句読点審議会、二〇二六年
「――被告記号w、前へ」
中央の演壇に、小さなwが進み出た。本人(本字?)は緊張のためか、わずかに震えて見える。
西暦二〇二六年、文化庁の地下七階。
「日本語記号審議会」は百年に一度、記号の市民権を審議する。前回の議題は「!」と「?」だった。明治の文豪たちが「西洋かぶれの軽薄記号」と罵り、漱石の孫弟子が議場で硯を投げたという伝説が残っている。
結局「!」は可決され、いまや誰も疑わない。
今日の議題はw、である。
*
「w。あなたは二〇〇〇年代初頭、匿名掲示板にて発生。『warai』の頭文字を称するも、出自不明。二一世紀を通じ、地の文への侵入を繰り返し、再三にわたって文芸界から排除されてきた。 ――間違いないか」
「……はい」
wは小さく答えた。隣に控える弁護記号 ――こちらは堂々とした「!」だ―― が立ち上がる。
「議長。wの罪状は、私、感嘆符の若き日と何ら変わりません」
議場がざわついた。
「私もまた、明治の文豪に『軽薄』『品位を欠く』と罵られた。芥川は私を『感情の安売り』と呼んだ。鴎外は『独逸の輸入雑貨』と書き残している。だが今、私を使わずに書かれた小説が何本ありますか」
「!君、議題から逸れている」
「逸れていません」
「!」は声を張った。
「記号の市民権とは、要するに『誰の感情を書き表す権利を認めるか』という問題だ。明治の文豪は、士族と書生の感情だけを文学の対象とした。だから『!』で足りた。だが大正の女学生も、昭和のサラリーマンも、平成のオタクも、令和のVTuberも、それぞれの感情の震えを持っていた。wは、その中の一階層 ――『笑いの軽さに段階をつけたい人々』―― の代弁者です」
「しかし」と、検察側の句点「。」が立ち上がる。
古参中の古参。三百年の重みを背負った姿勢だ。
「wには、「w」「w」「草」「wwwww」と異形が多すぎる。表記が定まらぬ記号を、どう辞書に載せる」
「!」がにやりと笑った――ように見えた。
「あなたも、です。「、」と「,」の表記揺れを三百年解決していない。それでも市民権はある」
議場がどっと沸いた。「。」が顔を赤らめて座る。
*
審議は七時間に及んだ。
途中、参考記号として召喚された「(笑)」が、wを指して「あれは私の私生児のようなものです」と発言し議場が紛糾した。「。」派の若手「、」が「!の論法はポピュリズムだ」と噛みつき、「!」が「君は息継ぎしか担当してないだろう」と応酬する場面もあった。
傍聴席は満員だった。最前列には、見慣れぬ記号たちが詰めかけていた。彼らはwの審議を、自分たちの未来を測るように見つめていた。
最後に議長が木槌を打つ。
「採決。 賛成、八十二。 反対、十九。 棄権、四。
――wの市民権、これを認める」
wが、ふるえた。
「ただし、付帯決議」
議長は続けた。
「wは今後、地の文においても使用を許される。ただし、それを使う書き手は、『かつてのwが背負っていた軽さ・即時性・連帯感を理解した上で使うこと』。記号は道具ではない。記号は、それを生んだ人々の声の化石である。よろしいか」
「……はい」
wは深く礼をした。
退場するとき、傍聴席の最前列で、見慣れぬ記号たちが拍手していた。※ と、※ と、そして名もなき新参の絵文字たちだった。(※なろうは絵文字非対応だった!!!)
*
帰り際、廊下で「!」がwに声をかけた。
「百年後、君が議長席に座っているよ」
「まさか」
「私もそう言われた。明治の頃に」
「!」は笑った。 ――ように見えた。記号に表情はないはずなのに、なぜか、確かに笑っていた。
二一二六年の議題は、まだ決まっていない。
だが議長席に座るのは、おそらく、wである。
そのとき審議されるのは、あの最前列にいた誰か――
あるいは、まだ生まれてもいない、誰かの声の化石だ。
(了)




