一服は後始末の後に
宿屋へ向かう道中、後ろから言い合う声が聞こえた気がしたが、無視することにした。
俺らには関係のない話だからだ。
それにしても、少し疲れたな……
思えば朝から歩きっぱなしのうえに、あのアホらしい騒動に巻き込まれたんだ。
「健康固定」の体だけあって肉体的な疲労はほとんどない。
疲労がないとはいえ、精神的な摩耗までは防げないらしい。
気分的に疲れたのだ。
後ろからは、クロエが「お酒、お酒……」と小さく呟く声が漏れ聞こえてくる。
……クロエに釣られたわけではないが、宿に着いたら飲みながらゆっくり休もう。
そう心に決めて、宿の扉を開けた。
「――おや、アンタらか。いつの間に外に出たんだ?」
出迎えたのは宿の店主だった。
俺らが男たちと宿を出た時には、店主の姿はなかったはずだ。
念のため、確認しておくか。
「ああ、今戻った。少し聞きたいんだが、俺たちが最初部屋に行った後に、誰かここを訪ねてきたか?」
「客かい? ……あんたらに用がありそうな奴は来てないな。ただ、村の若いのに荷運びを手伝ってくれと言われて、一度外に出てたんだ。その間のことまではわからないな」
「そうか。いや、俺たちが出る時にあんたがいなかったからな。誰も来てないならいいんだ」
なるほど……店主を外へ誘い出している隙に、俺たちを連れ出したというわけか。
あいつらにとって、店主に見られるのは都合が悪かったんだろう。
(主様。そこそこ強いですよ、この人)
不意にハクアからの念話が届き、思わず肩が跳ねた。
顔だけを動かして後ろのハクアを見ると、頭の中で問い返す。
(人間基準でか?)
(もちろんです。元冒険者か何かじゃないでしょうか)
なるほどな。
あいつらが店主を遠ざけたのは単に騒ぎを隠したかっただけでなく、この店主が怖かったからか。
まあ、今となってはどうでもいい話だが。
「それじゃあもう部屋に戻るから、俺たちに客が来たら教えてくれ」
「ああわかった」
この店主は他の村人とは違うことを確認できたので、俺たちは部屋へと戻った。
◇
「あああああああああ、疲れた……」
「お疲れ様です、主様」
「……お酒、お酒、お酒」
ずーっとお酒お酒とクロエは呟いてた。
正直うるさいし、鬱陶しいので《無限嗜好品供給》で500mlの缶を三つ出し、クロエに渡す。
「……タバコ、タバコ」
その様子を見ていたハクアもクロエの真似をしだしたので、タバコを出し手渡す。
「催促したみたいになって申し訳ありませんね」
「催促してただろうが」
「――カッー! うまい! もう一杯!!」
既に飲み始めているクロエを無視して、ハクアは続けた。
「それで主様。元凶の女はどうするおつもりですか?」
「元凶? ……ああ、元々生贄になる予定だった女か」
ハクアの言う元凶の女。
リーダー格の男をそそのかし、俺たちを生贄にしようとした女のことだ。
俺個人としては落とし前はつけておきたいが、村人たちの判断に任せようと思う気持ちもある。
だが果たしてそれでいいのだろうか。
アレコレ言い訳をしてなあなあに済ませようとするかもしれない。
その時は……ハクアに少し暴れてもらうとしよう。
俺は《無限嗜好品供給》から新たに酒を出すと、クロエに奪われる前にプルタブを開けた。
◇
つまみを食べながらクロエと酒を飲んで時間を潰しているが、一向に村の連中が尋ねて来ない。
そろそろクロエの武勇伝を聞くのも大変になって来た。
別の世界の神の軍勢を相手にしただの、世界を食らう魔物をハクアと一緒に討伐しただの、どれも規模が大きすぎて頭が可笑しくなりそうだ。
そんな中、クロエが聞き捨てならないことを口走った。
「あっ、そういえば。僕がさっきの男が言ってた生贄の女の頭の中も覗いたんだよね。そしたらさ~裏で別の男とも約束してたんだよね~。村が混乱してる隙に、北の商人の馬車で本命の男とずらかる計画だったみたい」
俺は手に持つ缶の中身を一気に飲み干し、タバコに火をつけた。
ふぅぅぅぅぅぅぅ――ほんまコイツは…………
「なんで今言うんだ?」
「え~? 今からでも余裕で追いつくし、僕が目をつけたんだから逃げられるわけないじゃん」
