芥川龍之介「蜜柑」読書メモ
久々に書評からは外れるかもしれませんが、書きました。少し時間がかかり苦労しました。内容についてですが、自分の視点で書きましたので、解釈が違うと思われたのならご容赦ください。
今回は久々に書評ではないのだが、この芥川龍之介の「蜜柑」という作品を読み、思いついたことをメモとして書きとめようと思う。最近、再読してみて短編小説に大切なことが含まれ、なかなかおもしろかったことに気が付いたのである。
まず、取り上げる「蜜柑」であるが、1925年に芥川が横須賀にある海軍機関学校に英語教師として教鞭をとっていた時に書かれたものである。芥川はこの時、二十四歳であった。「蜜柑」は芥川が日常、東京と横須賀を行き来していた汽車の車内で起こった出来事をまとめたものと考えられ、表現力と構成力が非常に高く、芥川の感じた感情の動きがこちらによく伝わってくる文章である。短編小説を得意とした芥川の筆がのった良い作品であると言えよう。
芥川龍之介を簡単に説明しておこう。芥川龍之介は1892年に現在の東京都中央区明石町に生まれた。芥川龍之介はなんと言っても、芥川賞(芥川龍之介賞)で有名である。芥川賞は彼の功績を記念して菊池寛に1935年よって設けられた。芥川賞は純文学の分野における登竜門に位置づけられている。芥川龍之介は大正から昭和初期にすぐれた短編小説を発表し活躍した大家である。1913年、東京帝国大学文科大学英文学科に進み、1915年、大正2年に早くも代表作といわれる「羅生門」を『帝国文学』に発表、また、その後、同級生の紹介によって夏目漱石の門下生となった。芥川の代表的な作品として「鼻」「地獄変」「河童」などがある。芥川はいくつかの小説の題材を「今昔物語」にもとめていたことも知られている。
また、作品の背景になっている鉄道についても説明したい。この作品の理解につながるからである。この作品はほとんどの場面が汽車の車内が舞台となっているからである。この鉄道路線は横須賀線といい、現在はJR東日本の路線の一つで、神奈川県の大船駅から横須賀市の久里浜駅を結んでいる。横須賀線は東海道本線の支線として横須賀軍港への人員と物資の輸送の必要から戦前は重要とされ、1889年には開通している。横須賀線の路線の特徴は鎌倉、逗子など三浦半島の相模湾側を走り、中ほどで東京湾側に折れて横須賀に向かう丘陵地帯を走るルートのためにトンネルが多くなっていることがあげられる。作中でトンネルに列車が入る場面が多いのはそのためである。また、芥川が乗っている二等車というのは簡単に言えば今のグリーン車のようなもので、沿線に鎌倉や逗子と言った景勝地を抱え、横須賀の高級軍人や、所得の高い人々の利用も多かったという。現在ではその名残すらないが、戦前はちょっとした路線であったようである。
この作品は1925年、大正14年に書かれたものであるが、実際では、この年の末には横須賀線は電化され、作中にあるようなトンネルで芥川が汽車の煙に悩まされるという場面はなくなっていると考えられる。ただ、これは芥川の体験から出た創作であり、この作品は汽車でなくてはと私は思うのだが皆さんはどう感じるだろうか。
取り上げる「蜜柑」であるが、文末に全文を掲載するので、そちらも、ぜひ読んで頂きたい。
まず、導入からである。
『或曇った冬の日暮である。私は横須賀発上り二等客車の隅に腰を下して、ぼんやり発車の笛を待っていた。とうに電燈のついた客車の中には、珍らしく私の外に一人も乗客はいなかった。外を覗くと、うす暗いプラットフォオムにも、今日は珍しく見送りの人影さえ跡を絶って、唯、檻に入れられた小犬が一匹、時々悲しそうに、吠え立てていた。これらはその時の私の心もちと、不思議な位似つかわしい景色だった。私の頭の中には云いようのない疲労と倦怠とが、まるで雪曇りの空のようなどんよりした影を落していた。私は外套のポッケットへじっと両手をつっこんだまま、そこにはいっている夕刊を出して見ようと云う元気さえ起らなかった』
