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5人のエルフとアトマムの街


 ススキノから東へと向かう道中のさなか。

 ここ数か月、巨人たちが出没するとも言われる危険な旅路だったが、禿頭の商人、バルバー率いる〈バルバー商会〉のメンバーの表情には怯えはなかった。

 元は無謀な販路開拓だった。これから向かうアトマムの街は妙に閉鎖的で、付き合いの長い商人としか取引がなかった。大規模な商隊の出入りはしばらくなかったと聞いている。

 辺境の立地と、よそ者をよしとしない気風。それが、アトマムとの商売のハードルだったのだ。

 しかし、バルバーは空気の読める男であり、かつ、空気を読まない男だった。

 周りの商人らの制止も聞かずに単身アトマムへと乗り込み、〈大災害〉直後の混乱で代替わりしたばかりの領主と、その補佐とに話をつけ、けんもほろろの対応にも挫けず交渉を繰り返し、ついに今回の大きな商談にこぎつけたのである。馬車5台分。これが多いか少ないかは意見が分かれるところだろうが、バルバーにとっては、新たな大きな展開の第一歩であった。

「……でも大将、なんでよりによって巨人騒ぎが出てるこんなときに」

「ばっかおめー。だからだよ。大方、街道の巨人騒ぎで、アトマムに出入りしてた古参がびびって手ェ引いたんだろ。だから、アトマム側も、俺らみたいな新参を受け入れざるをえなかったのさあ」

「ほえー。そういうもんすか」

「それに、今回の俺らにゃあ、エッゾ最強がついてるんだ」

 そう言って、バルバーは一台の馬車を顎で指した。

 その荷台には、5人のエルフが乗っている。

 もっといい馬車を用意しようか、という提案に首を横に振った謙虚な英雄たち。

 ギルド〈シルバーソード〉の中でも、中核をなすとされる〈冒険者〉だった。

「なんというか、気品がありますよね、あの人ら」

「なんでも、トリシルティスの名家の出らしいぜ。ナロウマウントの王位継承権もあるとか」

「……ちょっとまて。ナロウマウントってエルフの国だろ。あそこ王位制だったか?」

「どうだっけ。まあ、ぶっきらぼうだが育ちの良さは見てとれるし、連れてるのが騎士に宮廷魔術師、主席女官に密偵だ。当然〈冒険者〉の中でもやんごとなきお方なんだろうさ」

「出自がなんだろうが、要は〈シルバーソード〉のウィリアム=マサチューセッツがついてる以上、この〈バルバー商会〉の道中は安泰ってことよ! ほら、もうすぐアトマムだ。だらけてんじゃねえぞ!」

「おうさー!」



 馬車の中で、エルフの青年が仏頂面のまま、長い耳をわずかに震わせた。

 それが、照れたときや落ち着かないときの彼の癖であることを、周りの仲間たちは知っている。

 精悍な顔つきではあるが、荷台で腰かけている5人のエルフの中では最年少。若干表情には幼さも残っている。ギルド〈シルバーソード〉のギルドマスター、ウィリアム=マサチューセッツその人だった。

「……トリシルティスの名家ねえ」

 にんまりと意味ありげに笑うマントの魔術師、プロメシュース。ギルドの参謀役にして、ギルドマスターのいじり役をも自認するこの青年を、ウィリアムは睨み返した。

「うっせぇエセ宮廷魔術師」

「エセ上等。マーリンに白の魔術師、灰鷹の魔法使い、マジックユーザーってのは総じてうさんくさいもんさ」

 ”ミスリルアイズ”の異名を持つ、多くのレイドボスを射抜いてきた鋭い視線も、付き合いの長いこの魔術師には通じない。プロメシュースは飄々とウィリアムの言葉を受け流した。

「からかわないの。ウィリアムはあんたみたいに面の皮が厚くないんだから」

 ギルドマスター擁護に回ったのは、メイド服に身を包んだエルフ女性、浮世。ギルドの第一回復役を務める、中核メンバーだ。この言動のとおり、ギルドの風紀を引き締めるまとめ役でもある。

「迷惑になる話でもなし、否定してまわることでもないでしょう」

 そう結論づけるのは、重厚な鎧に身を包んだエルフの戦士、ディンクロン。〈大地人〉からは、”花冠の騎士”と呼ばれ、ファンも多い青年だった。

 ウィリアム、プロメシュース、浮世、ディンクロン。この4人は、現在100名程度の大所帯となったギルド〈シルバーソード〉の設立メンバーだった。〈エルダー・テイル〉がゲームであったころ、野良パーティで出会い、うまがあった4人を中心に、かつて存在した伝説的なプレイヤー集団〈放蕩者の茶会〉に憧れて生み出したレイドギルド。それが、〈シルバーソード〉だ。

