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奇跡の代償  作者: 月水面
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代償:記憶


私、アリス・ウォルフコードは14歳です。

この世界では、15歳になると仕事を持つのが一般的です。正確には、中等教育を卒業したら、ですが。


「アリスちゃん、おはよう」


登校中に後ろから声をかけられました。

振り向くと同級生のフレイ・レリックヘブンとルーク・ダブルエッジが二人仲良く登校しています。


「おはようございます、フレイさんにルークさん」


フレイさんはおとなしくてほのぼのとした女の子で、ルークさんは特徴があまりない男の子です。

この二人は幼馴染みという関係だと聞きました。


「お二人は朝から仲が良いですね」


「な!?」


「えっ!? そそそそ、そうかな?」


私の言葉に二人共同じタイミングで顔を真っ赤にして反応し、少しだけ顔を背けたルークさんとフレイさん。

仲の良い事です。


私達が通う魔法学園は広大な敷地を持っています。

校舎自体も大変大きいのですが、庭を含めると端から端まで3km程もあるバカげた学園なのです。


「何故こんな巨大な学校を作ろうと思ったのでしょうね」


「うん、新入生は迷子になる事が多くて授業どころじゃないもんね」


「上級生でも迷子になるけどな」


何気にこの二人、私の質問がどうでもいいのか、話を逸らそうとしています。


「一週間に最低でも二人は行方不明になって死にかけてますよね」


「それで死人が出ないというのも不思議な話だよね」


「そういえば死人が出たとは聞いた事無いな」


「この前アオイくんも行方不明になったしね」


最上級生である私達のクラスでも、つい先日にアオイ・カトラクトペイジという男の子が図書館で失踪しました。この学園の図書館は迷宮のような構造になっている上に広大なのです。

幸い彼は水の魔法使いで、自分で水を精製し脱水症状にはならなかったものの、迷路のような図書館を一週間さ迷い、なんと自力で脱出したのですが、その時は栄養失調と疲労で危ない所だったそうです。