『或曇った冬の日暮である』からはじまる暗い書き出し、マイナスの書き出しといえる。プラスのアップの書き出しからはじまる小説もあるがこれは逆である。もちろんどちらが良いということはない。文中の私はおそらく、芥川龍之介自身ということである。ということは私小説的な流れに位置する作品といっても良いと思う。ということで私を芥川で解釈してみることにする。
はじまりから憂鬱な感じが漂っている。それがよく現れているのがプラットホームに檻に入れられた子犬がいて悲しそうに時々吠えるという場面であり、芥川自身の心理を描写している。ホームに犬の檻があるというのは現実的な光景とは考えにくいが、うまく物語の世界に連れ込まれていく部分で、この段落自体がやはりすごく巧い。ここを読んでいるとずるっと引き込まれていく感覚がある。なんともいえない疲労と倦怠という感覚がこちらに乗り移ってくるようである。さらに、二行目に『ぼんやり』という言葉が出てくるが、これは目を引く、というのも芥川が死に際して『ぼんやりとした不安』という言葉を遺していて、『ぼんやり』とは芥川にとってどんなパーソナルな感覚を持つ言葉かということを思い起こさせるからである。まあ、気にしだすとキリがないので、ここでは言及するにとどめておきたい。
さて先を続けよう。次は展開である。少し長いが引用する。
『が、やがて発車の笛が鳴った。私はかすかな心の寛ぎを感じながら、後の窓枠へ頭をもたせて、眼の前の停車場がずるずると後ずさりを始めるのを待つともなく待ちかまえていた。ところがそれよりも先にけたたましい日和下駄の音が、改札口の方から聞え出したと思うと、間もなく車掌の何か云い罵る声と共に、私の乗っている二等室の戸ががらりと開いて、十三四の小娘が一人、慌しく中へはいって来た、と同時に一つずしりと揺れて、徐に汽車は動き出した。一本ずつ眼をくぎって行くプラットフォオムの柱、置き忘れたような運水車、それから車内の誰かに祝儀の礼を云っている赤帽――そう云うすべては、窓へ吹きつける煤煙の中に、未練がましく後へ倒れて行った。私は漸くほっとした心もちになって、巻煙草に火をつけながら、始めて懶い睚をあげて、前の席に腰を下していた小娘の顔を一瞥した。
それは油気のない髪をひっつめの銀杏返しに結って、横なでの痕のある皸だらけの両頬を気持の悪い程赤く火照らせた、如何にも田舎者らしい娘だった。しかも垢じみた萌黄色の毛糸の襟巻がだらりと垂れ下った膝の上には、大きな風呂敷包みがあった。その又包みを抱いた霜焼けの手の中には、三等の赤切符が大事そうにしっかり握られていた。私はこの小娘の下品な顔だちを好まなかった。それから彼女の服装が不潔なのもやはり不快だった。最後にその二等と三等との区別さえも弁えない愚鈍な心が腹立たしかった。だから巻煙草に火をつけた私は、一つにはこの小娘の存在を忘れたいと云う心もちもあって、今度はポッケットの夕刊を漫然と膝の上へひろげて見た。するとその時夕刊の紙面に落ちていた外光が、突然電燈の光に変って、刷の悪い何欄かの活字が意外な位鮮に私の眼の前へ浮んで来た。云うまでもなく汽車は今、横須賀線に多い隧道の最初のそれへはいったのである。
