自分が傷ついていると悟られるのが、わたしは嫌い
そして、あれから数カ月のときを経たいま、3Bの教室に田上ケンヤを見つける。
彼はあと五分で終わる昼休みの時間を睡眠にあてるつもりらしく、窓辺付近の自分の席で肘をついて俯いている。無言でケンヤを指し示すと、ユキオミは「じゃ、行こう」と何の躊躇もなく教室に足を踏み入れた。同じ学年の他のクラスに入るのも反感を買いかねない行為なのだけれど、わたしはユキオミに引きずられるように3Bへと入って行く。またしても教室中の視線はわたしたちのものになる。
「ケンヤ、ちょっといい? 話があるんだけど」
わたしの声に顔を上げたケンヤは、驚いた様子でわたしを見上げた。ユキオミはわたしの後ろで傍観者を決め込んでいる。てっきり彼がどんどん会話を進めるのかと思っていたわたしは拍子抜けした。
「久しぶり。どうしたの?」
ケンヤはユキオミの存在を訝しがりつつも、わたしのことをないがしろにすることはしなかった。どっしりと存在感のある大柄な体は以前と変わらないけれど、もしかすると更に身長が伸びたかもしれない。ゆっくり思い出話をする状況でもないので、すぐに用件を切り出すことにする。
「転校したユウリって、カナミズチームのリーダーを任されてたんだ。彼女は転校しちゃったから、その役はいまわたしが引き継いでる状態なの。もしよければカナミズチームに入ってくれない?」
「入ってくれないって言われても……」
説明が足りなかったかもしれない。わたしはさらに言葉を続けた。
「メンバーが足りなくて困っているから、加入して欲しいの。ユウリと仲が良かったケンヤなら、協力してくれるかと思って」
ケンヤは訝しげな表情を崩さなかった。その中に侮蔑らしき感情が混じったのをわたしは見逃さなかった。
「ごめん、おれもう入るチームが決まってるから。いまからチームに入れって言われてもそんなの無茶でしょ」
「そうだよね……。ごめん」
「それにもうユウリはいないし関係ないじゃん……。そうやってユウリの名前を出して頼むのってどうかと思うよ」
お前ごときがユウリの名前を出すな。お前なんてユウリの代わりなんてなれない。
そんなケンヤの心の声がはっきり聞こえた。少し前まではいつもにこやかで優しい人だったのに、ユウリがいなくなるとその友達だったわたしへの態度も変わるということなんだろうか。
正直、傷ついた。
何が嫌だったのか具体的に自分でも分からないけれど、ケンヤの放った言葉の何かにわたしは傷ついた。ユウリと比べると自分はあらゆる部分が劣る。そんな分かり切ったことをいまさらのように心が実感したのだろうか。黒い気持ちにずぶずぶと沈んでいく。
3Bの教室を出るとき、そばにいて始終黙っていたユキオミが、「残念だったね。でもガンバロ」と軽い調子で声を掛けてきて少し救われた。
自分が傷ついていると悟られるのが、わたしは嫌い。




