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断片その一(6)

「これはなんだ?」

「テレビと言います。なんて言うか、遠くの映像が、この黒い画面に映し出されるんです」


 というような会話が、かれこれ小一時間は繰り返されている。そしてリモコンでスイッチを入れたテレビに、フェルさんがびくりと肩を揺らした。テレビとリモコンを交互に見た後、画面を凝視。口が開いている。

 竜とか魔法とか、本当にあるなんて思えないのに、フェルさんの言う事に、嘘はないんじゃないかって。そう思ってしまうのは、彼のこういう反応が、やけにリアルなせいもあるんだろう。

 ただやっぱり、彼の言う彼の国の事は、よく理解出来ない。上手く想像出来ずにいるって言うか。

「遠視は古魔法の筈なのに……こ、これはデンキか?」

「そうです」

「デンキ……奇跡の力だ」

「いやそんな大袈裟なものではない」


 囁くような感動の声に、すべき指摘を入れる。フェルさんは本気だから質が悪い。電気イコール奇跡とかね、とんでもない事言うよね本当に。


「電気より魔法の方が凄いと思うんですけど。ほら、箒で空飛んだりとか」


 きょとん、とそれ以外に形容出来ない顔をしたフェルさんは、次の瞬間フハッと吹き出した。


「ミホ殿は面白い発想をするな」


 笑顔である。そして私がきょとんとした。

 え? と首を傾ける。

 え? と首を傾けられる。

「あれ? え、もしかして……飛ばないん、ですか?」

「飛ばない、な」

「あ、あー……、そう、なんですねー、へー……飛ばないんだー……」

 判んねえええ……! 世界観全く見えてこねえええ……!

「何故箒なのかよく判らないが、その、仮に箒で人が空を飛んでいたとして、間違いなく竜の餌食になるかと……空は、彼らのものだから」

「あ、じゃあ魔法より竜のが強いって事ですか」

「いや、そうではなく」

「ええええ?」

「すまないが、ミホ殿は大分的外れだ」

「えええええ」

 困ったように眉を下げたフェルさんの前で、首を傾げる。本当に判らん。全然前進しない。

「すみません、一回きちんとお話して貰っていいですかね」「その方が良いようだな」

 苦笑しながら頷かれ、私も苦く笑う。互いを知る為には、話をするしかない。


「竜の巣穴が多いんだ。昔から、我が国では竜の存在が身近だ」

「へえ、大きいんですか?」

「大きさは様々だ。土竜(どりゅう)や海竜は、飛ばぬ分、体も大きい。一度、山の如き大きさの海竜が海面から現れたのを、見た事がある」

 うげ、と思ったのがそのまま顔に出て、彼に苦笑されてしまった。

「竜は基本、此方から危害を加えない限り、手を出して来ない。海竜などはその中でも最も温厚だ。逆に最も好戦的なのは、飛竜。飛翔竜とも言う。更に火を吐くものは火竜(かりゅう)と呼ばれる。私のルダスがそれだな」

 さらりと言ってのけてくれたが、私の中のイメージが恐ろしいことになっている。火って。火を吐くって。

「凄い危ないじゃないですか! 襲ってきたりしないんですか!?」

「ルダスと私は幼い頃から一緒だからな、間違ってもそんな事にはならないよ」

「信用、してるんですねえ」

 彼の、愛竜? と言うのか、そのルダスの名が出る度に、彼はとても穏やかな瞳をする。まるで大事な家族や友人を語るような、優しさを孕ませた瞳。

 はああ、と私が感心の息を吐くと、彼は照れ臭そうに微笑んだ。


「まあ、ルダスに限らず、我が軍の竜騎士と竜は、皆互いを信用し合っているからな。そうでなければ竜騎士は務まらん。竜の信用を得られて初めて一人前、と言うところか」

「なら間違いなく私には無理ですねえ」

 実に現実味の欠ける話に、想像だけで付いていく。火を吐いて飛んでる山ぐらいでかいドラゴン。全然無理だな。そんなん目の前にしたら生還さえ出来ない自信あるね。間違いなく死ぬね。生まれて良かった地球。

 フェルさんは小さく吹き出すように笑って、そうだろうな、と言った。


「貴女のようなひとが竜に跨っていたら、私は自分の目を疑うよ」

「女の人は居ないんですか?」

 私の質問に、フェルさんは眉を寄せ苦々しく口角を上げる、と言うなんとも微妙な表情を作った。なにその顔。え、なに、訊いちゃ不味かった?


