一服するのは転生してから
目が覚めると、知らない場所に立っていた。
「……どこだここ」
目の前には石畳が敷かれた道があり、周囲には草原と森が広がっていた。
ほ、本当に異世界とかいう場所に来てしまったのか? そもそも異世界って何⁈ え、俺って本当に死んだの⁈
若干パニックに陥っていた俺に声がかかる。
「主様」
「……」
「ねーねー主様ー」
「……もしかして俺のこと?」
「他に誰がいるんです?」
そう言ったのは先ほどの神様の配下の内の一人。
名はセブンスター……じゃない。そう、ハクアだったか?
ハクアの銀色の腰まである癖のない長髪は陽の光で煌めいている。
スタイルもかなりよく、身長は俺より少し低いくらいだ。
先程の空間で見た服装とは違う格好になっており、羽や天使の輪っかがない。
「一服したいので、タバコを下さい」
「……本当に天使なのか? お前」
「当然です。ほら、翼も出せます」
そういうとハクアは羽と輪っかを出した。
どういう原理かわからないが、本当に天使のようだ。
まあいいさ、俺も落ち着きたいし取り敢えず一服しよう。
……どうやって出すんだろうか。
とりあえず念じてみる。
すると、手元にキャスターマイルド――もとい今は名前が変わってウィンストンが一つ現れた。
おー、こんな感じか。
そう思いながらも出てきたタバコを観察する。
出てきたのはボックスタイプのタバコで、俺が生前に吸っていたやつと同じだ。
封を開け、一本口に咥える。
すると不思議なことに、勝手に火がついた。
お、おお……ライターも要らないのか。
不思議な仕様に驚きつつも、肺一杯に煙を吸い込み――静かに煙を吐き出した。
ああ――久しぶりの感覚だ。
入院してからというもの、タバコと酒は絶対に御法度だったので、かなり久しぶりのニコチンだ。
俺が二回目の吸いに差し掛かった時、手に持つタバコをハクアに奪われた。
「おい」
「――スゥ。あああああああ」
天使というだけあって美形な顔立ちをしているが、タバコを吹かす姿は……うん。
禁煙明けのおじさんのような振る舞いだ。
「なんというか……随分と、うん」
「久しぶりに吸ったんですよ? こうもなります」
ハクアはそっぽを向いて再び吸いだした。
そんなハクアを見ていた俺の服の裾をなにかが引っ張った。
「ん?」
「主様。僕もお酒が欲しい!」
そう言ったのはハイボール……じゃなくて、クロエと名乗る天使。
黒髪でウルフカット――だと思う。従業員の女の子に同じ髪型がいたので間違いはない。
身長は俺の肩くらいで、ハクアとは対照的に背は小さく、ハクアよりも胸が大きい。
こちらも服装が変わっており、羽と輪っかがない。
まあ……ハクアも結構あるんだけどな。何がとは言わんが。
「何か今失礼なこと考えました?」
「……いや? 全然考えてないが?」
「主様。お酒ー」
「あーはいはい」
俺は頭の中で、とりあえず缶チューハイを念じた。
すると目の前に氷結のレモンが現れる。
俺が手に取るよりも先にクロエに奪われた。
カシュッと小気味いい音を響かせ、クロエの喉を潤す音が聞こえてきた。
「んっんっん――ぷはぁ! 良い! 異世界のお酒最高!!」
どうやら気に入ったようだ。
俺は吸い終わったタバコを捨てようとしたが、携帯灰皿がないことに気付く。
しまったな。とそのことを失念していた。
俺はタバコのポイ捨てはしない性分だ。
喫煙者たるもの最低限のマナーは弁えるべしという考えの持ち主だ。
仕方ないので捨てられる場所が見つかるまで手で持つしかないか……
そう思った時、持っていたタバコが消滅した。
……もしかして俺が消そうと思えば消えるのか?
