8.『風の共鳴』(2)
「また来ちゃいました」
アッチェラードが驚いて顔を上げると、背の高い男が真正面に立っていた。
「やっぱいいですね。この絵」
今日もうたたねをしていたアッチェラードは、
「あ、はあ」
と答える。寝ているところを見られるのは調子が悪い。
「あれから考えて思いついたんだけど、共鳴の話」
彼はアッチェラードの前の椅子にいそいそと腰かけてから言う。
「俺とあんたが共鳴しているっていう解釈はどうですか?」
この剣士は基本的ににこやかなのだが、このときは問いかけるような目でまっすぐ見てきたので、アッチェラードは言葉に詰まった。
通常であれば、「はあ?」の一言で返す場面だ。
だが、何か呑まれてしまったように、返せない。
まったくどうしたものか。明るい金髪に北方系の真っ青な目、逆光で顔が暗くなって密やかに見える。
話の腰を折るようだが、誤解のないようにこの辺りで明かしておくと、実はアッチェラードは性別でいうと女性である。
別に隠しているわけではないが、問われなければあえて言わず、というスタンスで、知っている人のみが知っている、という状況なのだ。
父と同じ男の名前を付けられ、昔から男の子の格好をして、しかも今は店主となり、背も高く細身なので、店に来た客は特に確認もせずに男だとばかり思っている。
店に来る客も目的は骨董品であって、店主のアッチェラードに対して特に個人的な興味はなく、思い込みが訂正されることはない。
そのため、言い寄られた経験もなく、本人もあえて恋愛をしようと思っていないため、自分から若い男性に近づいたこともない。全く免疫が無いのだ。
こんな状況で、自意識過剰になって変な汗が出てくるのが分かる。
「……な……、な~にを言いだすんですか」
動揺の中からなんとか冗談めかして言うと、剣士は全く悪びれず、
「そう思っただけですよ。この店に来るとすごく落ち着くし、あんたの寝顔見るのも楽しみだ」
そう言ってにやりと笑うので、
ここは迷わずに「はあ?」と言うと、
「そういうわけだから、これはもう、俺がこの店来たのも何かの運命かなと」
そう言って身を乗り出すので、アッチェラードが真っ赤になって、髪の毛も逆立つような気がしたところで、剣士が続ける。
「アッチェラードさん、友達になりましょう」
そう言われて、ふーっと肩の力が抜ける。
ああ、友達ですか。びっくりした。
別に断る理由もなく、「いいですよ」と言うと、
「やった!」と手をグーにして喜んだ。
この人はやっぱり変な人なんだろうか?
「俺たち、気が合うと思うんですよ。あ、今更だけど、俺の名前はフェルマーテン。フェルでいいよ。王様の親衛隊に入ってる。年は十七」
同い年か。フェルというのか。いきなり友達って何なんだろう。なんか笑顔がまぶしすぎて、直視しづらくて、困る。
それからフェルはちょくちょく店に顔を出した。たまたま訓練の予定が入っていない午前に、登城する前に寄ったり。二人でカウンターの後ろの絵について話したり、ラジャブじいさんが描いた他の絵も蔵庫から出して来て見せたりした。
何も買ってはくれなかったが、アッチェラードは薄緑青のマントが店の前の通りに現れるのを待ち構えるようになった。
アッチェラードとフェルの出会いは偶然の産物で、フェルがたまたま城へ向かう際に遠回りをして東地区を通ろうと思っていなければ起こらなかったが、そうでなくともいずれ二人は知り合いになっていただろう。
それは、偶然ではない必然の出会いがまもなく起こり、アッチェラードが一連の事件に巻き込まれるからで、その出会う相手がまたフェルの「友達」だからだ。