第1話 ナミさん
全6回の短期連載となります。
そのお姉さんの名前は……
そうだな、ナミさんで。
場所は
終電車にあぶれた者がそのドアを開けるBARで。
ハハ、このBAR、今日は私一人だ。
で、このあぶれ者は止まり木にとまって
最初にジェムソンをダブルでやって
次にジャックダニエルのダブルグラスをカララと回す。
そのタイミングでナミさんが入って来た。
真新しいフレグランスを纏って。
「邪魔していい?」
ナミさんはしなやかなその肢体を私の横へ滑り込ませる。
「お仕事お疲れ様です」
「加奈もだろ?」
「私なんか仕事はとうに終わってふらついてました」
「振られた?」
「いいえ! 元から完璧一人で」
「そうかい、そりゃ頼もしいね」
「ええ?? 頼もしいですか?」
「まあね、若い女性が終電逃して一人飲んだくれてるのを普通は危ないって言うんだろうが……日本ってつくづく平和」
「そうですかねえ~ 男と二人の方が危なくないっすか?」
そう返すとナミさんは肩を竦めた。
「男のムシムシは無節操だから気を付けなよ」
「なんの、私は酒しか愛さないし吞まれませんから」
「だからそこよ! そんな風にグイグイ飲まれたら頼もしいって言うしかないじゃん」
「じゃあ、こんな吞兵衛の言う事は真に受けないで付き合って下さい」
「酒を?」
「だって、他は言えないでしょ?」
「なにそれ?」
「そういう意味なんですぅ」
精一杯突っ張って生きて来た私には気を許せる女友達など居ない。
かと言って、付き合ったオトコはダメンズばかり。
そんな“イタイ女”の私にとって……
このBARに訪れるお姉さま方が気兼ね無く話せる人達となり
そのうちの何人かは心を許せる間柄になれた。
その中でもナミさんは別格で
私はカノジョに甘えたかった。
ガッツリ片想いの恋に落ちてしまっていたから。
マスター以外は私達二人きりの今日、
こんなチャンスは二度と無い。
私はナミさんの二の腕に軽く触れながら確認する。
「一番搾りでいいですよね? 乾杯させて下さい! マスター、ナミさんと私に!」
「加奈、大丈夫か?」
「当ったり前じゃないですか! 私だって社会人なんですよ。このくらいの稼ぎはあります」
「いや、私が心配してるのは酒量なんだけどね」
「ノープロブレムです。ビールなんかチェイサー同然ですから! サッ! どうぞ!」
「じゃ、まあ」とふたり、グラスを取り乾杯し、グイッと一気。
「ぷはあ~! どうです? 仕事終わりの1杯は?」
「やっぱ、一番搾りはビールに限る!」
「あ、今、エチ言いましたね」
「ん? 何で?」
「ふつーなら『ビールは一番搾りに限る』ですよね。でもさっきのナミさんの言葉だと、他の『一番搾り』と『ビールの一番搾り』を比較する話になっちゃう」
「だから?」
「男の一番搾りと比較してって話でしょ?」
「それは偏見だよ」
「いいえ! 私、ナミさんと沙紀さんが『一番搾り』の話していたのを聞いた事ありますもん!」
「加奈は耳敏いな」
「当然です! ナミさんは大好きな人なんですから!」なんて言いながら私はどさくさ紛れにナミさんの腕を抱き込んで顔をスリスリする。
「この子は~! やっぱ酔ってんじゃん」
「お酒には酔ってませんよ」
「どうだか」
「じゃあ、私の胸に手を当てて下さいよ! 私が何に酔ってるか分かりますから」
ナミさんはもう片方の手に持っていたグラスをコースターの上へ置いて、おしぼりを手の平でトントンした。
「まだ少し濡れているかもしれないよ」
もう、この言葉で私の鼓動は早鐘だ。
ひょっとしたら『少し濡れている』のは私の方かもしれない。
けれど伸びで来たナミさんの手が触れたのは胸じゃなく頭で……私は纏わりつくワンコがされるみたいに撫でられた。
ガッカリしたのと切ないのとそれでも嬉しいのとキモチイイのが綯い交ぜになって
「ああ、もう絶対濡れてる」のが分かった。
私の頭を撫でながら「何なのかねえ~この子は?」と囁くナミさん。
ああ、私の胸がチッパイじゃなく、もっとちゃんとしてたら違うものが伝えられるのかなあ?? 胸の鼓動だけじゃダメなのかな……
こんなバカげた事まで考えてしまう私は、その勢いで口にする。
「私はナミさんの愛が欲しいです」
「愛ねえ……私は加奈の事好きだけどそれじゃダメ?」
「はい!」
「私、男の子の代わりはできないよ」
「はい、でも……」
ナミさんの手が私から離れてグラスへ行く。
切ない。
けれど、グラスの残りを飲み干したナミさんはキッパリと言う。
「こんな酔っ払い、ここには置いとけないね。マスター! タクシー呼んで!」
「えええ!!!」
「それからこの子の分もお愛想して」
「嫌ですっ! 私は自分で払いますからここに居ます!!」
「ダメよ! あなたの事はたった今、私が買ったんだから」
こうして私はナミさんに“お持ち帰り”されたのだった。
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