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とんだ問題児を入れてしまったのかもしれない

「あと四日で二人。明後日は休日だから、できるだけ今日明日のうちに確保したいんだ」

「シュウイチさんはどうなったの?」

「やめた。誘っても乗って来ない気がして」

「ウソ。本当は好かなかったんでしょ」


 こちらの目を覗き込んだユキオミはくすっと笑った。本心を見抜かれたわたしは黙り込むしかない。けれど、沈黙の理由はそのせいだけではなかった。

 

 周りの視線が痛いくらいこちらに集中しているのを、肌で感じていたからだ。

 無理もない。ここはわたしたち三年生の教室なのだから。


 ユキオミは自分の教室にいるがごとくくつろいでいるけれど、本来なら下級生が上級生の教室に入ってくるなんてありえない話。それを十分に分かっているハルヤはユキオミの脇で、むっつりと直立不動を貫いている。なんだか、この二人が他のどのチームからも声を掛けられない理由が分かった気がした。


 行動が突飛。


「誘ってみるべきだと思うけどねえ。まあいいや、どうするの? 二年に声を掛けるの?」


 どうしてこうも堂々としていられるのだろう。自分たちが教室に入って来たときの声なきどよめきを感じなかったのだろうか。目が合ったユキオミがにっこりと満面の笑みを浮かべたとき、どれほど彼らがわたしの元へこないようにと祈ったことか。けれど彼はまるで友人に話しかけるようなフランクさで「調子はどう?」とこちらにやってきたのだ。その後ろに苦渋に満ちた表情のハルヤが続く。彼はユキオミの従者か何かなんだろうか? 向こう見ずなユキオミに付き添う理由がまるで分からない。


 もちろん彼らが現れたとき、クラスの女子たちは一斉に咎める視線を向けた。当然だ、クラスメイトでもない子が我が物顔で教室に入って来たんだから。けれど、とげのある視線は直後に寛容なものに変わった。ユキオミの人好きのするルックスには、こんな状況下では絶対的な効果を生むのだ。そしてそれは本人もちゃんと分かっている。彼には自分がどんな目つきをし、どう首を傾け、いつ口をすぼめれば魅力的に見えるか分かっているようなきらいがあった。本当におっかない子。


「ぼく、残りのメンバーを捕まえる方法考えたよ。聞いて」


 ユキオミは膝立ちになってわたしの机に乗り出してくる。わたしたちはとても仲がいい女子みたいな感じで向き合って話している。


「ミナミさんってユウリさんの代役なんでしょ? ユウリさんのファンならそこらへんの事情を汲んで加入してくれるんじゃないの」

「色々とよく知ってるね。わたしが代役だってこととか、ユウリにファンがいたこととか」

「知ってるよ、ぼく好奇心旺盛だもん。一年だったときにこの二、三年生用の校舎に侵入したことだってあるんだよ」


 誇らしげに言うユキオミにわたしは呆れた。一年生用の校舎と寮はここから離れた場所にある。わざわざやってきて侵入するなんて、よっぽどの物好きとしか思えない。


 けれどユウリにたくさんのファンがいたことは紛れもない事実だ。あれだけ雰囲気があって、綺麗な子だったのだからそれは別段不思議なことではない。それにカナミズ第一高校は閉鎖空間だから、アイドル的な存在を求める気持ちは他の学校より強いんじゃないだろうか。


「すごいね。なんというか、チャレンジャー」

「ふふ、すごいでしょ。チャレンジャーでしょ」

「いまにして思うと、そのときユキオミが先生に見つかったのがよくなかったと思うんですよ。それで同室のおれ共々先生の心象が悪くなって、どこのチームからも誘われなかったのかなって」


 堪え切れず、といった感じでハルヤが口を挟んだ。彼の存在をすっかり忘れていたわたしが見上げると、ハルヤは気まずそうに目を逸らした。それ以上口を開こうともせずまたむっつりを決め込む。