しかしその電燈の光に照らされた夕刊の紙面を見渡しても、やはり私の憂鬱を慰むべく、世間は余りに平凡な出来事ばかりで持ち切っていた。講和問題、新婦新郎、涜職事件、死亡広告――私は隧道へはいった一瞬間、汽車の走っている方向が逆になったような錯覚を感じながら、それらの索漠とした記事から記事へ殆機械的に眼を通した。が、その間も勿論あの小娘が、あたかも卑俗な現実を人間にしたような面持ちで、私の前に坐っている事を絶えず意識せずにはいられなかった。この隧道の中の汽車と、この田舎者の小娘と、そうして又この平凡な記事に埋っている夕刊と、――これが象徴でなくて何であろう。不可解な、下等な、退屈な人生の象徴でなくて何であろう。私は一切がくだらなくなって、読みかけた夕刊を抛り出すと、又窓枠に頭を靠せながら、死んだように眼をつぶって、うつらうつらし始めた』
芥川を乗せた列車が滑り出す。ここから、東京までたいした距離はなく当時でも二時間はかからなかったはずである。短い汽車旅だ。この展開の出だしでおもしろいのは芥川が汽車の発車を心に『寛ぎ』として感じることである。この後は停車場が後ずさりするのを待ち構えるという主観的な描写が続き、そこへ、『けたたましい日和下駄の音が、改札口の方から聞え出したと思うと、間もなく車掌の何か云い罵る声と共に、私の乗っている二等室の戸ががらりと開いて、十三四の小娘が一人、慌しく中へはいって来た』がして憂鬱な芥川の心の中に大きな変化を起こしていく。けたたましい日和下駄の音は展開を始めた物語の開始の音である。ここの日和下駄の音はきわめて印象的だ。この音が憂鬱な芥川の心の中に大きな変化を起こしていく。
日和下駄を履いた人物は(十三四の小娘=以下、少女と記す)つまり中学生くらいの少女だった。列車はゆっくりと走り出し、芥川は煙草に火をつけ、その少女の顔を見る。少女は二等と三等の区別もわからない薄汚い田舎者で、顔に横なでの痕、があり、萌黄色のマフラーをしていた。顔の横なでの痕というのが、すごく印象的であり、これはキャラクター小説的の先取りな感じもする。また、現代的な視点で見るとスティグマと言えなくもない。ここを読むと現実に近いことがあったのかなと感じさせるところである。
芥川は少女の顔立ちと、汚い持ち物、愚鈍さに不快さを覚え、存在を忘れたいと思い、読む気のなかった新聞に目を通す。すると列車はトンネルに入り、外光から電灯に光が変わり、新聞の中にはあまりに平凡な社会の出来事が書かれている。ここも感心するところなので、解説しよう。『しかしその電燈の光に照らされた夕刊の紙面を見渡しても、やはり私の憂鬱を慰むべく、世間は余りに平凡な出来事ばかりで持ち切っていた。講和問題、新婦新郎、涜職事件、死亡広告――私は隧道へはいった一瞬間、汽車の走っている方向が逆になったような錯覚を感じながら、それらの索漠とした記事から記事へ殆機械的に眼を通した。』ここでは電灯がスポットライト的な役割を示していて、それが効果としてとてもうまい。そして、これらの新聞に記された出来事とこの田舎者の少女は芥川にとって、平凡で、不可解で、憂鬱で下等な人生の象徴として感じられたのだった。芥川はここで少女を象徴化してしまうのだ。
しかし、そんな芥川に突如災難が降りかかる。ここで、この短編は大きく動く、がらりと小説のタッチも変わり、感情も動いていく。
『それから幾分か過ぎた後であった。ふと何かに脅されたような心もちがして、思わずあたりを見まわすと、何時の間にか例の小娘が、向う側から席を私の隣へ移して、頻に窓を開けようとしている。が、重い硝子戸は中々思うようにあがらないらしい。あの皸だらけの頬は愈赤くなって、時々鼻洟をすすりこむ音が、小さな息の切れる声と一しょに、せわしなく耳へはいって来る。これは勿論私にも、幾分ながら同情を惹くに足るものには相違なかった。しかし汽車が今将に隧道の口へさしかかろうとしている事は、暮色の中に枯草ばかり明い両側の山腹が、間近く窓側に迫って来たのでも、すぐに合点の行く事であった。にも関らずこの小娘は、わざわざしめてある窓の戸を下そうとする、――その理由が私には呑みこめなかった。