「……ハクア。お前は知ってたか?」
「いえ。私は索敵系は苦手なので、クロが余裕で追いつけるのであれば、私が行けば確実に仕留められますよ?」
「そうか……」
「追いますか?」
「……………………いや、追わなくていい。なんか……もうどうでもよくなった」
俺はタバコを一口吸い、すぐに消すとベッドに横たわった。
「どうでもいい。というのはどういう意味でしょうか?」
「そのままの意味だ。そんなゴミに時間を掛けるだけ無駄だ。クロエがどんな奴か覚えているんだろ? なら次に会った時にでも対処すればいい」
「そっか~! まあ、僕が一度補足したからには、世界の果てまで逃げても無駄だけどね~」
クロエはケラケラと笑いながら、新たな缶を開けた。
ハクアも納得したのか「主様がそう仰るなら」と、それ以上追及してくることはなかった。
俺は新たに酒とタバコを出しておき、眠りにつくことにした――ぐぅZzz
◆
ヤシロが眠りにつき、寝息を立て始めた頃。
「クロ。追える?」
「余裕~。どっちが行く? 殺しはなしだけど」
「そう、なら私が行くわね。主様もあんな言い方をしたけれど、内心では腹に据えかねているでしょうから」
「ハーちゃんさ~、随分と気に入ってるね~」
「……さあ? 何のことかしらね。私は主様の邪魔をする存在を排除するだけよ」
「はいはい。そういうことにしときますよ~っと」
ハクアは窓を開け、静かに追跡を開始した。
◇
村から数キロ離れた街道。
北へと向かう一台の馬車をナニカかが横切ると、馬車を引いていた馬の首が消し飛んだ。
突然の衝撃と血飛沫を受けた御者は短い悲鳴を上げ馬車から転げ落ちた。
制御を失った馬車が激しく揺れて横転し、土煙が舞う。
「――痛っ……な、何?! 何が起きたの?!」
馬車から這い出してきた女が吠えた。
「いたたた……何が起きたんだ?」
同じく女と年の近い男が這い出てくる。
「あら、生きてたのね? よかった。無駄な魔力を使わなくて済んだわ」
這い出た女にそう告げたのは、銀色に輝く髪をなびかせた女だった。
女が見てきたどの女性よりも美しく、そしてまさに自分が思い描く理想像の様な容姿をしていた。
「あ、あんた、誰よ……」
女が震える声で問いかける。
当然だが彼女はハクアの姿を知らない。
村のリーダー格の男に「お前の代わりに他の生贄を用意する」と告げられた瞬間。
彼女は男に感謝するふりをして、その足で本命の男と村を脱出したのだから。
だからこそ、代わりの生贄が誰なのか、その後の騒動も彼女は知らなかった。
だが、ハクアはそんな疑問に答えるつもりはさらさらない様子で――女を前にして、冷たく微笑んだ。
「私が誰かなんてどうでもいいでしょ? 貴女は主様を不快に……いいえ、迷惑をかけた。それだけ理解していればいいわ」
「主様……? 何を言って――」
女が言葉を言い切る前に、ハクアが一歩、音もなく踏み出した。
ただ、一歩踏み出す。
その一つの動作に、ハクアは己が出せる全ての殺気を込めた。
「――っ! あ、がっ……ひ、いっ……!!」
女が浴びたのはただの殺気だった。
外傷は一切ない。
毒の類すら存在しない。
ただ純粋なまでの一つの思い。
――貴様を殺す。
誰もが心の中で一度は思い浮かべる感情。
心の中では思っていても、表にはなかなか出す事のない感情。
ハクアはそれだけで女の戦意を削ぎ落し、意識を刈り取った。
ドサリと力なく女が地面に崩れ落ちる。
外傷もなければ、血が流れているわけでもない。
しかし、その瞳からは生気が失われ、ただ虚空を見つめたまま痙攣していた。
ハクアが放ったのは物理的な攻撃を必要としないほどの、純粋で濃厚な「死」のイメージそのものだった。
「――あら。この程度で……思ったより脆いのね?」
ハクアはそう言うと、同じように気を失っている男の頭をゴミを払うように飛ばそうとしたが――直前でピタリと手を止めた。
(……必要なのは女だけ。それ以外は主様との約束があるから殺しちゃダメよね……馬は……うん。人じゃないから問題ない)
意識を失った女を担ぎ挙げ、ハクアは村へと引き返した。
人じゃないからセーフ




