光治郎の戸惑い
お待たせしました。
困ったことになった。
F1の参戦希望者が殺到しているのだ。騒ぎの発端は神様の見せた夢にあることはわかっている。だが、あれはあくまで夢。やるとは一度も言っていない。
車を用意し、サーキットに観客を集め、実際にレースを行うとなれば大事業だ。王国のサポートは絶対必要になるし、協力者も募らなければいけない。当然、陛下の許可が必要になる。勝手にやるわけにはいかない。
光治郎には戸惑いがあった。
辞めるなら今しかない。参戦希望者といってもここにあるのは村長、エミリアなど北部を中心とした町や村からのものばかりだ。
「社長、でもレースはやるつもりだったんでしょ」
「まあ、サーキットを作る以上はな。でも、考えてたのは裏にあるテストコースの延長程度さ。F1なんてとてもとても」
「そうなんですか? てっきりグループCぐらいは考えているものか、と」
「無理無理。やれても、富士のグランチャンシリーズの前座で走ってたエスハチぐらいだよ」
浩史は意外そうな顔をしている。
実は光治郎はレースにそれほど詳しいわけではない。流石に車屋だけのことはあってまるきり知らないと言うことはないが。
彼らが話しているのは、昔日本で行われていたカーレースのカテゴリである。
グループCとはかつてル・マンなどの耐久のカテゴリで、公道を走れないレース専用車の競技。今の| FIA世界耐久選手権《WEC》の前身と言える。それに対しグランチャンシリーズとは、グループCほどの化け物ではないものの公道を走れないと言う点は同じ。カウルを被せたF2みたいなものだ。
光治郎が言っているエスハチとはホンダ S800のことであり、トヨタ・スポーツ800などと富士グランチャンシリーズの前座レースで走っていた市販車のことだ。
「まあ、中古市場にもないわけじゃないですからね。グランチャンの車も、グループCも」
「えっ!? あれ、買えるの」
「社長。ほんと昔のレースは疎いですね。値は張りますが、普通に中古市場に出回ってますよ。さすがにグループCの車は億単位の金がかかりますけどね」
「ほえ〜」
どちらにしても、田舎のガレージに修理依頼が来るはずのない車である。持って来られたとしても、1000馬力の車なんてどこから手をつければいいのかまるでわからない。
前座レースの車なら市販車であるが、三峰モータースで扱ったのはS800のクラッチ交換のみ。部品の取り寄せに手間取ってその客も二度と来なかった。
だが、今回はそれどころではない。
そういう雲の上の車を一足飛びに超えて、やろうとしているのはF1である。
コーヒーを飲みながら、はてどうしたものかと考え込んでいると、パレッタが入ってきた。
「くつろいでいるところ悪いけど、王宮からお手紙よ」
「ああ、誰から」
「言う必要ある?」
「……また、陛下からか」
「コージローも今や立派な貴族様なのよ。しゃんとしなくちゃ」
「へいへい」
光治郎にも言いたいことがある。
自分なんて車爵などという訳のわからない木っ葉貴族なのだ。パレッタの方が陛下に意見できるほどの大エルフ様じゃないか、と。
それにしても、この手紙。開ける気になれない。
いつもに比べて妙に厚みがあるのだ。と言うことは中に入っているのは複数の書類。
「開けてみなさいよ」
「わかったよ」
封を切り、中身を取り出すと陛下からの書状。書いてあったのはたった二行。
“コージロー、早くF1開催の詳細をまとめよ。
王宮からはフェリスティンが参戦予定である”
「げっ」
その後の数枚は……F1参戦希望者からの要望書。
浩史とパレッタが覗き込んでいる。
「なになに? フェリスティンは ”2023 レッドブル RB19”、ってマジか」
「最後に『マックス・フェルスタッペンが乗ってた方でお願いします』って書いてあるわよ」
「んなもん、どうやって手に入れるって言うんだよ!!」
光治郎がキレるのも当然である。
他の要望書にも「MP4/4をセナの乗ってた車で」「P34、もちろんシェクターのやつ」などと好き勝手に書かれていたのだ。
入手できるわけがない。入手できても修理も調整も絶対無理。万が一できたとして、乗るのはひと月前にやっと車の運転ができるようなった連中である。
「思わずノリでやる、って言ったけどやっぱり無理だ。神様に言って何とか中止にしてもらう。今から奥の間に籠る。誰も近づけないように」