いや、それが私には、単にこの小娘の気まぐれだとしか考えられなかった。だから私は腹の底に依然として険しい感情を蓄えながら、あの霜焼けの手が硝子戸を擡げようとして悪戦苦闘する容子を、まるでそれが永久に成功しない事でも祈るような冷酷な眼で眺めていた。すると間もなく凄じい音をはためかせて、汽車が隧道へなだれこむと同時に、小娘の開けようとした硝子戸は、とうとうばたりと下へ落ちた。そうしてその四角な穴の中から、煤を溶したようなどす黒い空気が、俄に息苦しい煙になって、濛々《もうもう》と車内へ漲り出した。元来咽喉を害していた私は、手巾を顔に当てる暇さえなく、この煙を満面に浴びせられたおかげで、殆息もつけない程咳きこまなければならなかった。が、小娘は私に頓着する気色も見えず、窓から外へ首をのばして、闇を吹く風に銀杏返しの鬢の毛を戦がせながら、じっと汽車の進む方向を見やっている。その姿を煤煙と電燈の光との中に眺めた時、もう窓の外が見る見る明くなって、そこから土の匂や枯草の匂や水の匂が冷かに流れこんで来なかったなら、漸咳きやんだ私は、この見知らない小娘を頭ごなしに叱りつけてでも、又元の通り窓の戸をしめさせたのに相違なかったのである。
しかし汽車はその時分には、もう安々と隧道を辷りぬけて、枯草の山と山との間に挟まれた、或貧しい町はずれの踏切りに通りかかっていた。踏切りの近くには、いずれも見すぼらしい藁屋根や瓦屋根がごみごみと狭苦しく建てこんで、踏切り番が振るのであろう、唯一旒のうす白い旗が懶げに暮色を揺っていた。やっと隧道を出たと思う――その時その蕭索とした踏切りの柵の向うに、私は頬の赤い三人の男の子が、目白押しに並んで立っているのを見た。彼等は皆、この曇天に押しすくめられたかと思う程、揃って背が低かった。そうして又この町はずれの陰惨たる風物と同じような色の着物を着ていた』
ここで、少女が予想も出来なかった行動に出る。突然、芥川の座る席へやってきて、列車の窓を開けようとしたのだ。ちょうど、横須賀線はこの辺りはリアス式の海岸を走るので、上り東京方面は、進行方向、芥川のボックスシートは左手になると考えられる。芥川は良く分からない少女の必死な行動にわずかな同情心を感じつつも、なぜトンネルから出る汽車の窓を開けるか分からず当惑し、気まぐれな行動だと思い、怒る。やがて、少女の行動は成功して、蒸気機関車の煙が車内に流れ込んでくる。芥川は激しく咳き込む、そんな芥川を頓着せず、少女は窓から顔を出して、進行方向を見ている。
列車は山間の寒村を走り抜けていく。途中、踏み切り番が振る白い旗というのが印象的である。昔は大きな踏切には踏み切り番がいて、小屋があり、そこには滑車があって、ハンドルを回して、踏切を開閉していた。今は見られない光景である。
ここで、この小説のクライマックスが訪れる、非常にすばらしい場面である。なぜ、少女が窓を開けたのか、それは踏み切りにやってきて、見送る兄弟たちを迎えるためだったのだ。ほんの一瞬のためにである。
『それが汽車の通るのを仰ぎ見ながら、一斉に手を挙げるが早いか、いたいけな喉を高く反らせて、何とも意味の分らない喊声を一生懸命に迸らせた。するとその瞬間である。窓から半身を乗り出していた例の娘が、あの霜焼けの手をつとのばして、勢よく左右に振ったと思うと、忽ち心を躍らすばかり暖な日の色に染まっている蜜柑が凡そ五つ六つ、汽車を見送った子供たちの上へばらばらと空から降って来た。私は思わず息を呑んだ。そうして刹那に一切を了解した。小娘は、恐らくはこれから奉公先へ赴こうとしている小娘は、その懐に蔵していた幾顆の蜜柑を窓から投げて、わざわざ踏切りまで見送りに来た弟たちの労に報いたのである』