「ディンクロンはすっかり「騎士サマ」だもんなあ」

「中身は遠慮しいの田舎ものなのに、〈大地人〉ビジョンだと、奥ゆかしい清廉なナイトさまだもんね」

「人間自分の見たもので判断すればいい。実際に会って話して、なおもそう思ってくれるなら、あの人たちの中のディンクロンはそういうものなんですよ」

「……ディンクロン、大人。1%でもポロにコンバートしたい」

 5人の中で唯一の新参メンバー、マフラーと黒装束がトレードマークの長身のエルフ、エルテンディスカがうんうん、と頷く。

 今でこそ「エッゾの英雄」である彼らだが、元の世界では、それぞれ、日本で生活する平凡な学生や、社会人にすぎない。〈エルダー・テイル〉が好きで、熱中できて、そんな共通点で結びついただけの、ゲーム仲間だ。「セルデシア」という世界が現実となった〈大災害〉後も、こうして軽口をたたき合う彼らの関係は、以前とさほど変わっていなかった。

「まあ、事実はどうあれ箔がつくことは悪いことじゃあない。特に……これからみたいに、お偉いさんとやりとりする可能性があるなら、架空の血筋も立派な武器になる」

 だが、それでも、異世界での生活で実際に顔を合わせる中で新たに見えてくることもある。たとえば、高慢ちきにみえたポロロッカが実は妙に生真面目なことや、順三が極端な甘党であること、河太郎が想像以上の遠慮しがりやであること、そして、今プロメシュースが浮かべている、どこか獰猛にも見える笑顔も、ウィリアムが〈大災害〉後、新たに知った仲間の性質の一つだった。いつもの飄々とした物言いとは違う、熱を帯びた様子。何かを思いついて、その全貌を味方にも隠しているとき、たまにこの参謀役はこうした表情を見せるのだ。

「……ここまでついてきてなんだけど、プロメはなんでアトマムにそんなにこだわるのかしら? 何件か発生してる失踪事件? は、他の〈冒険者〉が追ってるんでしょ?」

 浮世がプロメシュースに問いかけた。

 こうして5人が馬車に乗っている発端は、エッゾ南部に派遣していたギルドメンバーを通じて寄せられた情報だった。

 アトマムの街の警護にあたっていた傭兵が、ここ数か月で数名失踪している。彼らの遺族から、捜索の要望が出されている。そんな話に、プロメシュースが興味を持ったのである。

 〈シルバーソード〉には、エッゾ各地から日夜多くの依頼や情報が舞い込んでいる。およそ100名程度所属しているギルドメンバーのうち、最先端のレイドや困難な戦いに挑む「一軍」は20名強だが、それ以外のメンバーはローテーションを組んでエッゾ各地に散り、窓口となって〈大地人〉からの要望に耳を傾けているのだ。

 もちろんそれは単に慈善事業のためではない。そうした要望の中から、彼らがエッゾに来た本当の目的であるレイドクエストのヒントを見つけ出すことこそ、大きな目的だ。

 そんな中、〈シルバーソード〉の参謀役、プロメシュースは数ある情報の中でも、なぜかこのアトマムの失踪事件にレイドの手がかりの気配を感じたらしい。直感型の彼のこと、細かな説明はなかったが、領主とのやりとりが必要になるらしいとのことで、ギルドマスターであるウィリアムもまた、遠征に駆り出されたというわけである。

「アトマムの街は、〈大災害〉以降、ほとんど〈冒険者〉に依頼を出してないのさ。不思議なことにね。地形的には、色々なエネミーの被害が出てもおかしくないのに、だ」

「でも今回の失踪事件は〈シルバーソード〉に話が来たじゃない」

「そこだ。調べてもらったんだが、その依頼はいずれも「街の外出身の傭兵が失踪して、その遺族が依頼をしたもの」。つまり、アトマムの街の住人あるいは領主からの依頼じゃあない」

「……だんまり決め込んでるアトマムが何か怪しいってこと? 外の人間を使い潰してるとか?」

「まあ、それにしては行方不明の件数が少ない。そこも含めて妙なのさ。〈冒険者〉に依頼をしていない、かつ、エネミーが出没する土地柄ということは、アトマムの街は〈大地人〉の傭兵らで警護隊を編成して街を守っているんだろう。エッゾのエネミーは〈大地人〉だけで相手をするには厳しすぎる。もっと悲惨な被害が出てもおかしくないはずだ。けれどアトマムは健在、傭兵の損耗も少ない。なら、アトマムは、何か「裏ワザ」を使っていると予想するのが自然ではないかね、簡単な推理だよディンクロンくん」

