呪い、返してもらうぜ
神殿に飛び込んでいく。派手髪の男――ユーマ・ショコラーデのおでましだ。警備兵たちは一気に警戒を引き上げていた。俺を捕縛しようとしている。そんなら――!
「ちょっと入らせてもらうんで!」
「!?」
俺から生じた風が加速させていく。その勢いのまま、神殿内になだれこんでいく。この速さ、捕まえるのも容易じゃないはずだ。
俺を捕えようとする彼らを躱しつつ、浮かんだのは姉上の言葉だ。
『……ユーマ。私を助けてくれたのは感謝している。だけどね、もう魔力は使わないんでほしいんだ。魔力を使うことは、君の――』
「……っ」
そうだな、姉上。魔力に溺れれば溺れるほど、俺の症状は悪化していく。極まって――暴走を引き起こしてしまうと。代償とはよくいったものだ。
「いってぇ……」
幻覚がない今、頭が割れそうだ……!
かまわない。
俺はただ、あの人の元へ――。
俺でもわかる。この一室は清浄なる力で満たされている。
「リアム、さん……」
緑に囲まれた空間、中央のベッドで横たわっているのが――リアムさんだ。
「……出来れば聖職者に手出したくないんで。大人しくしててください」
控えていた聖職者たちは、俺の乱入に怯えていた。そうだ、悪名高きショコラーデ家の令息だ。そのままビビッていてくれ。
「……良かった」
リアムさんの胸は上下に動いていた。呼吸があるんだ。さすがは聖なる力だ。
「……ユーマ?」
「!」
近寄っていたところで、彼の声がした。閉じられていた瞳が、ゆっくりと開かれていく。
「……ああ、ユーマ、だ。君の声が、したから……」
「……っ」
たまらない思いだった。俺は駆け足で寄ると、ベッドの近くで跪いた。
「睡眠をとった。私は大丈夫――いや」
リアムさんはすぐに訂正した。
「さすがに……状況も状況か。すまない、ユーマ……君にも各方面にも迷惑を……」
「そういうの、いいから」
「それこそアダムにも……彼も力があるが故に、私のせいで巻き込んでしまう……」
「いいから……」
さすがに自分が置かれている立場がわかっているようだ。
……ああ、そうだ。その方がいいから、とか。俺は飲み込もうとしたけど、無理な話だったんだ――この人の悲痛な表情を目にしたのもそうだ。
ああ……嫌だな。リアムさんがさ、俺じゃない誰かと触れ合うのは。
「……っ」
嫌だ、嫌なんだよ……!
「リアムさん、大丈夫だよ。もう、アンタが苦しむことはないから……ほら、休んでな?」
俺はベッドに腰かけて、笑いかけた。出来るだけ明るい声で話したつもりだ。彼の自然な髪を優しく撫でていく。安心させるかのようにだ。
「――何を隠しているんだ、ユーマ」
「……おいおい」
こんな弱っている時に、なんて鋭い目だ。彼の目線は俺の胸元に。この険しさ、予感もしているんだろうな。
「……ユーマ、君の狙いがわかった。ほら、見せなさい」
「あー、そうかよ」
バレたか、バレるよな。俺がアンタから呪いを取り除こうとしていること。俺は観念して堂々と瓶を出した。バレてるしな。
「……断固として拒む。私は君が苦しまなければいいんだ。どんな術を使っても、この身がどうなろうとだ」
ほらな、この堅物頑固男のことだ。『飲んで』と頼んでも断るだろうな。下手に飲ませようとしても、暴れるだろうな。いくら弱っていても、意識を取り戻した途端にこうだ。
「……そうかよ」
それだけ……俺を想ってくれていたんだ。
「馬鹿だよ、アンタは……」
禁術なんかに手を出して……こんな目にも遭わされて。
「……ユーマ?」
リアムさんは圧されているようだった――俺の表情に。
俺は微笑んでいた。彼に見せたことがない顔だ。
「……ごくっ」
「一体、何を……」
その表情のままで、俺が液体を飲み干したから。彼自身ではなく――俺が。
予想だにしない行動はこれだけじゃない。
人前で手をつなぐことも、一緒のソファに座ることすらも抵抗していたヤツが。
アンタに抱きしめられて、触れられるだけで赤面していた男が。
アンタが想像もしなかった行動を、俺は今からするんだ。
「――返してもらうぜ」
ベッドが重さで軋む。馬乗りになった俺は。
「ユーマ、君は何――」
彼の言葉を遮って、覆いかぶさって。
オレンジ色の髪が、垂れた。
――キスをした。
不慣れに、唇を押しつけて。口、開いてくれたから――液体も流し込む。
「待ってくれ……待つんだ、ユーマ――」
まだだ。
まだ、呪いは俺に戻ってないんだ。
足りない。これだけじゃ駄目だ。
「お願いだ、待って……んんっ!?」
ごめん、待たない。コッチは必死なんだ。
俺は夢中だった。舌を絡ませて、吸い取る。そうだ、この調子だ。
「……ユーマ、これ以上はやめるんだ……君を苦しませたくないんだ!」
こんな時でもさ、まっすぐな目を向けてくるんだ。そうだ、アンタだって禁術に手を出してまで。そこまでの覚悟があったんだ……それでも。
「止めねぇよ」
「……っ!」
俺にだってあるんだ、覚悟が。
「――!」
ドクン、と心臓が鳴った。このゾワゾワする感覚……身の毛がよだつもの。そうだ、呪いが戻ってきている……!
キスで必死ながらも、横目で彼の状態を確認していた。ああ……禍々しい紋は消えつつある。それなら続けよう。
アダムと抱き合う? リアムさんが俺以外のヤツと……そんなの嫌だ!
「……合意もなくさ、悪かったな」
一旦、俺は唇を離した。伝う唾液が生々しかった。
「……」
リアムさんが俺を見上げる。もの言いたげだろうと、言いたいことがあるのは俺だ。ああ、言ってやるよ。
「俺の呪いが、アンタを苦しめた。俺のせいだ……俺が責任とるんだよ!」
こんな熱い感情、知らなかった。
「アダムに触れさせるもんか! 俺がアンタを治すんだ!」
こんなに、声を荒げるのも。初めてばかりだ。
俺はキスを再開した。もっと、もっとだ。呪いを奪い返していく。俺のやり方でこの人を治していくんだ。
ただひたすら、強い想いをぶつけていた――。