そう、芥川も、読者である私たちもここで一切を理解する。それは、大げさに言えば、色を失い形式化と自動化された社会の退屈な現実が、少女の蜜柑の投擲で破られる瞬間であった。倦怠と憂鬱にみたされていた芥川の心もそれによって変わる。ほんのわずかな時間であろうが…。また、ここで「蜜柑」という題名も私たち読者はこの短編にふさわしいものだと了解する。そして、この短編は終わりをむかえる。
『暮色を帯びた町はずれの踏切りと、小鳥のように声を挙げた三人の子供たちと、そうしてその上に乱落する鮮な蜜柑の色と――すべては汽車の窓の外に、瞬く暇もなく通り過ぎた。が、私の心の上には、切ない程はっきりと、この光景が焼きつけられた。そうしてそこから、或得体の知れない朗な心もちが湧き上って来るのを意識した。私は昂然と頭を挙げて、まるで別人を見るようにあの小娘を注視した。小娘は何時かもう私の前の席に返って、相不変皸だらけの頬を萌黄色の毛糸の襟巻に埋めながら、大きな風呂敷包みを抱えた手に、しっかりと三等切符を握っている。
私はこの時始めて、云いようのない疲労と倦怠とを、そうして又不可解な、下等な、退屈な人生を僅に忘れる事が出来たのである。』
芥川はまるで別人を見るように、少女を見る。少女は平凡で、不可解で、憂鬱で下等な人生の象徴ではなく一人の人間であったのだ。
さらに、ここで芥川は『或得体の知れない朗な心もちが湧き上って来るのを意識』を意識する。『或得体の知れない朗らかな心もち』というのはなんとも皮肉で芥川らしくはないだろうか。きれいに終わらせない、うんという立ち止まりを入れている。そして、ここはさすがだなと感じる部分で、そうそう書けるものではないと私は感じるところである。試しに『或得体の知れない』を切り取って読んでいただきたい。ここを消してしまうとまるで深みと勢いがなくなってしまうのだ。朗らかな気持ちだけがあるのだ。
あと、この部分もそうだが、この小説、芥川自身も毒を持っているなと感じる。どこかの誰かが言っていたことだけど、もっと言えば文学作品(娯楽文芸も)には多かれ少なかれ毒が含まれていることが多い、この作品の疲労と倦怠も毒の一つではないだろうかなどと考える。鋭敏な読者は色々な小説の中にそれを見つけていると私は思う。しかしながら、こうした文学に含まれる毒はある種の人間にとっては薬になるから不思議なものなのである。物語とはそういう不思議で何とも言えないものなのだと私は思うのである。
こうして、この短い小説はふと目にした人間の情愛と自由な心の動きが、まるで雲間からさす光のように疲労と倦怠に病んだ芥川の心を照らし物語は終わる。
この小説のヒットは以下のところだと思う。檻の子犬、横なでの痕、電燈の光に照らされた夕刊、蜜柑、これらのエピソード、要所で確実なヒットを芥川は出している。情理の流れや、豊かな描写などもなかなか真似するのは難しいとしても良い参考になる。うまく積み重ねて、話を作るんだよ、そうするとお話ははじめて物語になるんだよ、ということを大家が教えてくれているようにも自分には聞こえてくるようだ。
また、芥川の時代と違って、私たちが住んでいるこの現代は今後もたぶんそうだが、どんどん複雑化していっている。その中で文学的な小説を書くことが難しくなってきていると感じる。だから、芥川に限らずこういう小説を読むと、そうそう、そうだよな、本質はそういうもんだよなと色々と感じることが出来るのである。そして、元気付けられるのである。
この「蜜柑」は短いが、多くの見所と芥川龍之介らしさを感じることの出来る小説であると思う。
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蜜柑 芥川龍之介
