第十四話
休学していた和泉が戻ってきたのは、肌寒く感じ始めた11月のことだった。
4月に入り、校外で暴力沙汰を起こした和泉は、クラスに顔を覚えてくれる間もなく、休学となった。
5月に復帰をするはずが、ズルズルと休み続けて今に至る。早めの夏休みだったのかもしれない。
当然ながら、顔見知りの人間は少なく、クラスメイトも対応に困っていたが、本人は気にせず話しかけている。明るく社交的な部分は真似したいところだ。
「あの子、誰?僕様ちゃん、見たことないよ。こんな時期に転校生?変わってるぅう」
学内持ち込み禁止の携帯電話をいじりながら、ぼくに訊ねた。
興味はなさそうに見えるけど、それはいつものことだった。
「和泉。ちょっと休学していたみたいだね。ぼくも顔を知っているくらいで面識はないよ」
「ふぅ~ん。そんじゃ、行ってくるよ」
机の上から腰を下ろし、和泉の元へと駆けていく。
「こんにちはっ!僕様ちゃんは篠崎しずこ。しずちゃんて呼ばないでね☆君は和泉クンって言うんだね。こんな時期に学校くるなんて変わってるね☆」
「おお、篠崎っていうんだな。俺は和泉。好きに呼んでくれればいい。訳あって、学校に来てなかったから、ぶっちゃけクラスメイトに馴染めなくてよ。篠崎みたいな明るい奴がいれば、取り返すことができるかもしれねえな」
「そだね☆和泉クンは僕様ちゃんのことを知らなかったんだよね」
「ああ、悪いな。まだ顔と名前が一致しねえ。悪いな」
「全然、いいよ☆これから仲良くなっていけばいいんだからね☆はい、よろしく」
右手を和泉に差し出す。握手を催促しているのは明らかで、和泉も理解したのか、右手を重ねる。
「よろしくな」
「うん☆」
初めての接触は友好的なものだった。和泉としても進んで仲良くしようという気持ちは嬉しはずだし、篠崎は気にかけてくれればそれで良い。相性はぴったりの二人だったんだ。
***
サボり常習犯であるぼくらに口に出す人はいなかった。
授業はサボるし、体育館裏の倉庫に行ったこともあるし、誰も居ない教室に忍び込んだこともあった。先生も始めは注意していたけど、我が学校に教育熱心な人は居ない。仕方がないと諦められていた部分があったし、クラスメイトは妙に篠崎に気を使っていた。何があったのか想像はできないけど、ぼくの知らない場所で悪さをしているのかもしれない。ぼくは知っていることだけしか知らない。
部活動にも参加せず、学校に通ってはいたものの、やる気はとうに失われていた。クラスメイトは信用できないし、篠崎は信頼できない。ぼくは自分を疑うのも面倒で、普通から外れていたと思う。それでも篠崎と一緒にいれば、選択して貰い、決定してくれる。居心地は悪くなかったし、考えるのも億劫だった。金魚の糞のような存在だったため、邪険に扱われていた。シゴキもエスカレートするばかりで、ぼくは苦痛を味わっていたけれど、今さら引き戻れない。
――その考えが甘かったことをぼくは知らなかった。
「これ知ってる?」
身に纏うものは何もないぼくに、放課後の空き教室で、篠崎はあるビニール袋を見せてきた。大きさは5センチ程度。中には白い粉末が入っていた。
「知らない」
篠崎の股もとからぼくは答えた。舌の動きを止め、篠崎の表情を伺う。
「何にも知らないクズだね☆飲んでみよっか」
粉末を口に入れ、涎で粉を溶かしたあとに、口移しで篠崎はぼくの口へと送り込んできた。ぼくは抵抗することもなく、正体不明のモノを涎と共に喉へ流れた。そのまま舌と舌を絡めながら、口内を蹂躙する。変わり映えのない日常だった。