「居るには居る。が、どう言えばいいか……貴女とは違う人種だ」

「違う人種」

 よく判らず、首を傾ける。

「果たしてあれを女と呼んでいいのかどうか……」

 それからフェルさんは、うんうん唸り始めた。何故か悩ませたようなので、この件に関してはあまり触れない方向でいこう。


「そう言えばフェルさん」

 呼ばれ、目を上げた彼に、違う話題を持ちかける。

「魔法って言うのは、竜が火を吐くのと、別物なんですか?」

 彼が電気とガスの仕組みの違いが判らぬように、私にも判らない事が沢山ある。全然違うものでも、違うと知らない。

 フェルアラッツさんは少し頬を緩めて、首を横に振った。

「違う。魔法は、使える者を限る。竜騎士が限られるように、魔法使いも簡単になれるものではない。しかし星の力は違う。古の時代、エルフが伝えたと言われる魔法より、簡単に魔法に似た力を得られる」


 おい今なんかまたすこぶるファンタジーな用語が混ざってなかったか。


「生活に利用されたりもし、また武力にもなりうる。だから星石を多く持つ国は、それだけで脅威とされ、」

「フェルさん」

「ん?」

「今エルフって言った?」

「ああ、言ったが……」

「エルフって」

「?」

「言った」

「うん」

 只今脳内で、火を吐くドラゴンと、お星様ステッキ持った三角帽子の魔女と、耳の先の尖ったブロンド美女が、決めポーズ作ってこっち見てんですけど何これ。色々破綻してんですけど何これ。

「あ、うん、続けてくだサイ」

「………大丈夫か?」

 全く表情筋を動かさず単調に言うと、フェルさんが上目で伺ってきた。

「うん、なんかちょっと処理速度に追い付いてないけど大丈夫。大丈夫理解出来てないけど大丈夫」

「大丈夫じゃないんだな……」

 大丈夫だと大丈夫じゃない事を伝えた、あれ? 大丈夫じゃない事を大丈夫だと伝えた? ん? あれ?


「ミホ殿」

「…………………………あ、私か」

 大分遅れた反応をした私に、フェルさんが心配気な目線を送ってきている。いやだって殿って付けられるとさ、なんか自分の名前じゃないみたいなんだもん。中々、否滅多に、否々、ほぼ確実に一生呼ばれる事はないだろう。

「いや、あの、フェルさん」

「うん?」

「やめませんかね、それ」

「……それ?」

「うん、あの、その呼び方?」

「呼び方」

「その、ど、殿ってやつ」

「何故だ?」

 きょとんと返されて、さっと視線を逸らした。おい素面だぞこの人まじか。

「何か、不味かった、か?」

「いえ、不味いと言うか……いけないって訳じゃないんですけど、呼ばれ慣れないもので。出来れば取って欲しいです」

 恐る恐る訊いてきたフェルさんに、ほんのり願望を乗せて笑顔で返す。

 フェルさんは凄く納得のいかない顔で、首を傾けた。


「では、何と呼べばいい」

 え、いや普通に呼んだらいいんじゃ……。

 という突っ込みを飲み込んだ私は、取り敢えず笑顔を貼り付けたままである。


「別に呼び捨てて貰ってもいいですよ。呼び易いように呼んでください」

「……では、ミホ殿」

「うん、もういいです」

 いやそれ同じだから。そんな言いたい事は伝わらず、そっと付けっ放しのテレビに視線を逸らした。彼にとってそれが自然の形なら、仕方がない。慣れないけど、最初だけかもしれないし。その内その呼び方が普通に思えるようになる……、いやなっても嬉しくはないけどな。

 いつか、その殿が取れる日が来ると信じたい。

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