18.旅のしたく(9)
エスプリは続ける。
「ダルセニオン、そんなにあせっても、出発が明後日ということは変えられないし、逆に急いで出発すれば怪しまれる。王のことが心配で気がせくのは分かるよ」
すると、ダルセニオンは当惑したように目を見開くと、少し赤くなったので、アッチェラードは驚いた。元から色白なのか日に当たってないからなのか、色が白いので、赤くなるのが分かりやすい。
実は王のことを心配して、あせっていたのか。だから、心の声が漏れたり、アッチェラードに伝える情報に不備があったりしたのかもしれない。いや、そうだといい。元々そういう性格の人だとするとやっかいなので、あせっていたから、ということであってほしいと願う。
しかし、偉そうな態度な人が赤くなると意外と可愛いし、失礼だけど笑える。そのギャップがツボにはまりそうだ。他の人の目には少年に見えているそうなので、少年に見えていたら、すごく可愛いんだろうな、と思う。アッチェラードの目には、いい年した大人の男が赤くなっているように見えている。
エスプリがアッチェラードに向かって話を続ける。
「旅の目的は、さっきも姫が言っていた、王の風邪のことなんだ。
二日前、ルステムル殿がヴァルナ地方から王都に親善訪問に来て、王への贈り物として持参した羊毛の帽子。それに魔法がかかっていたんだが、誰も気づかなくてね。
魔法感受性の高い姫なら気付いたと思うんだが、あいにく毎年恒例のドルチア嬢の誕生日のために城にはいなかった。
王は宴席の間中その帽子を被っていたんだが、具合が悪くなったのはその夜のことだよ」
その話を聞きながら、アッチェラードは、まずいことに気付いた。
ダルセニオンに旅の目的地を聞いてしまって、注文を断れなくなったのと同様、いま口外無用であるに違いない旅の目的を聞いてしまっては、一緒に旅に出ることを断れなくなってしまう。
しかし、そう気付いた後もエスプリは話し続けているので、止めるのが悪いと思ってためらったのと、話を聞きたい好奇心もあって、つい止められないままに、話は核心に来てしまった。
「最初は風邪か何かだと思ったんだが、私やダルセニオンが病状を詳しく聞くと、特に手足が手かせ足かせがはまっているように重くて、そこから全身の力を奪われている感じがするそうだ。
動くと体力を消耗するので、王はずっと寝ているよ。
それが魔法じゃないかと疑って、なんとか解こうとして調べたんだがね、私にもダルセニオンにも解き方が分からない。
すぐ姫に知らせをやって、姫が昨日帰って来て、あの帽子に魔法がかかっていた、ということと、手首足首に赤い環のように魔法がかかっていることは突き止めたんだが、どちらにしても解き方が分からない。
そこで、ヴァルナ地方の魔法だから、ヴァルナ地方の黒魔女の館へ行って、解き方を探そうということになったんだ。ただ、王がヴァルナ地方の魔法にかかって動けないなんて知られたら大事だからね。風邪で寝込んでいるということにしたんだよ。」
一国の王が悪い魔法にかかってしまったなんて一大事だ。
「それはその帽子を持参したルステムル殿に解き方を聞けば良いのでは?」
「いや、彼は魔法使いではないから、分からないだろう。その品物も、ヴァルナ公爵家に代々伝わる帽子だということで、贈り物にするよう、父の公爵から渡されただけだそうだ」
あの純朴そうな少年に、全く悪意は感じられなかった。たまたま持参した贈り物に悪い魔法がかかっていて、災難だ。姫も、気遣って、本人には何も告げないのかもしれない。
「しかし、今回の旅にルステムル殿は同行されないのですか? 責任もあるのだし、ヴァルナ地方へ案内を頼んでは」
そう言うと、そこまでただ聞いていたダルセニオンが杖でどんと石畳を突くと、
「陛下が治るまでルステムルを返してたまるか!」
と言い放った。
エスプリはちょっと驚いたが、アッチェラードに「まあ、そういうわけだから」と言った。
ああ、なるほど。責任者の彼は事件が解決するまで帰れないわけか。
姫が「戻って来るまで待っていらしてね」と、作り笑いで楽しい約束をしていたのも、容疑者の彼に事態を悟らせないまま足止めしておくつもりなのだ。
しかし一国の王に魔法をかけるなんて大それた挑発的なことは、普通は意図的にはできないだろう。意図的だとすれば、宣戦布告になってしまう。
だから、エスプリの言うように、本当に故意ではないのだろう。
「とまあ、そんな訳だが、質問はあるかな?」
そこでようやく、
「あの……私も旅に行くんでしょうか」
と、もはや分かり切っていることを聞く。
「そうだよ」
とあっさりと即答。




