好きな理由④
夏が大好き
声高々にそう公言する友達がいた。とても気が合ったし、音楽の趣味もお笑いのツボもあった友達だったけれど、その気持ちだけは一度も理解できなかった。
命を奪いに来るあの暑さ。どれだけ薄着をしようとも背中を伝う汗の感覚。やる気を強要する社会の活気も何もかも全てが嫌いだった。
けれど、彼女は言った。
「それがいいんじゃない」
あの活気が湧く暑さがいい。と
汗をかくほど、やってる感が出るじゃん。と
こちらに有無を言わさないあの性格は、夏が好きなことをより物語っているような気がして、より一層理解が出来なかった。
今日は一段と苦しさを覚えるほどに太陽が元気で、アスファルトに映る自分の影を見ては、そんなことを思い出していた。
わざわざ朝起きて、制服ではなく動きやすい私服にスニーカを履いて出かける。
きっと今日も公園には神がいる。
そう思い込みながらも、少年は別れ方を教えていないことを思い出し、もしかしたらあの会話で終わりかもしれない。と一抹の不安を覚えながら、公園を覗くと、当たり前のように樹の前で立っていた。
「少年、次は何を見せてくれる」
当然の如く、変わらない口調で少年に問う。今回は何も考えていないものだから、さっきの不安はすぐに消え、なんだか面倒とすら思えてきた。
「そうだね・・どうしようか」
と、頭を回さず言葉を返しても、神が考えてくれる訳もなく、何を見せたらいいかと悩む。
「うーん・・こう言う時って、普通自然とか人間界の自慢したいものを見せると思うんだよね」
「自然。自慢」神が復唱する。
「そう。例えば国で一番高い山とか。建物とか。観光名所とか連れて行けばいいんだと思うんだけど、あいにく思い入れがないから、多分神と同じ反応するだけなんだよね」
「それでもいいが」
「ただのデートになっちゃうからな」
別にそれでもいいと思う少年だったが、神の目的と反してしまうことに難色を示し、なんとか自分の記憶を掘り起こそうと、数少ない思い出の場所を探る。
「あー」と、気の抜けた声が無意識に出たのは、やる気をなくした訳ではなく、奥底に眠っていた記憶が、ふと蘇ったからで。
「一つだけ、大切な場所があったや」
「ではそちらに向かおう」
「うん。でも、バスなんだよね」
「バス。わざわざ時間をかけずとも、すぐに飛べるぞ」
「だと思った。でも、行く道中も含め思い出だから、神の力は仕舞っておいて」
静かに頷く神。
言いつけを守り、今日も姿が他人にも見えているだろうから、バス代を払わざるを得ないなと少し後悔を残しつつ、公園を後にした。
実は少年、どこ行きのバスを乗るのか、向かう場所の住所がどこなのかすら、知らなかった。ただ、記憶を頼りに昔書き起こしたこともある方法を思い出しながら歩く。
家から一番近い郵便局を正面に交差点を右折し、右手に出てくるコンビニを目印に次の路地をしばらく歩く。そうすると、先ほどまでいた公園が出てくる。その公園から、遠くに見えるあの赤い電波塔の方向へ歩くとバス停が見えてくる。そのバス停から一時間。ちょうど一時間ぴったりに着くバス停で降りると、目的地である河畔が見える。
ここも至って特別なところではなく、整備された遊歩道のあるただの河畔。
綺麗な自然を見つけてみよう。そう友人と二人で思い立って出かけた幼い頃。勇気を出して遠くの地へ向かったこの地で目にした、自然。川も森も身近なものでは無かったから、今思えばこれほど綺麗に整備された遊歩道もあの頃の僕らは、自然の一部だと思い込んでいたのだろう。
直射日光はちょうど激しさを増しながらも、河辺の風が気持ちよく体を仰ぐ。
この河の名前もどれだけ大きいのかも知らないこの場所。この景色が僕にとって唯一と言っていいほどに特別な場所。誰も知るはずのない。僕だけの場所。
「どう、風が気持ちいいでしょ」
「確かに独特な風だが、気持ちが良いかはわからない」
はっきりな物言いで、共感が遮られたが、続けて神が口を開く。
「だが、美しい場所であることは確かだ」
まるで金属が揺れているようにキラキラと反射する河を見つめている。生い茂る木々の隙間から見える遥か遠くには、密集するビル群が見える。
そんな景色を見つめる神の表情は少し綻んでいる気がした。
紹介して良かった。
心から素直に思った。この場所が大切な理由は伝える必要はないけれど、大切なものを伝える勇気を持って良かったと。
きっと神との時間もそう長くはないとどこかで分かっていた。寂しさや哀しさも湧き出るけれど、それこそがこの行動の原動力だと気付く。
神は笑わない。感情もない。それはよくわかっていた。
でも、今の僕から見える神は、すごく穏やかにこの時間を過ごしているように思えた。そう、今の僕と同じように、身勝手に共感する。