そう思い、新しいタバコを出し吸ってみる。
そして消したいと願うと――消えた。便利な機能だ。
足元を見てみると、どうやら灰自体も消えているようだ。
ハクアに視線を移すと、普通に携帯灰皿に捨てていた。
持ってるんかい。と心の中で突っ込みをしつつ、今後のことを相談する。
「さて、これからどうしようか」
「取り敢えずですが、この紙には街を目指せ。と書いてますね」
「はあ? 紙?」
「ええ、神様から渡されたやつで『異世界チュートリアル♡』って書いていますね。どうぞ」
ハクアが寄越した紙には、確かに「異世界チュートリアル♡」と書かれていた。
字がくねくねと湾曲していて、とても真面目に書かれた物とは思えないが、とりあえず読んでみる。
内容はこうだ。
最初は~、街道を道なりに行って町へぇGO~♪
その次はぁ~冒険者ギルドがいいんじゃない? かな? かなぁ?
日銭を稼いでぇ~宿に泊まったりぃ? あわよくば一晩のアバンチュール的なぁ~? キュルン♪
お金が貯まったらぁん、また別の街へぇぇぇ……レッツ! ゴー♡
紙を地面に叩き付けた。
「うっっざっっっっっっ!!!!!!!!!!!! 死ねよあのクソ女神!」
「まーまー主様。気持ちはわかるけどさ~、一応今は言われた通りに行動した方が良いよ~?」
「…………ああ⁉ なんでだ⁉」
「私も同感です。仮にも神様が書いた代物ですからね。何らかの予言が含まれている可能性があります。とりあえずは、この通りにするのが一番問題は少ないかと」
クロエとハクアの言う通り、今はこの通りにした方が良いのか?
わからん。
マジでわからん。
六十年生きてきた身として、理解出来ん。
――ん? 六十?
その時俺は、ある違和感に気づいた。
それは体が軽いということ。
軽いというか、全身の関節に痛みがない。
腰も痛くないし膝も痛くない。
おまけに腹も引っ込んでいる。
改めて自分の身体を触って確かめる。
今更だが服装も入院着から別のものに変わっている。
「どっちか鏡は持ってるか?」
「鏡は持ってませんが、似たような魔法は使えますよ。はい」
ハクアはそう言って俺の目の前に水を出した。
水は濁りが一切なく、鏡のように俺の姿を映し出した。
その姿は記憶の中にある二十歳の頃と同じ容姿をしていた。
「お、おおおお、若返ってる!」
「おめー」
クロエが拍手した。
自分が若返っているのに気づいたと同時に、思考回路も当時の若い頃に戻っているような気もする。
肉体と精神が二十歳の頃に戻ったのか……
そう考えると、本当に第二の人生を送れる実感が湧いてきた。
正直な話。
異世界というのがどういうのかわからない。
部下や若い社員が異世界転生物がどうのと話をしていたが……俺にはよくわからなかった。
あまりにも都合が良すぎる内容に、現実味がないと思っていた。
そもそも漫画もアニメもあまり見ずに、仕事一筋だったというのもある。
もうちょっとそういうものに触れておくべきだったか?
社員と孤児院の子たちを食わせるのに必死だったので、自分の趣味はタバコと酒くらいしかなかった。
まぁ、それが原因で死んだんだけどな。
入院する前に会社も一番信頼できる部下に任せたが、やはり心残りは孤児院の子供たちか……
あの子たちにひもじい思いはして欲しくない。
会社を任せた部下にも寄付は継続するように言ってあるが、思い通りに動く人間なんていないんだよな。
もしも部下が会社を私利私欲のために使っていたのなら、それはそれで構わない。
所詮俺は死んだ人間だ。仕方のないことだ。
俺は俺のやれることをやった――そう思おう。
「何を物思いにふけてるんですか? 移動を開始しましょう」
「主様ー、もう一本ちょうだい」
…………どう考えても、あの神にこの二人を押し付けられた気がする。
そもそも「押し付け」と言っていた気がするし……
「……はぁ、まったく」
「ため息ついてる暇があるなら歩きますよ」
「ねーねー、もう一本~」
缶チューハイをクロエに与えて、ハクアの後を追った。
現在発売中の「異世界転移は草原スタート!?」と交互に投稿しています。
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