10.旅のしたく(1)
アッチェラードはまず、父のらくだ仲間に相談に行った。とても一人では対処しきれないからだ。骨董品の買い付けしかしたことが無いのに、旅のしたく、それも、「よく分からんが旅に必要な物を用意してほしい」という丸投げな注文だが、いざ実際に旅に出た後で足りない物があった場合は、帰って来た後で罰せられるかもしれない。
父のらくだ仲間とは、つまり父と一緒に隊商を組んで砂漠の旅をしていた仲間のことである。東地区の外れ、らくだの世話もしてくれる専用の宿屋をいつも利用している。
アッチェラードは不安な気持ちいっぱいのまま、とりあえず自分の店を閉め、一目散にその宿屋へ向かった。石のアーチをくぐった屋根付きテラスに見知ったらくだ仲間の面々がコーヒーを飲みながらくつろいでいるのを見て、ひとまずほっとした。
具体的な目的地は言わないまま、ヴァルナ地方のある都市へ行くとだけ言って相談することにした。目的地も言った方が有用なアドバイスが得られると思うが、絶対口外無用の目的地をいったん口にしたら最後、絶対口外無用という注釈付きでどんどん情報が広まってしまうことは目に見えている。この秘密がどれだけの秘密なのかよく分からないが、とりあえず目的地については秘密にしておいた。
まず指摘されたのが、旅に出る五人の年齢や性別や職業が分からないと、したくを整えようもない、ということだった。
「たとえば魔法使いや学者が旅するんなら、まず体力はないから装備は軽くしておいた方がいいし、逆に剣士や貴族が行くなら食べ物にうるさそうだ。肉が無きゃ嫌だとか。まあ途中でウサギやキジでも狩ってくれればいいが」
「いやいや、最近はどこの森でもお貴族様が自分の森で勝手に狩りをするなってうるさいぞ」
「たとえばの話、お姫様が旅をするんなら雨風をしのげるような簡易テントも持って行った方がいいし、ま、商人が旅をするんだったら途中の街でついでに商売するために自分の商品を持ち歩くってのもありだよな。そんなふうに誰が行くかで持ち物は変わるぞ」
「後、どのくらい急ぎの旅なのか。雨が降ったら宿屋で一日休むのか、それとも多少の雨風ならば構わず進むのか。」
「はああ~」そういった指摘をあれやこれやと聞いているうちに、自分が何も旅について知らないうちに安請け合いしてしまったことが悔やまれる。まあ、断りようもなかったが。
なぜ見込まれてしまったのかも全く分からないし、なぜエスプリ様の推薦で名指しで魔法使いが来たのかも全く分からない。
だが、持つべきものは信頼できる相談相手と、自分一人で抱え込まずに恥をしのんで何でも質問する心意気である。
話すうちに何とか想定に基づいて買い物リストもできたので、夕方までにしたくを整えて城に届けてほしいとのことだったが、午後の早い時間に一旦魔法使い本人に相談に行ってから実際の買い物をすることにした。
立ち去り際に、「ところで……」と彼らのリーダー格に聞かれた。
「今、何歳になる?」
「十七になりました」
じーっと見られる。
「そろそろ通用しなくなるかもな」
真面目な顔でそう言われ、なぜか侮辱されたような気がしてアッチェラードは珍しく腹が立つ。でもなぜ腹が立つのか自分でも分からないし、その気持ちは表には出さない。
「女だって隠しているわけじゃないんです。分かったら分かったでいいんですよ。男の格好を止めるつもりはないです」
「そうか」
彼はそれに対して反論はせず、腕組みをして、付け加える。
「お前、あの父親に似てきたよな。かなりいい女になると思うんだが、もったいないなあ」
いい女、とか、もったいない、とか言われても、アッチェラードにはぴんと来ない。
「何ももったいないことなんかないですよ。私は別にいい女になりたいと思っていないので、このままで問題ないです」
「そうか」
それ以上、何も言われなかった。