「わかったわ。ご飯の支度しておくから、早めにね」
「早めに、ってあのなあ……。まあ、いいや」
光治郎は神棚のあるその部屋に入ると鍵をかけ、要望書を書くと神棚に ”お供え” した。
そして珍しく声を出して「できれば直接話したいんですけどね」と言った。
すると、部屋全体がボヤっとかすみ、目の前に人の姿が浮かび上がる。
神降臨である。
「どうした。しけた顔をして」
「ああ、神様。やはり、無理です。ノリでやるつもりになってましたけど、あいつら悪ノリしすぎです。あんな車、もちろん中古市場にあるわけありませんし、たとえ博物館に飾ってあったとしても走れるように戻すことなんてできるわけないですよ」
「ホッホッホ。確かにそれは難しいじゃろうな。だが、今回は特例じゃ。いつもとは違いお前がレストアする必要はない」
「じゃあ、車は」
「過去の鈴鹿のレースで出走直前のマシンをそのまま持ってくる。さすがにレースに支障があると困るからコピーじゃがな」
神様が言うには、コピーしたマシンは走った車そのものであり、決して単なる同型車ではないと言うこと。
したがって、コックピットの脇には当時のドライバーの名前もきちんと入っているらしい。
「……わかりました。でも環境は? よっぽど練習しないとまともには走れませんよ」
「わかっておるよ」
そう言って、神は今回のレース開催に際して、参加者に与える車と環境について話し始めた。
まず、参加者のチームには、希望の車をピットに格納した状態で貸与。外側は簡易的なガレージ形状とし、全ての調整やピット作業が可能。
ガレージの奥には扉があり、その先には練習用オーバルトラックで練習が可能。
「そんな。中には小さな村から参戦するやつもいるんですよ」
「大丈夫じゃ。オーバルトラックは異空間に設置するでな。ガレージがおける場所さえ確保できれば問題ない。ああ、そうそう。それぞれの練習場は別だから、混走の問題や秘密にしたい技術が漏れることもないぞ」
確かにそれだけ環境が整っていれば、問題はない。
だが、それでも無理だと光治郎は思う。F1マシンに乗ることはもちろん、メカニックを務める連中だって相当の練度が必要なはずだ。
「心配性じゃのう。まあ、お主にもやってほしいことがある」
「それは」
「彼らにサーキットを開放してやってほしい。自由走行会というわけじゃな」
「そりゃいいですけど。自分もそのつもりでいましたし。ですが、私には連中があのマシンを乗りこなせるとは思えないですよ。グランチャンの前座でやってた市販車のレースぐらいが関の山じゃないですか」
「大丈夫じゃ。ちゃんと考えておる」
そう言って、神様は恐るべき計画を光治郎に話し始めた。
まず、参加者の潜在意識に問いかけ、彼らに見合うマシンについて過去に行われたF1レースの夢を見る。
さらに、その意識や目線は当時の鈴鹿、また必要があればそのほかのサーキットのレースも疑似体験することができる。
「でも、夢に見るだけじゃあ」
「ああ、だから、彼らには当時の技術と経験及び彼らの魂の一部が継承される。セナの車に乗ればセナの。マクラーレンのピットクルーには当時の彼らの」
「それじゃあ、あいつらがセナやプロストみたいに車を操れるんですか」
「まさか。あくまで彼らに授けるのは ”魂”、それも一部じゃ。体がついてこなければただの頭でっかちと変わらん。だが不可能じゃない。練習によって、彼らは元の魂が持つ状態に近づく。本当に半年の間、精進すれば本人と同様に走ることも可能かも知れないの」
「可能かも知れない、って……」
「さあ、これで参加者の心配はなくなったじゃろ? あとは光治郎次第じゃ。さあ、準備を始めるが良い」
――トントン、ガチャ
ノックとドアの開く音。
振り向くといつの間にか部屋は元の通り。神様もいなくなっていた。
部屋に入ってきたのはパレッタ。
「ずいぶん長かったわね。何をしてたのか知らないけど……。それでレースはどうするの。やっぱりやめる?」
「やるよ。やらないといけないみたいだ」
「そう来なくっちゃ。ヒロフミなんて、観客席や各種施設について考え始めてるみたい。気が早いわよね」
光治郎は「そうか」と生返事をした。
周りが動くなら自分も。とりあえずは陛下に合わないといけない。
パジェロを整備して王都に行く準備を始めた。
レース開催を正式に決定したことを伝えるのだ。
この大仕事には王国のサポートがなければ成功はおぼつかない。