「ね、ユウリさんのファンってどこにいるのさ?」

「そこかしこにいるよ」

「じゃあ、ユウリさんに惚れてた人は?」


 その質問にわたしは一瞬答えに窮する。そんなことをユキオミに言うべきなのかと思ったけれど、もうユウリはいないし隠しだてする必要もないと口を開いた。


「隣のクラスの、去年わたしたちと同じチームだった男子。シュウイチとかカズキ君がいる3B」

「じゃあそこへ行ってみよ」

「え、いま?」

「思い立ったら即行動。さ、行こう」

「その人、ふられてたのに、協力してくれるのかな……」

「やってみないと分かんないでしょ。断られたら『あ、そうですか』って引っ込めばいいじゃん。行こ行こ」

「おれはもう自分の教室に戻るよ」


 立ちあがったユキオミに、半ば叫ぶように言うハルヤ。ユキオミは不服そうに唇を尖らせる。


「えー? これからがおもしろいところだよ」

「おれはもう耐えきれん。もう当分お前と行動を共にするのはやめる」


 それが君のためになるかもね。

 思わずそう言いそうになって、何とか口をつぐんだ。


 ユキオミは「なんだかんだ言ってぼくが心配なくせに」とか「友達思いのハルヤがぼくを見捨てていいの?」とかハルヤの後ろ髪を引くためと思えるせりふを言っていたけれど、ハルヤは素早く教室を出ていった。彼を目で追う内に、自分の席に座るシキトと視線がかち合った。「誰そいつら?」と目で尋ねるシキトに、「チームに誘った二年生」という思いを込めて頷いて見せた。その直後、彼は思いっきり顔をしかめて視線を逸らした。


 とんだ問題児を入れてしまったのかもしれない。


 わたしはユキオミに促されるままに教室を出た。わたしたちの移動に伴ってぴたりと視線が追い付いてくるのがもはや面白くさえ思えた。


 ユウリはよく男子生徒から告白されていて、その数は一番仲の良かったわたしすら把握できないくらいだった。そんな親友が、多くを持たないわたしにはただ誇らしかった。ユウリが彼らの想いに応えたという話はついに聞かなかったんだけれど。


 田上ケンヤがユウリに告白したと知ったのは、去年の冬のことだった。


 彼もわたしやユウリと同じくカナミズチームに所属していて、二年生はわたしたち三人だけだった。任務の後にはよく三人で話をしたし、三人で映画を見に行ったりしたこともある。ケンヤがユウリを好いていることは、チーム結成直後から手に取るように分かった。わたしはそんな二人がどうなるのだろうかと心密かに楽しみにしていたし、やきもきしてもいた。ケンヤの好意は明らかなのに、ユウリはいつも気付かぬふりだったからだ。


「ケンヤはユウリのこと好きだよ、絶対」


 寮の部屋で、いつだったかわたしはユウリに言ったことがある。あと数カ月で三年生に進級するという時期だったと思う。チームが解体されれば、二人がまた同じチームになるとは限らないし、ケンヤとユウリの接点も少なくなってしまうだろう。その前にケンヤの想いが届けばいいのにとおせっかいながらもわたしはユウリに働きかけた。


「知ってるわ。この前告白されたもの」

「そうなんだ」

「秋にも同じことがあったから、二回目」

「そうなんだ……」


 ユウリはベッドに腰掛けて洗いたての髪をとかしながら、困った表情を浮かべた。ケンヤがもう想いを伝えていたことがやや意外だった。二人の様子に全く変わったところがなかったからだ。弟のようなケンヤと姉のようなユウリ。それ以上関係が深まったとは思えない。


 夜の寒さを防ぐためにわたしは柔らかく厚い毛布にくるまった。暖房の風だけでは底冷えする寒さは拭いがたかった。ユウリは北の出身で寒さには強いから、薄着でシャワー後の髪をブローしていた。その姿を見るたび、どうしてそこまで髪を伸ばすのかと不思議に思ったものだった。わたしみたいに肩にもつかない長さなら楽なのに。


「で、どうなったの?」

「どうなったって……。別に付き合おうって言われたわけじゃないから、黙って聞いていただけ」

「それはユウリの反応があまりに醒めてたから、言い出せなかったんじゃない? ユウリはケンヤのこと好きじゃないの?」

「好きじゃない。わたし、好きな人がいるのよ。それ以外の人とは付き合わない」

「え、誰?」


 初耳だった。いったいどこの誰だろう? ユウリが望めば誰とだって付き合えそうなものなのに。


 けれどユウリはわたしの問いには答えず押し黙った。ユウリがわたしの問いに答えなかったことなどそれまでなかったので、虚を突かれた思いで彼女の顔を見た。ユウリは唇を引き結んで自分の膝を眺めていた。ドライヤーが動きを止め、なびいていた黒髪が肩へと垂れる。


「ミナミには言えないわ」

 やがてユウリはぽつんと呟いた。常に明るく朗らかな彼女が見せた、最初で最後の傷ついた表情。それ以上問いを重ねることもできず、わたしは暖かい毛布に包まれたまま冷たい息を吐くしかなかった。


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