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49.謎な宝石の鑑定(8)

 なぜか予想外の話になって、初めてこんなに思いを他人に話してしまったことを自分でも驚きながら、アッチェルは自分の店へ向かって帰っていた。


 フェルのことを考えると胸がざわざわするので、最後の話題についてはむりやり頭から追い払って、ヴァルナ地方や父の思い出について考えながら歩くことにした。


 それにしても、こんなにヴァルナ地方についての話をしたのに、自分が明日からヴィオラ伯の城ではなく、ヴァルナの黒魔女の館へ行くのだと、店主に言えないのが残念だった。いや、この際、言ってしまっても良かったのかもしれない。


 まあ、いいか。アッチェルは家に帰りながら、利益のためでなく人のために会を作って活動をしていた自分の父を誇らしく思った。

 そして、人の往来する通りを次々に抜けて歩いて行きながら、父の姿が無いかと、久しぶりに目で探した。


 前はよくしていた。ある日突然、帰って来るのではないかと思って。


 父がいなくなったばかりの頃は、父に似た人を見かけて、はっとなって店を飛び出して、夕暮れの大通りを追いかけたこともあった。

 赤々とした光の中で、別人だと分かり、胸をつまらせたままで人混みの中で一人立ち止まり、何かおぼれていきそうな気持ちになったこともあった。

 やりきれなさをどうしたらいいか分からないまま、どうしようもなく一人、店に帰るのだった。


 今ではもう1年以上経って、季節も喜びにあふれるような春で、父のことをこんなに思い出したのに、あの発作のような衝動は起きず、父がいないか目で探すにしても、気持ちは落ち着いていた。

 時間が経つにつれて、思い出すことによるショックが薄れているのかもしれない。


「風は万能だよ。どんな傷も癒してくれる」


 母を亡くしたときに慰めてくれた、画家のラジャブじいさんの言葉を久々に思い出した。

 風というのは時間という意味もある。

 時間が経てば痛みも薄れる、という意味だ。それは確かにそうだと思う。


 しかし、風にさらされない痛みは薄れることなく、心の奥で癒されずにしまわれているということもあるかもしれない。

 アッチェルは流行り病で母の亡くなった頃のことをあまり覚えていない。

 学者のエスプリに会ったのもあまり思い出せないので、その頃のことなのかもしれない。


 7年前の流行り病は国全体が悪夢のようだった。フィオーナ姫の母である王妃が亡くなったのも同じ流行り病だったし、国中のどこの家でも家族や親戚を亡くしていない者がいないほどだったという覚えがある。


 自分の記憶なのに思い出せないというのは、そんなことは普通ではありえない、不自然だと自分でも思うのだが、朝起きて、見た夢をどうしても思い出せないことを考えると、そういうことも実際にありえると思う。

 絶対夢を見たのに、どうしても思い出せない。

 それと同じで、自分が体験した記憶なのに自分の好きにできず、どうしても思い出せない、ということもあると思う。

 実際に自分も、7年前のことをうまく思い出せない。

 思い出せないということ自体を普段意識することはないけれど、ひょっとして自分の行動に無意識的に影響を及ぼしていることもあるのかもしれない。

 忘れてしまった夢でも、その夢を見たということは事実なのだし。


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