかと思ったけれど、ただ時間が流れるだけでわたしは何一つ変わらなかった。そのうち可哀そうな自分に涙することに醒めてきて、目元をぬぐって起き上がった。
こんなことをしていたって明日はくる。
わたしにはあと六日で五人勧誘する義務があるし、じわじわと迫ってきた実力テストための勉強も始めなくちゃならない。
とりあえず、シャワーでも浴びよう。
わたしは隣の部屋に続くドアに手を掛けた。ありがたいことにこの部屋の隣にはシャワー室が用意されているから、わざわざ大浴場に行かなくても手早くシャワーを浴びることができる。ただし、そのシャワー室は隣の部屋とも直結していて、つまりは共同利用というわけだ。
いまはこの部屋にも隣の部屋にも一人しか住んでいないから、実質二人でシャワー室をシェアしていることになる。ちょっと気を使うと思わない? でも大浴場は落ち着かないから結局こっちを使うことにしている。
擦りガラス越しのシャワー室には灯りが点いていないし、水音も聞こえない。それでも一応ドアをノックして中に隣人がいないことを確認した。それだけ厳重にチェックして中に入ったのに、なんとほぼ同じタイミングで隣の部屋とシャワー室を繋ぐドアが開いた。白いタイル張りの室内で、気の強そうな切れ長の吊り目と目が合う。
「あ、いまから使うところ?」
「そうよ。ミナミも?」
隣人――石引ルイと話をしたのは初めてだ。初めての相手にいきなり名前を呼ばれてちょっと面食らう。こういう場合はこっちが譲って、良好な関係を作るのがいいだろう。
「お先にどうぞ。まだ早い時間だし、わたしは後でいいから」
「いつもこんなに早くシャワーを浴びるの?」
ルイは後ろで手を組んでじっとこちらを見つめている。小柄で童顔の彼女は「ちっちゃい」という言葉がよく似合う。その分エネルギーをぎゅっと圧縮したようにパワフル。去年から同じ部屋を使っていたわたしと違い、彼女は三年に進級してからいまの部屋になった。だいたい隣人になると互いの生活リズムが分かってくるものだけれど、日が浅いせいでまだあまり分かっていない。
「今日はたまたま。何もする気になれないから、とりあえずって感じ」
「あたしも。ねえ、前々から気になってたんだけど、あなたって有松ユウリ以外の友達っていないの?」
「ん?」
突然かつ無礼な質問に、わたしは思わず首を傾げて訊き返す。ルイの方を見ると、パーカーにジーンズというラフな格好の彼女は興味深げにこちらを見ている。その目に悪意は感じられない。好奇心のままに口を開いたというところだろうか。
「いないよ、別に」
こちらもありのままを語ると、ルイはへえ、と言って肩をすくめた。
「なんか変なの。ユウリユウリって言ってないでもっと色んな人と喋ればいいのに」
「そうだね」
「まあ、そんなこと口出しされたくないって感じでしょうけど。なんだか、教室に一人でぽつんといるあなたを見ると気が滅入っちゃうの。まるであたしたちが仲間外れにしてるみたいで」
「優しいんだ」
わたしの言葉に、ルイは虚を突かれたような表情を見せた。互いの部屋から漏れる明かりのみが光源の薄暗い場所でも、その気配ははっきり分かった。
「変なの」
「変かな」
「変よ」
わたしは部屋に戻るタイミングを逸してなんとなくそこに立ち尽くした。ルイはそんなわたしを見て何かを決めたように一人頷く。
「どこか行かない?」
「どこか? どこ?」
「どこでも。こうやって早くシャワーに入って、早く寝る生活なんて面白くないと思わない?」
「わたしはそんなに早く寝ないけど。勉強したりする」
「真面目ね。そういう味気ない生活を送ってていいの? こうやってせっかくわたしたちは初めて話したんだから、どきどきの仲良くしましょうイベントがあってもいいはずよ」
「仲良くしましょうイベント?」
「そそ」
ルイは挑むような瞳でこちらを見上げる。彼女のもたれかかるドアがぎい、と軋んでわたしの逡巡をかき乱した。
「変なの」
「変かな」
「変だよ。でも、まあ、そのイベントに参加する」
咄嗟の言葉に、そうこなくっちゃ、とルイは楽しそうに笑う。
「この近くにそのイベントに相応しい場所ってない? あなたはこの近くの出身だって聞いたことがあるけど」
「うーん、どうしよう。海とかわたしは好きだよ」
「じゃ、決定。自転車かっとばして行きましょ」
彼女の表情はめまぐるしく変わる。さっきまでの好奇心むき出しの顔が、いまは裏のない明るい笑顔に変わっている。
「君って気まぐれだね」
「よく言われる。あなたはクールだから余計そう思うのかもしれないね。さ、行こ」
わたしは流されるままに頷くと、廊下に出るために一旦自分の部屋に引き揚げた(シャワー室は廊下と直結していない。誰かに入って来られたら困るから当たり前か)。突然の外出に戸惑いを隠せないけれど、不思議とワクワクしている自分もいた。
帰ってからもずっと着ていた制服を脱ぎ棄てショートパンツとジャケットに着替える。廊下に出ると、ルイはポニーテールを指先でくるくるいじって待っていた。目が覚めるようなピンクのパーカーを着ている。わたしを見ると「じゃ、出発」と先に立って歩き始めた。