しばらく河畔を歩く。どれだけ歩いたか、短くもあれば、長い時間歩いていた気もする。会話は途切れ途切れ。僕が質問を投げかけ、神が淡々と答える。無言の時間もあればそうして時間を紡いでいた。
いたのだが、そんな穏やかな時間も今この瞬間に無くなる。
目の前から歩いてくる二人組の姿が目に入った瞬間に。
思わず止まった足取りに、神も合わせ止まる。百メートルほど先に見える姿に、『なぜ』と二文字の疑問がよぎるも、すぐさま浮かぶ情報でなんとなく整理がついた。
ここで引き返しても不自然さで気付かれるかもしれない。頭を必死に回せど、依然足は止まったまま。そんな様子を二人のうち右側が目を細めながら伺ってきた。
「え、あいつってもしかして」
やけにデカい声をあげて近寄ってくる。
「本当だ。え、お前こんなところで何してんの」
左のやつも同調し、少年を視界に入れた後、神にも視線を移した。
「え、なにデート?お前彼女いたの?」
「うわ、学校にも来ないと思ってたらそう言うことかよ」
勝手な想像にケタケタと笑う二人。神は変わらず無表情で黙ったまま。少年も俯いたまま、固まっている姿に笑い声はすぐおさまり、舌打ちの音を境に、右側の男が静かな声で少年に話しかける。
「なぁ、金くれよ。この辺遊ぶことなくてよ」と勢いよく少年の肩を組み、もたれかかる。
「・・お金はないよ」
風に消えそうな小さな声で呟く。
すると左の男が少年の膝裏を蹴り、その勢いで少年がその場で倒れ込む。
「何言ってるか聞こえねぇよ・・もう一回だけ言うぞ。金を出せ」
だんだんと言葉のボリュームを上げながら、蹲る少年の体を交互に蹴っていく。
こいつら相変わらず息合ってんな。と少年は俯瞰で今の様子を見ながらこの時間をやり過ごそうとしていた。
黙っていればいい。そうしたら時間がなんとかしてくれる。今までもそうして来たからなんら変わりない。お金がないのは本当だし、そこにいる奴に使っちゃったし。
そう心の中で呟く。
黙ったままの少年に痺れを切らした右の男が口火をきる。
「んだよ。相変わらず使えねぇな・・まぁいいや、この女連れてきゃ楽しめるでしょ」
そいつは厄介だぞ。
と、ふと思ったのも束の間、少年は「やめろ」と口に出すが、左側の男の声で遮られる。
「あ?どこ行ったあの女。てか、あんた誰」
「なんだこいつ」
誰ってなんだ。女がどっかいった?
二人の発言の意味がわからず、痛む体を必死にお越し、神の方を見ると、確かにそこには女の子の姿はなかった。
代わりに、ラジカセを担いだラッパーの姿がそこにはあった。
なんでそれなんだよ。
「こんにちは」
律儀に挨拶をする神。
ごめん神、今挨拶はいらない。
少年は自分の教え方が悪かったのかもと反省する。
「誰だって聞いてんの。聞こえてる?」
「ラジカセで耳やられてんの?なぁおっさん」
挨拶はしたものの、変わらず無表情で黙ったままでいる神に二人の矛先が向かう。
「お前の知り合いなのこいつも」
知り合いと言えば、知り合いかもしれない。一回あの公園で見かけたし。
「何に睨んでんの、ムカつくなこいつも」
と、左の男が神を蹴り付け、少年同様に倒れ込んだ。
「おい、やめろよ」と体が反応し神の元へ寄ろうとすると、右の男の足が顔面に直撃し阻まれる。
そこからしばらく神と僕は二人の格好の餌食で気が済むまで殴られ続けた。殴られている間、色んな疑問が浮かんでいたけれど、その全て、ラジカセが地面に転がる音が聞こえ、壊れていないかが心配で気が気じゃなかった。
神は平等じゃない
もし神がいたらという話題に、僕は必ずこう提言する。この世界の有り様を見れば飛んだ意地悪な奴に違いない。力を疎かに、平等の理屈も持ち合わせない自分のエゴで過ごす奴なんだろう。と、ずっと思っていた。
けれど、今そこで不格好に倒れている神を見ると、少しだけその提言を見直してみようと考える。考えたのだが、多分この神、痛覚を持ち合わせていないから、やっぱ平等ではない。
なんともカッコ悪い殴られ方をしている神。両手は足の側面に揃えられ、綺麗な直立をそのままうつ伏せにしたまま倒れている神に話しかける。
「大丈夫?」
神はうつ伏せのまま、「問題ない」と答え、続けて質問を投げかけてきた。
「あの人間は友達か?」
「どこがだよ」
すっとんきょうな質問につい口調が荒くなるも、少し落ち着いて返答を続ける。
「友達を殺したり、転校させたりはしないよ」
「そうか」
「僕の天敵。僕をああやって殴ってくるやつは他にもいるけど、あいつらだけは違う。同じ街にいない分、気が楽。名前も覚えていないけどね」
「そうか」と納得を示したのか、その後話が終わったかと思うと。
「あいさつ。しなかったからな」