或曇った冬の日暮である。私は横須賀発上り二等客車の隅に腰を下して、ぼんやり発車の笛を待っていた。とうに電燈のついた客車の中には、珍らしく私の外に一人も乗客はいなかった。外を覗くと、うす暗いプラットフォオムにも、今日は珍しく見送りの人影さえ跡を絶って、唯、檻に入れられた小犬が一匹、時々悲しそうに、吠え立てていた。これらはその時の私の心もちと、不思議な位似つかわしい景色だった。私の頭の中には云いようのない疲労と倦怠とが、まるで雪曇りの空のようなどんよりした影を落していた。私は外套のポッケットへじっと両手をつっこんだまま、そこにはいっている夕刊を出して見ようと云う元気さえ起らなかった。
が、やがて発車の笛が鳴った。私はかすかな心の寛ぎを感じながら、後の窓枠へ頭をもたせて、眼の前の停車場がずるずると後ずさりを始めるのを待つともなく待ちかまえていた。ところがそれよりも先にけたたましい日和下駄の音が、改札口の方から聞え出したと思うと、間もなく車掌の何か云い罵る声と共に、私の乗っている二等室の戸ががらりと開いて、十三四の小娘が一人、慌しく中へはいって来た、と同時に一つずしりと揺れて、徐に汽車は動き出した。一本ずつ眼をくぎって行くプラットフォオムの柱、置き忘れたような運水車、それから車内の誰かに祝儀の礼を云っている赤帽――そう云うすべては、窓へ吹きつける煤煙の中に、未練がましく後へ倒れて行った。私は漸くほっとした心もちになって、巻煙草に火をつけながら、始めて懶い睚をあげて、前の席に腰を下していた小娘の顔を一瞥した。
それは油気のない髪をひっつめの銀杏返しに結って、横なでの痕のある皸だらけの両頬を気持の悪い程赤く火照らせた、如何にも田舎者らしい娘だった。しかも垢じみた萌黄色の毛糸の襟巻がだらりと垂れ下った膝の上には、大きな風呂敷包みがあった。その又包みを抱いた霜焼けの手の中には、三等の赤切符が大事そうにしっかり握られていた。私はこの小娘の下品な顔だちを好まなかった。それから彼女の服装が不潔なのもやはり不快だった。最後にその二等と三等との区別さえも弁えない愚鈍な心が腹立たしかった。だから巻煙草に火をつけた私は、一つにはこの小娘の存在を忘れたいと云う心もちもあって、今度はポッケットの夕刊を漫然と膝の上へひろげて見た。するとその時夕刊の紙面に落ちていた外光が、突然電燈の光に変って、刷の悪い何欄かの活字が意外な位鮮に私の眼の前へ浮んで来た。云うまでもなく汽車は今、横須賀線に多い隧道の最初のそれへはいったのである。
しかしその電燈の光に照らされた夕刊の紙面を見渡しても、やはり私の憂鬱を慰むべく、世間は余りに平凡な出来事ばかりで持ち切っていた。講和問題、新婦新郎、涜職事件、死亡広告――私は隧道へはいった一瞬間、汽車の走っている方向が逆になったような錯覚を感じながら、それらの索漠とした記事から記事へ殆機械的に眼を通した。が、その間も勿論あの小娘が、あたかも卑俗な現実を人間にしたような面持ちで、私の前に坐っている事を絶えず意識せずにはいられなかった。この隧道の中の汽車と、この田舎者の小娘と、そうして又この平凡な記事に埋っている夕刊と、――これが象徴でなくて何であろう。不可解な、下等な、退屈な人生の象徴でなくて何であろう。私は一切がくだらなくなって、読みかけた夕刊を抛り出すと、又窓枠に頭を靠せながら、死んだように眼をつぶって、うつらうつらし始めた。