「……この場に熱心なシャーロキアンがいなくてよかったですね、エセ名探偵殿」

「なにそれ! そんなんでウィリアムを担ぎ上げたってわけ? ウィリアムもそれでいいの?」

 浮世の問いかけももっともだ。ウィリアムにはプロメシュースの推理とやらは半分も理解できなかったし、なぜ怪しいかも、よくわからない。ただ、ウィリアムはウィリアムなりに、アトマムの状況に興味を持って、現地を見ようと思ったのだ。

「……俺はアトマムが妙かどうかはよくわからないが。もし、〈大地人〉の力だけで、〈冒険者〉に頼らず、自衛する意志があって、実際そうできてるなら、そりゃすげえことだろ。したくてもそうできてない村をこれまでいくらでも見てきたし。もし、アトマムの領主がその方法を教えてくれて、他の村でも真似できることだったら、いいなって。そう思っただけだ」

 訥々としたウィリアムの言葉に、プロメシュースが口元を歪めて浮世を見る。

「ああもう、わかったわよ。なんだかんだでプロメの勘が当たるのはわかってるし。癪だけど」

「交渉成立。御足労をおかけしますね、レディ」

「……わざあり。プロメシュース」

 観念したように天を仰ぐ浮世。鼻歌混じりにそれを眺めるプロメシュース。

 ウィリアムはその決着を見届けてから、視線を荷馬車の外へと向けた。

 雪と、木々とに囲まれた曇天の大地。レイドをするためにやってきたエッゾの島。

 この地で、ウィリアムは色々な人間を見てきた。それも、元の世界では経験したことのない密度で、だ。ゲームの中でしかないと思っていた世界が現実となり、目の前の生活と、危険とに懸命に向き合う〈大地人〉たちの声を聞いた。多くのレイドを攻略し、〈大地人〉たちの歓迎の声を浴びた。もしこれが放置されていたら、このあたり一帯は人の住めぬ地になっていた、と。

 その結果として、レイドに対する意識も変わってきた。レイドは、楽しい。打ち込めるもの。仲間と一緒に走り抜けるもの。それは変わっていない。ただ、それにもう一つ理由が増えた。レイドクエストとは、このセルデシアにおいては、人間の社会を根底からひっくり返すような規模の危機なのだ。

 事実、イースタルではレイドクエストの攻略が一定期間されなかったせいで、ゴブリンによる大規模な侵攻が発生し、多くの〈大地人〉の村落に被害を及ぼしたという。

 ウィリアムは自分が世界を守る勇者だとは思っていない。エルフの王位継承者だなんてとんでもない。エッゾの救世主だなんておこがましい。いつかのレイドの中で口にしたように、それしかとりえのないクソゲーマーでしかないと、今でも自分を評価している。

 それでも、自分にたくさんのわくわくと、仲間と、とりえをくれたこの世界を、セルデシアの危険を放っておくことなど、ウィリアムにはできなかった。

 馬車がその動きを止める。商隊の主、バルバーの大声が響いている。

 どうやら、目的地についたらしい。

 荷台から降りようと立ち上がりかけたウィリアムは、幌を上げて中を覗き込んできた相手と目が合った。

「……〈冒険者〉」

 妙齢の女性。浮世よりもさらに幾つか年上だろうか。一見すると男性を思わせる礼服に身を包んだ、隙のない身のこなしの〈ヒューマン〉族。おそらくは、アトマムの街の役人なのだろう。彼女の硬質な顔立ちが、ウィリアムを見てさらに冷たいものへと変わった。

「~♪ ……痛っ」

 反応を冷やかすように口笛を吹いたプロメシュースを、アトマムの役人が睨みつける。

「失礼しました。品がない奴ですみません」

 浮世が間髪入れずプロメシュースの後頭部にチョップを叩き込み、無理やり頭を下げさせる。

「いえ、お気になさらず。商隊の護衛……4名ですか。大所帯ですね、お疲れ様です。ですが、この街には〈冒険者〉を快く思わぬ住民も多い。どうか、みだりに出歩かれませぬように」

 淡々と告げると、役人は別の馬車へと向かった。ウィリアムたちをよそに、他の役人たちが現れ、〈バルバー商会〉の持ち込んだ品を検分していく。

 馬車の荷台では、突然の対応に言葉を失うウィリアムたち3人をよそに、プロメシュースだけが上機嫌に鼻歌を鳴らしていた。

「さあ、捜査を始めよう。〈銀剣遊撃隊(SSイレギュラーズ)〉の出動だ」


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