prologue
同時並行で未公開の小説を書いております。そちらは美しい世界で織りなされる瑞々しい小説を意識して書かれており、こちらは世の中への嫌悪感であったりとかそういうものを意識して書くやや息苦しい小説となっています。この二作が私の処女作となりますので、この小説は処女作の双子のかたわれとなります。拙い内容となりますが、読んでいただければこのうえない喜びです。
暑い夏の日だった。私は会社の昼休みに外にでて、近くの公園のベンチに座っていた。ベンチはうまい具合に昼に木陰になるようになっていて、そこそこに涼しかった。
外よりは当然クーラーのよくきいた社内のほうが涼しかったのだが、社員食堂でも自分の席でも社内にいればどうしても仕事の話やそこにいない社員の噂話などが耳に入るために、私は社内にいたくなかった。
木陰のほんの外のアスファルトの道を、蟻が列をなして歩いていた。どこかで聞いたが、外で見る働き蟻はほとんどが老婆らしい。なんだって生涯の終わりが間近に迫ってきている老婆がこんな真夏の馬鹿みたいに暑いなか外でせっせと働くのだろうか。
私は老婆になってからもあくせくと働く自分の姿を想像した。容易に想像できたうえに、考えるだけでクラクラした。せめて愛すべき家族に囲まれていたり、もっと働き甲斐のある職場で働いている自分を想像すればよかったのだが、どちらも想像しずらく、自然と私はオールドミスのまま今の会社であくせく働く自分を想像していた。
「まったく、あんたたちもせめてもう30cmこちら側を歩けば暑くないだろうに」
そうぼやいてみた。働き蟻は目が見えないためフェロモンの道にそって歩くしかなく、そこから外れてしまったら大海原に方位もわからずに投げ出された帆船のようになってしまうことは知っていが、それにしたって融通の利かないもんだと思った。
コンビニで買った冷たいペットボトルのお茶をごくりと飲むと、自分も蟻と変わらないくらいに融通がきかない人間だと思った。嫌々出社して、毎日心と身体をすり減らして帰る。家に帰るとほとんど何もせずに寝て、起きたらまた出社する。ひどくうんざりした生活だ。小さいころからしっかりと勉強をして大学だって一流どころを出て、業界でも最大手の今の会社に入った。そして男性社員と肩を並べてキャリアを積んできた。今の会社が嫌だったら転職先だって多少はあるはずだ。少なくともうちの会社からの転職だったら同業種のなかならかなりの需要があるはずだ。こんなに毎日会社にうんざりしているくらいだったらどこかほかの転職先でもさがしてみたらどうかと自分でも思うが、それがなかなかできない。どんなに嫌だって列からはみ出ないでしっかりとくそ暑いアスファルトの上を律儀にあるく蟻と大差ないではないか。
思えば、大学時代に就職活動をしてこの会社に内定をもらって、そのまま大して考えもせず入社したのが軽率だったのかもしれない。
―最大手で会社の業績もそこそこだから、きっと社員の生活だって考えてくれる仕事環境が整っているのだろう。説明会でだって映像にでてきた役員がうちは会社のために社員の生活を犠牲にさせるようなことはしませんと言っていたし、人事だって風通しの良い働きやすい会社だと言っていたし。
などと大学生で甘ちゃんだった私は素直に考えて、このくそみたいな会社に就職した。入社してみたらまるで魔法の合言葉のように社長や役員は「おまえらは会社にとって負債なんだから、一日でも早く自分の給料以上の成果を出せる人間になって会社に恩返しをしなさい」などと言うし、社内の人間は上司に対して如何に気に入られるか、如何に自分の仕事を評価してもらうか、ばかり気にし、出世レースにおける自分のライバルの失敗は自分の部下と飲む酒のうまい肴にした。そしてまた、そういう人間が出世していった。ノルマはきつく、達成できないと週一の報告会で上司にまるで親の仇のようにめちゃくちゃに言われた。私だって成果をあげるために取引先や顧客にさりげなく嘘の情報を言ったり、こちらの不利になる重大な情報をわざと隠したりといったことはしょっちゅうした。最初は抵抗があったが、自分の会社の利益を可能な限りあげることこそが社会人として当然のことで、今の競争社会でこちらの嘘や隠し事に気づかない相手の無知が悪いのだ、と自分を納得させていると、だんだんと罪悪感や自分への不快感を感じずらくなっていった。今の会社で一番身についたスキルは、どこまでの嘘が契約が無効にならないですむかや、情報提供義務の違反にならないかなどといった法律的なことかもしれない。
こんなに驚くほどストレスしか感じないような会社でも辞めずに続けているのは、今の不況では多少不誠実にでもやっていかないと会社がうまくいかないしな、だとか、役員や上司の連中の言うことにも一理あるしな、などと自分をうまく納得させているからなのか、単に謀殺される日々の中で転職活動をするのが面倒くさいからなのか。
大学時代に別の会社から内定をもらって就職していればとか、入社数年で転職していった同期たちのようにどこか途中でこの会社に見切りをつけて転職していればとか、そういうことはしょっちゅう考えたが、そのたびに自分はもう一度人生をやり直したとしても、自分が内定をもらった中では一番の大手だからとか、転職しても給料は上がりそうにないからとか考えて今と同じ道を歩むのだろうなと思えて考えるのをやめた。
腕時計をちらりと見ると、昼休みが終わるまであと15分を切っていた。私は、地面にめりこんでしまいそうなほど重い腰をあげて会社へと向かった。