そして彼は飢えをしのぐために図書館の本を食べてしまったらしく、何故かそれがすぐにバレて、図書委員会からリンチ(私刑)にされたという話を聞きました。


会話をしている内に教室に着きます。

黒板には連絡事項と思われる何かが書いてありましたが、私は魔法の代償で文字を読めません。


「フレイさん、黒板には何と書いてるのですか?」


なので手っ取り早いのは人に聞くことです。


「ええと、学園祭の日程だね。来月の始めだって」


「そうですか。ありがとうございます」


文字の読み書きが出来ないというのはこういうところで不便です。

私は窓際、フレイさんとルークさんは廊下側の、それぞれの席に向かいました。




†††




「ケホンッ、ケホケホッ、 ゲホッ!!」


昼休みの事です。フレイさんが激しく噎せ込み、吐血しました。


「――!」


それにルークさんが素早く反応し、魔法を起動させます。

空間に黒い魔法陣がほとばしり、フレイさんに向けて集束すると、歯車のように回り始めました。

やがてその魔法陣は、黒い絵の具が水に溶けて広がるがるように霧散し、その存在をこの世界から消します。


「はぁ……はぁ………………ふ〜」


フレイさんの呼吸も穏やかなものになり、そして何事も無かったかのような状態に戻りました。


フレイさんは生れつき命に関わるような難病を抱えており、本来ならばとっくの昔に死んでいる身です。

ルークさんの治癒の魔法無しには生きる事さえ叶いません。

そして彼女は今でもこうして発作を起こし、その度にルークさんが治すという、少し大変な生活を送っています。


でも、それだけだったら、どれだけ良かった事でしょうね。


「ありがとうルーク。ごめんね、いつもいつも」


口の端から血を垂らしながら言ったフレイさんの言葉に、声をかけられたルークさんは、どこか訝しげな表情で一言こう言いました。


「………………誰?」


まるで、見ず知らずの人間に親しげな声をかけられたような顔で。




†††




魔法には、代償が伴います。

ルークさんは『治癒の魔法使い』。そして代償は『大切な者の記憶が壊れてしまう』です。

どうやらフレイさんの事を忘れてしまったようですね。

フレイさんはルークさんのたった一言の後、教室を飛び出して行きました。


「…………?」


ルークさんは疑問の表情を浮かべていましたが、やがて制服のブレザーの内ポケットから手帳サイズの本を取り出しました。









涙が止まらない。

こんな事、よくある事なのに、どうしても慣れる事が出来ない。

生れつき病弱な私を、幼い頃から治療し続けてくれたルーク。

彼の魔法の代償は、『大切な者の記憶が壊れる』事。一度壊れた記憶は二度と思い出せない。

だから、彼が私の記憶を失う度に、感じるのは、大きな喪失感と、矮小な歓喜だった。


『大切な記憶が壊れる』。それがルークの代償。

なら、彼が私の事を忘れるという事は、彼が私を大切だと思ってくれている事。

それはとても、とてもとても嬉しい。

だけど、涙が、止まらない。

涙が次から次へと溢れ出してくる。

笑い泣きが、全く、止まらない。













その小さなアルバムは、ルークさんが常に持ち歩いている物だと、以前フレイさんから聞いた事があります。

魔法の代償で記憶が壊れてしまう彼と、その度に記憶を失われるフレイルさんとには、無いと非情に困る物なのでしょう。


ルークさん、余程フレイルさんが大事か、他に大切なものを何一つ持ってないか、どちらかでしょうね。おそらく両方だと思いますが。


ルークさんがアルバムを開きました。失礼ながら盗み見させていただきます。

そこには、フレイルさんとルークさんが写っている写真だらけでした。

ルークさんはポカンとした表情でページを捲り続けます。

そして、最後のページには、フレイルさんの字で、手書きの一文がひっそりと、隠れるようにありました。

私は文字が読めないので、何と書いていたかは解りません。


しかし、ルークさんは一瞬目を大きく見開いて――


ものすごいスピードで教室を飛び出して行きました。













学園の時計塔はかなり高い。てっぺんには小さなテラスと、私の腰位の高さの欄干がある。

正確な高さは知らないけど、街の外の大分遠くまで見えるという事は、かなりの高さなのかな。

本当に高い。

ここから落ちればきっと即死だよね。

教室を飛び出して来た時には止まらなかった涙も大分落ち着いてきた。かと言って、完全に止まった訳でもないけれど。


「……ルーク――」


初めて会ったのは5歳の入院していた時。

ルークの魔法は何故か彼自身を癒す事が出来ず、彼はあの時骨折で病院の世話になっていた。

病室は離れていたけど、ルークは病院の中で道に迷って、偶然私と会った。

そして、その時、ルークは魔法で、私の病気をあっさりと軽症化させててしまった。

医者が打つ手無しと断言した、先天性の病を。

その後退院し、家が近所だった事もあって、私は彼にべったりになった。

でも、私が発作を起こす度に、彼は魔法を使い、その代償で私の事を忘れ、また一から関係を作り直した。

そんな事を何度も何度も何度も何度も繰り返している内に、私はルークにべったりとくっつき回るのを止めた。

彼に思いを寄せる程、忘れられた時の悲しみが大きくなるから、自制したんだ。

だけど、自制はしたけど、感情は殺せなかった。


ルークが好きだという、この感情を。


「ルーク――」


彼のアルバムの最後のページに、気づかれないようこっそりと、私はこう書いた。


『次にルークが私の事を忘れたら、死ぬからね。大好きなルークに忘れられるの、もう、耐えられないから』


「………………」


深く、深く息を吸う。


一歩、足を踏み出す。


足が、床を離れる。


「フレイ!!」


そこで、ルークが――多分全力で走って来たんだろう。肩で息をしている――必死の形相で、私に手を伸ばす。

まさか来るとは思わなかったから、少しびっくりした。


指先が微かに触れ合う。


しかし、空を切る。


私が欄干を超える。


涙と笑みを浮かべて、落下する。



「大好きだよ、ルーク」



やっと、言えた。

とそこで、体を抱き締められた。勿論、落下しながら。

ルークが私を抱き締めながら一緒に落下しているのだと理解するのに1秒かかった。


「ルーク!? 何で……!」


「お前一人で死なせるかよ!」


「! ……思い出して、くれたの?」


「じゃなきゃさっき名前叫んでない」


記憶を『失った』のではなく『壊された』のに、私の事を思い出した?

一度壊れた記憶は、二度と元に戻らないはずのに?




……とてもとても嬉しい。

なんて、最高の奇跡だろう。




ルークの背中に腕を回す。

力いっぱいに抱き締める。


「ルーク、だぁい好




ドチャッ……













頬杖をして教室の窓の外を眺めていると、何かが落下して行きました。

一瞬しか見えませんでしたが、それが二人の人間――幸せそうな顔のフレイさんと、ちょっぴり赤面しているルークさん――だと理解するのに、数瞬時間を要しましたが。

さっき、地面に何かが――まあ絶対フレイさんとルークさんでしょうけど――激突し、潰れる音がしました。

窓の外からは悲鳴が聞こえます。きっとグチャグチャに潰れた死体を見た生徒の悲鳴でしょうね。


下まで下りてみると、濃密な血の臭いが漂っていて、大きな血溜まりの中にあるフレイさんとルークさんの死体は、原形が解らなくなる程目茶苦茶な潰れ方をしており、その肉塊は融合したように見分けがつきませんでした。


ある意味、最後までべったりと仲の良い人達でしたね。


さっき教室を飛び出して行ったルークさんを見る限り、彼は壊れたはずの記憶を取り戻したはずです。


それは小さな奇跡だと思います。


魔法なんかよりも桁違いに矮小な、けれども比べものにならない程に優しい奇跡です。







†††







この世界には、奇跡があります。


『魔法』という残酷で無慈悲な、強大な奇跡と。




とっても小さくて、でも、暖かい奇跡が。



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