転生特典は《無限嗜好品供給》でした。
俺の名は長岡社。
今年60になるも、まだまだ現役で仕事をこなすただの中年だ。
いや、だったと言うべきか。
今は病院のベッドで横たわり、死を待つばかりの中年だ。
思えば、孤児院生まれの天涯孤独の身ではあったが、人に恵まれた人生だった。
結婚はしなかったものの、仕事一筋でそこそこの会社を経営するまでに上り詰めることができた。
これといった趣味もなく。
休みの日には一日中タバコを吹かし、酒を飲む日々。
別にそれが嫌だと思うことはなかった。
代わり映えのしない日々ではあったが、それでも楽しく生きていた。
だが、そんな俺にも不幸が訪れる。
どうも最近体調が悪いと思い、病院へ行くと。
日々の不摂生が祟ったのか、肺と肝臓の両方に癌の腫瘍ができていた。
即入院からの治療を行ったが、今ではもう体を動かすことすらままならないほどに悪化してしまった。
医者からも遠回しに「もう長くない」と言われ、会社の引き継ぎやら遺産のアレコレを全て終わらせ。
ひと息ついた頃には、もう起き上がることすらできなくなっていた。
我ながら呆れるような最後だ。
死ぬ瞬間というものは、誰しも「死にたくない」と嘆き悲しむものだと思っていた。
自分自身も、その時が来れば恐怖に震えるのだろうと。
だが、いざその瞬間を迎えて、脳裏に浮かんだのは――
一番高かったあの酒を飲みながら、一服したかったな……
ソレが自分の体を蝕む元凶だというのに。
本当に……我ながら呆れる最後だ。
ピッ、ピッ。
と、規則正しく鳴っていた心電図の音が次第に遠くなっていく。
意識が遠のき、静かに瞼が落ちたーー
ーーーーーー
ーーーー
ーー
次に目が覚めた時には、見渡す限り白い空間に立っていた。
天井も壁も床もない白い空間。
だが落ちることなく、宙に浮かぶようにその場に留まっている。
そして、先程まで感じていた全身の痛みや、体の重さが嘘のように消えていた。
「はい。お疲れ様~」
不意に緊張感の抜けた間延びした声が辺りに響いた。
声のした方を振り返る。
そこには、白いローブを身に纏い。
頭の上に金色の輪っかを浮かべた女性がいた。
背後には神々しい後光まで射している。
それはまさに、本やテレビで描かれる「女神」そのものの姿だった。
だが、その女神は空中で胡座をかきながら、手元の平たい板を指でスイスイと操作していた。
あれ、タブレットに似ているな。
そんなことを考えていると、女神が口を開く。
「えーっと、貴方の死因は……肺ガンと肝臓ガンね。あー、これじゃ助からないわね~。まあ助からなかったから、ここにいるのだけれど(笑」
……なんだ、この軽いノリは。
人の死因を見て今うっすら笑わなかったかこの女。
いや、そうか。
やはり俺は死んだのか。
「フフフ。そんなに睨まないでね。評価はちゃんとしてあげるから。えーっと、孤児院育ちで、成功してからはそこへ大金を寄付してて……へえ、他にも色んなところに匿名で寄付してるのね。あれ、貴方って見た目に反して結構な善人なのかしら?」
確かにいくつかの施設には金を送ってはいたが、それは世話になった恩を返すためにやっていたことだ。
善人かといわれれば首を傾げたくもなる。
「うーん。これは『転生』ね。同じ地球……は、つまんないわよねえ。何処の世界にしようかしら……ここなら丁度いいかしらね?」
俺の意見は一切聞く気ないみたいだな。
「えー? でも特典は与えてあげるわよ? チートスキルってやつね。貴方の世界では流行ってたでしょ? ――そうだ、貴方ってタバコとお酒が原因で死んだのよね?」
女神は小気味よくパチンと指を鳴らした。
その瞬間、俺の身体がカッと眩い光に包まれ、すぐに静まる。
「はい。貴方には《無限嗜好品供給》をプレゼントしたわ」
《無限嗜好品供給》? なんだそりゃ。
チートスキルとか言っていてが、俺にはなんのことかさっぱりだ。
意味がわからない。
「簡単に言えば貴方が知っているか、もしくは見たことのあるタバコとお酒を『無限』に生み出せる能力よ。銘柄の指定もできるし、度数や味も本物。超高級ヴィンテージから、安酒まで出し放題! やったわね!」
……癌で死んだ俺に対する嫌がらせか?
「いやいや、ちゃんとしたご褒美よ? オマケで貴方の身体の『健康状態』は今のままで固定にしてあげる。だからタバコやお酒のデメリットは全部無効になるし。ちゃんと気持ちよく酔えるうえに他の病気への耐性もコンプリート。もう同じ死に方はできないから安心してね。あ、ついでに寿命でも死なないから」
……は? それは不老不死ってことか?
「不死ではなく不老ね。物理的に死ねばそこまでだけど、病気にもかからないし健康に害を及ぼすような毒の効果も受け付けないから、上手く生きれば死ぬことはないから安心してね」
安心とは。
「あとね」
女神は、どこか企みを含んだ笑みを浮かべた。
「配下を二人。君に押しつ――じゃない。与えるわね」
ん? おい、今何か言いかけなかっ――!?
その瞬間――背後にただならぬ気配を感じ、振り返ると二人の女性が音もなく佇んでいた。
一人は、吸い込まれそうな銀色の長髪。
口元には紙タバコを気だるげに咥えている。
もう一人は、野性味のある黒髪のウルフカット。
なぜか片手には一升瓶をぶら下げていた。
二人とも息を呑むほどの美女だが、放つオーラが尋常ではない。
「はい。二人とも、彼が今日から君らの新しい主様よ。自己紹介して」
銀髪の美女が、面倒くさそうに口を開く。
「セブンスター・マルボーロ・ハクアです」
続いて、黒髪の美女が一升瓶を軽く掲げる。
「ハイボール・黒霧島・クロエでーす。よろしく~」
俺は二人を指差しながら女神を見た。
「ほら、二人とも。ちゃんとしなさい。ぶっ殺すわよ?」
女神が笑顔のまま凍りつくような声を出すと。
銀髪の美女は紙タバコを口元から外し、煙を吐く。
「ハクアです」
黒髪の美女は酒瓶を一口飲み。
「クロエで~す」
なんというか……適当な自己紹介だ。
「この二人はね……強さは配下の中でも一、二位を争うんだけど、ちょーっとだけ素行が悪いのよね~。貴方に与えた能力を使って上手く手懐けてね」
……え、上手く手懐けろと言われても。
「まあまあ、タバコとお酒を与えてれば案外大人しい子たちだから。あと貴方に危害は加えないようにしておくから。ほら、安心でしょ? でも貴方が彼女たちを殺そうとしたらら普通に抵抗されるから気をつけてね? それでは汝に良い異世界ライフがあらんことを~」
ちょっ待っ――!!
女神が手を振ると男と二人の天使が姿を消した。
「……ふう、やっとあの二人を押し付けられるーーじゃない。任せることのできる相手が来てくれたわね。これでここも少しは平和になるかしらねえ」
そう呟き、フッと姿を消した。
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