初ドライブは山あり谷あり火の玉あり?
トラックは町に向かっていた。
異世界の道が舗装されているはずもなく、ガタガタと揺れて乗り心地は良くない。
「酔わないか」
「馬車だともっと酷いよ」
軽口を叩けるなら大丈夫だろう。
おっかなびっくりだったピートも慣れてきたようだ。
それならとアクセルを踏みこむ。
にわか雨が降ってきている。酷くなる前に着きたい。
「あと、三十分、ってとこか」
「スゲー! いつもはあと二時間はかかるもん」
そりゃそうだ。
馬車と比べたらスピードのレンジが違う。
思わず胸を張りそうになったが、よく考えれば自分の手柄ってわけでもないな。
だが、それを割り引いても悪い気分じゃない。
「町に着いたらどうすればいいんだ? まさか、店を開いて全部売れるまで待つとか」
「そんなことしないよ。町役場に行けば、アルトトの作物は市場担当の人が全部引き取ってくれるんだ」
「安心したよ……。ってか、あの村アルトトって言うのか」
「うん」
そういや、いきなり『野菜を売ってやる』で飛び出したんだったな。
町は大きくはない。よくある田舎町。
到着すると何人かが驚いて声をあげた。
ここでもか。
まあ、しゃーないだろう。馬車に比べりゃトラックは威圧的だ。
物陰から覗く連中に、奥の方の大きな建物に事務服姿の男が走っていく。
「あれ、衛兵呼びに行ったんじゃないだろうな。いきなりとっ捕まるとか勘弁だぜ」
「あの人は大丈夫。市場に出す野菜をいつも見てくれてるんだ」
どうやら呼びに行くつもりの担当者だったらしい。
少しすると数人の助手を連れて帰ってきた。
だが、その連中が普通じゃない!
犬顔の男、猫耳娘、狼の牙を持つ獣人……
「に、荷物運ぶの大変でしょう。トラック、市場の近くに寄せられますよ」
「トラック? ああ、台車があるから大丈夫です」
次から次へテキパキと市場のスペースに運び込んでいく。
初めての獣人でちょっとビビりはしたが、言葉は通じるし問題はなし、と。
「さっすが異世界だねぇ」
「ん? コージロー。なんか言った?」
「いや、なんでもない」
ここで余計なことは言わない。
ただ、猫耳少女が一人、作業が終わってもこっちを見ていたのが気になった。
「なあ、ピート。あの娘、さっきからこっちを見てるんだが」
「ああ……大丈夫。なんでもないよ」
「そうか」
その間はなんだ。
と突っ込むのは野暮か。
トントン
ドアが叩かれる。
ん。ああ、さっきの事務服か?
「すべて野菜は引き取り完了しました。お代はピートさんに」
「あっ、どうも」
「それじゃあ、ありがとうございました」
「ああ、こっちこそ。品物も新鮮でいいものばかりだ。次もこれで来るんですか?」
「たぶん」
「よろしくお願いします」
気がつくと猫耳少女の姿はなかった。
異世界初の仕事を無事終えられたし、気にしないことにした。
帰り道は順調。
「どうだったんだ」
「大成功です。代金はいつもより二割も多かったですし」
「そりゃ、よかったな」
稼ぎも順調か。
あとは村に帰るだけ。
この時はそう思っていた。
村が近付き、これでようやくガレージに戻れる。
鼻歌の一つ歌いたくなったその時。
二人の前に赤い炎が――
ズガァァン
慌ててハンドルを切る。
あと少しで木にぶつけるところだった。トラックは無事である。
「危ねぇな! 何しやがる」
「何を言う。怪しげな黒魔道具を操る悪魔め」
目の前にいるのはフードを被った魔法使いとエンブレムを剥ぎ取った男だ。
憎々しげに睨みつける表情は村であった時より数段醜悪に見えた。
「ピート。あいつは誰なんだ」
「あれはアレク。隣の魔法使いは姉のパレッタだよ」
「どうして……って、まだ来るか!」
目の前の魔法使いが再び詠唱を開始している。
レストアが済んだばかりのこの車を壊されてはたまらない。
「もう、我慢ならねぇ」
「どうすんの?」
「こっちにも武器はあんのさ」