それから幾分か過ぎた後であった。ふと何かに脅されたような心もちがして、思わずあたりを見まわすと、何時の間にか例の小娘が、向う側から席を私の隣へ移して、頻に窓を開けようとしている。が、重い硝子戸は中々思うようにあがらないらしい。あの皸だらけの頬は愈赤くなって、時々鼻洟をすすりこむ音が、小さな息の切れる声と一しょに、せわしなく耳へはいって来る。これは勿論私にも、幾分ながら同情を惹くに足るものには相違なかった。しかし汽車が今将に隧道の口へさしかかろうとしている事は、暮色の中に枯草ばかり明い両側の山腹が、間近く窓側に迫って来たのでも、すぐに合点の行く事であった。にも関らずこの小娘は、わざわざしめてある窓の戸を下そうとする、――その理由が私には呑みこめなかった。いや、それが私には、単にこの小娘の気まぐれだとしか考えられなかった。だから私は腹の底に依然として険しい感情を蓄えながら、あの霜焼けの手が硝子戸を擡げようとして悪戦苦闘する容子を、まるでそれが永久に成功しない事でも祈るような冷酷な眼で眺めていた。すると間もなく凄じい音をはためかせて、汽車が隧道へなだれこむと同時に、小娘の開けようとした硝子戸は、とうとうばたりと下へ落ちた。そうしてその四角な穴の中から、煤を溶したようなどす黒い空気が、俄に息苦しい煙になって、濛々《もうもう》と車内へ漲り出した。元来咽喉を害していた私は、手巾を顔に当てる暇さえなく、この煙を満面に浴びせられたおかげで、殆息もつけない程咳きこまなければならなかった。が、小娘は私に頓着する気色も見えず、窓から外へ首をのばして、闇を吹く風に銀杏返しの鬢の毛を戦がせながら、じっと汽車の進む方向を見やっている。その姿を煤煙と電燈の光との中に眺めた時、もう窓の外が見る見る明くなって、そこから土の匂や枯草の匂や水の匂が冷かに流れこんで来なかったなら、漸咳きやんだ私は、この見知らない小娘を頭ごなしに叱りつけてでも、又元の通り窓の戸をしめさせたのに相違なかったのである。
しかし汽車はその時分には、もう安々と隧道を辷りぬけて、枯草の山と山との間に挟まれた、或貧しい町はずれの踏切りに通りかかっていた。踏切りの近くには、いずれも見すぼらしい藁屋根や瓦屋根がごみごみと狭苦しく建てこんで、踏切り番が振るのであろう、唯一旒のうす白い旗が懶げに暮色を揺っていた。やっと隧道を出たと思う――その時その蕭索とした踏切りの柵の向うに、私は頬の赤い三人の男の子が、目白押しに並んで立っているのを見た。彼等は皆、この曇天に押しすくめられたかと思う程、揃って背が低かった。そうして又この町はずれの陰惨たる風物と同じような色の着物を着ていた。それが汽車の通るのを仰ぎ見ながら、一斉に手を挙げるが早いか、いたいけな喉を高く反らせて、何とも意味の分らない喊声を一生懸命に迸らせた。するとその瞬間である。窓から半身を乗り出していた例の娘が、あの霜焼けの手をつとのばして、勢よく左右に振ったと思うと、忽ち心を躍らすばかり暖な日の色に染まっている蜜柑が凡そ五つ六つ、汽車を見送った子供たちの上へばらばらと空から降って来た。私は思わず息を呑んだ。そうして刹那に一切を了解した。小娘は、恐らくはこれから奉公先へ赴こうとしている小娘は、その懐に蔵していた幾顆の蜜柑を窓から投げて、わざわざ踏切りまで見送りに来た弟たちの労に報いたのである。
暮色を帯びた町はずれの踏切りと、小鳥のように声を挙げた三人の子供たちと、そうしてその上に乱落する鮮な蜜柑の色と――すべては汽車の窓の外に、瞬く暇もなく通り過ぎた。が、私の心の上には、切ない程はっきりと、この光景が焼きつけられた。そうしてそこから、或得体の知れない朗な心もちが湧き上って来るのを意識した。私は昂然と頭を挙げて、まるで別人を見るようにあの小娘を注視した。小娘は何時かもう私の前の席に返って、相不変皸だらけの頬を萌黄色の毛糸の襟巻に埋めながら、大きな風呂敷包みを抱えた手に、しっかりと三等切符を握っている。…………
私はこの時始めて、云いようのない疲労と倦怠とを、そうして又不可解な、下等な、退屈な人生を僅に忘れる事が出来たのである。
お読みいただきありがうとございました。芥川龍之介「蜜柑」は青空文庫よりいただきました。