違和感を感じ始めたのはそんな時だ。ぼくの視界が急に――歪み始める。
「なにをした?ぐにゃぐにゃするんだけど」
「気持ちのいいこと☆」
自分の欲望がどんどんと膨れ上がっていく。鼓動が高まり、抑えきれない。膨れすぎてはちきれそうで、早く中身をぶちまけたい。
目の前には制服姿の篠崎。顔がぐちょぐちょに渦を描いている。アルコールを採取した覚えがないけど、ぼくは酔っている。そんな感覚がどこかにあった。
「はぁ…んふぅ…いい…今日は…やるね……」
パチン。
場面が突然、切り替わった。
体を猛烈に動かしている。自分で自分を動かしているというよりも、反射的に動かされている。体が言うことを聞かずに、自動的に求めている。
「まだ…まだ…なの?……尽きない…」
まだ?勝手に体が動いている。なにを先ほどからやっているのか理解できない。ただ溢れんばかりの熱量を外へ、中へと、吐き出している。限界が存在しないように、止まらない。快楽をむしゃぶりつくしてる。最高だ。
意識を取り戻した時には、外が暗く夜になっていた。
肌寒さを感じ、脱ぎ捨ててあった制服を着る。それでも寒かったぼくは、篠崎に抱きついた。くたびれたような目をする篠崎は、薄く笑い、ぼくの頭を小突いた。
***
朝起きると、頭がガンガンと痛んだ。悲鳴を上げていて、早く出ていけよと願う。
体に力が入らず、妙な脱力感があった。二日酔いに近い感覚があるのだと思った。
昨日のカラクリを聞いてはいないけど、たぶん悪いものだ。アルコールの力だけで、ここまでの疲労を味わうことはないはずだ。それとも、別のことが原因なのかな。とにかく、今日は学校を休むことにした。
学校に連絡を取り、風邪で動けない趣旨を伝えた後、軽食を取り、布団に戻ることにした。篠崎から貰った携帯電話で篠崎にメールをする。
>今日は学校にいけない。
送ってすぐに返事が帰ってきた。
>お見舞いに行くね。
絵文字も顔文字もない普段の篠崎らしい短い文章が返ってきた。
ぼくの家の住所を知っていたのか疑問に思ったけど、先生にプリントを届けるから住所を教えて下さいと訊ねれば、教えてくれるはずだ。個人情報は簡単に手に入るのだから。ぼくは目を瞑り、しばし現実からおさらばすることになった。
チャイムが鳴ったのは午後3時45分。昼メガネを見ることなく、おやつの時間になっていた。体の調子は変わらず、最悪。歩くのも億劫であるが、無視するとあとで何をされるのか怖い。
「よぉ。手紙やら何やら持ってきたぜ」
玄関を開けると和泉が立っていた。ぼくは、篠崎が来るとばかりに思っていただけに、驚嘆してしまったが、相手はこちらの事情は知らない。普通に返さないといけない。
「ありがとう。和泉くんだっけ?遠路遙々ありがとう」
「そんなことはないさ。見舞いの品がプリントだけっつうのは配慮が足りないかもしれないが、許してくれ。俺も持ち合わせがないからな」
「うん」
苦笑いを浮かべながら、和泉との雑談を乗り切ろう。友達でもない和泉。事情は知らないけど、家に乗り込んで行こうとは思わないはずだ。先生には風邪だと連絡しているし、親しい間柄でもない人間の家に上がるのは抵抗がある。と、ぼくは考えていたけど、予想を反した言葉を出した。
「上がっていっても良いか?ちょいと話があるんだ?」
「話?体調が悪い今じゃないとダメ?重病でもないから、2、3日の内には回復できると思うけど」
「少しだけだ。時間は取らせない」
「いいよ」
ぼくは和泉を家に上げた。和泉はぼくに何の話があるのか。全く検討がつかなかった。
――まさか昨日のことを聞いてくるとは夢にも思わなかった。