赤い筒を運転席の脇からひん剥き、車を降りて走っていく。
「悪魔め。成敗してやる」
「うるせぇ、ちゃんと町で全部売ってきてやったんだぞ」
「問答無用。パレッタ、焼き尽くしてくれ」
「ファイヤーボ……うわぁぁ」
シュワァァァ
情けない音を立てて、必殺の赤い筒から噴射された白い粉は、目の前の二人を真っ白に染め上げる。
「ゲホッ、ゲホッ」
「うっ、くそっ」
「見たか。こいつが粉末消火器の威力だ!」
カッコつけるとこじゃねーな、と思いつつ仁王立ちする光治郎。
どうやら、もう攻撃する気はなさそうだ。
この二人をどうするかと考えていると、村人が数人走ってくる。
一瞬、身構えるが、彼らがとらえたのはアレクとパレッタの方である。
「コージローさん。大丈夫ですか」
「ああ、俺は平気だ。それよりどういうことなんだ」
「わかりません。とにかくアレクが凄い剣幕でしたので我々は追いかけてきたのです」
このままでは埒が明かない。
光治郎はパレッタのフードを剥ぎ取った。
「長い耳……」
「あっ、やめて」
慌てて被り直すが、すでに全員がその姿を確認している。
周りの村人たちがザワつき始めた。
「パレッタさん。あんたエルフだったのか。それで……」
「ええ、そうです。私はこの近くで倒れていたところをアレクに助けてもらって」
姉弟ということにした、と。
ん、何かがおかしい。
違和感の正体がわからない。
それより、まずこの男をどうするか、だ。
「どういうつもりだ。俺が何かしたか?」
「ウルセェ、なんだこんなもの」
アレクはエンブレムを投げ捨てた。
車名の文字がひしゃげている。
それを拾い、はて直せるかな、と考えていると
すでに二人は村人に連れ去られてしまっていた。
「あのう、ここで話すのもなんです。あとは村に帰ってからにしませんか」
村長のその言葉にとりあえず、うなづく。
村の人たちに任せるかどうかは後で決めればいい。
村長宅に全員が集まっていた。
この騒動で強張った顔をしている者もいるが、ほとんどは作物が売れたと聞いてホッとしているようだ。
ちっとは、村の窮状も和らいだかな。
「まずは、村の作物を売っていただきありがとうございます。それでいかほどお払いすれば」
「いや、それはいい。今日はサービスだ。まずは自動車を見てもらうことが目的だったからな」
それでは、申し訳ないと何回か譲り合いが続く。
結局は、この村での食事や衣類の提供をしてもらうことで折り合いをつける。
「それじゃあ、そろそろ宴会にしましょうか」
「えっ、あのアレクの話は…… 」
「秘蔵の酒がありますぞ」
「エルフの魔法使い…… 」
「うちではパンを焼いておりましてな」
「おお、それは素晴らしい」
「あの………………ん、なんだ?」
誰かが袖を引っ張っている。
振り返れば、ピートが首を横に振っている。
この場は見逃せと言うことらしい。
「わかったよ」
酒とご馳走でもてはやされ、村長の家を出たのは深夜になってからだった。
長い一日が終わった。
考えなくちゃいけないことはたくさんある。
敵対してきたアレク。
それに触れようとしない村民たち。
他にももっと気になることが……
「あーやめだやめだ。修理屋ってのはな。うまく行かねぇことの方が多いんだよ。今日は儲かった。それでいいじゃねーか」
トラックをガレージにしまい、シャッターを閉めるところで、手が止まる。
「ライトが壊れてやがる。まあ、明日でもいいんだが」
最後の “気になるからな” と言う言葉を飲み込んだ。
きっと、火の玉を避けた時、木に僅かに触れたんだろう。
火の玉、魔法使い。人があんな魔力を持っているだろうか……
その時、ポケットからポロっと何かが落ちた。
アレクが投げてよこしたエンブレム。
「”ELF” ……エルフ! こいつが鍵か。まあ、いい。調べるのは明日。今はこれだ」
スパナを道具箱から取り出し、割れたベゼルを交換してボルトを締め直した。