と、神は神なりに何かを思うんだろうかと考えたが、すぐにその推測はやめ、代わりに「そうだね」と綻んだ顔で返した。
さっきまで綺麗に見えていた青空の分、それはもう見事に紅く染まっていて。仰向けに寝そべって見上げる今、そのあまりの美しさに笑えてくる。
「そういえば、神には触れられないんじゃなかったの?」
「今まではそうだ。姿を変えた時に触れられるようにした」
「なんで。神なら簡単に倒すこともできただろうに」
そうはしないと、確信を持って言えるけれど、なぜそうしなかったのかをあえて問うてみる。
神は、もっともな表情をこちらに向け言った。
「これが共にいるもののやるべきことではないのか」
神らしくない。
もっと傲慢に。無関心に。俯瞰で眺めていれば良いものを。
やっぱこの神は、神ではないのだと、今改めて気付いた。
「人間より真理をついた行動はやめてよ」
と、僕は呆れた言葉を綻んだ表情で言った後、「ありがとう」と呟いた。
神はいつも通り無表情だったけど、わかる。僕が発した意味を理解していないのだろうと。
なので、もう一度、もう一つだけ美しいものを教えることにした。
「ねぇ、雪、降らしてみてよ」
「なぜだ」
「綺麗だよ。きっと。ほら仰向けになって」
少年の言う通り、神は仰向けになり、紅い空を仰ぐ。
神が空へ向かい息を吹きかけると、晴れた空から、夕日を身に纏い、宝石のような雪が降ってくる。
少年は思わず言葉を失い、ただ降り注ぐ雪を掴もうと青空へ手を伸ばす。
神もそんな行動を見ては、少年の真似をする。
「美しい」
少年の耳に聞こえて来たその声が、自分が発したのか、それとも神が呟いたものなのかわからなかったけれど、心の底から共感していた。
「これで最後だ」
まだ痛む体を摩りながら起こす少年をよそに、何事もなく軽やかに立ち上がる神が唐突に光を放ち、少女の姿でそう言った。
「唐突だね」
少年は、冷静に言葉を返す。神に気付かれないように。自分の想いを隠すように俯瞰しながら。
「とても興味深いものを見た。美しいものをいくつも見ることができた」
「それは良かったよ」
少年は神の顔を見ることができなかった。代わりに汚れたスニーカーと靡く周りの草とを見ながら話す。
「それと、少年」
神の呼びかけに、「何?」と応える。
「名は、何と言う」
今更名前を聞かれるとは思わず、咄嗟に顔を上げ、神の顔を見た。
「今更だね・・」と驚いた表情の後、少年は、笑みを浮かべながら答える。
「僕の名前は、シンシンだよ」
「シンシンと言うのか」
僕の名前を呼ぶ神。嬉しくなりつつも、最後の忠告を伝える。
「僕も名乗り忘れていたけど、名前を聞くなら会った時に聞くといいよ」そう、いつものように伝えると
「わかった」
と、神が納得の意を込め言葉を発したのは、初めてなような気がした。
「覚えておく」
なんだか丸くなった神に寂しさを覚えてしょうがない。悲しさが込み上げてしょうがない。
でも、そんなことを思っても別れは別れ。
いつかなんてないけれど、いつまでも忘れなければそれでいい。
「わかったなら良し」
少年は、自分がどんな表情を神に向けていたか分からなかった。
絞り出した言葉を告げると、神は右手を顔の横に挙げ
「バイバイ」
と、結局教えられなかった別れの挨拶を最後だけはその見た目に合った言い方で告げ、光に包まれる。
その場には、タコのぬいぐるみを残し、
神は消えた。
これが僕の一夏の思い出。
口にすれば不思議な体験だったけれど、側から見たらただの散歩に過ぎない。
僕にとったら特別で大切な時間でもある夏。それでもやっぱり夏が好きだと言っていた彼女の言葉は、未だに理解は出来そうになかった。
理解はできなくて、今でも夏は嫌いだけれど、僕はあの日見た雪を思い返すだけで、これからも嫌いな夏を過ごしていけそうな気がする。
「バイバイ」
終
嫌いって言葉を大切にして欲しい。
私が言葉を大切にしようと思ったきっかけが、多分『好き』と「嫌い』のこの二言だった気がする。
『好き」と表現するのは少し照れ臭かった思春期。『嫌い」と表現するにはあまりにも無知だった学生時代。
どちらも扱いに気をつけながら、いつしかあまり使わなくなってしまった言葉たち。
『好き』反対は、『嫌い』ではない。
よく言われるその言葉は、よく言われるだけあったよく的を得ている。無関心。期待。束縛。感情の乗らない言葉たちが蔓延る世の中
で、もっと『嫌い』と言う言葉を大切にしていきたいなと、思う今日この頃。
元々、神にも名前を付ける予定でしたが、神は神。少年は少年。で進めていく方がより俯瞰しやすいと思い、神と少年。に統一するこ
とにしました。
ちなみに、神の名前の候補は、私が言葉を扱えていない幼少期、よく口にしていた「アスベロン」と言う造名です。




