守護霊
優希自身から発せられた怨念を前に、俺と華々美と咲は言葉を発する事が出来ずにいたが、涼だけは何処か納得した感じであった。
「なるほどね。だから笠島は、すぐに命を奪う事が出来なかったのね。優希自身が、悪霊に匹敵するほどの強い怨念を抱いていて、その強烈な怨念に肉体と良心が抵抗していたんだ。うなされていたのは悪霊に襲われていたからだけではない、自分自身に宿っていた怨念に押しつぶされないように良心が抵抗していたからだったんだな」
涼の言葉を要約すると、優希が気絶したのは確かにあの悪霊のせいではあったが、うなされていたのは優希の肉体が自身の強烈な怨念に押しつぶされそうになっていて、良心が怨念に抵抗していたからだったのか。
「まさか優希。お前、自分自身の怨念に押しつぶされそうになっていたなんて」
「女の嫉妬というのは恐ろしいものなんだよ」
「あたし等が幹夫と一緒にいるのが、そんなに気に入らなかったのかよ」
華々美と咲はそんな風に言うが、この状況は洒落にならないぞ。悪霊だけでなく、助けようとしている優希までもやばいレベルの怨念を宿していたんだ。
そうこうしている間に、俺達を追いかけていた笠島が階段を駆け下りていた。
「追いついた!もう離さな・・・・」
笠島が優希に触れようとした瞬間、優希の怨念が更に大きくなり、それが笠島の全身を包み込んできた。
「ななっ、なんだこれは!?だずげで、ぐれ!」
悲鳴を上げる笠島など見向きもせず、優希の怨念は悪霊となった笠島をあっさりと飲み込んでいき、益々大きくなっていった。
「あのクラスの悪霊を取り込むって、どれだけ強烈な怨念を抱えているのよ!」
「優希、お前って奴は!」
笠島が取り込まれる光景を見て驚く涼だが、俺は堕ちる所まで堕ちていった優希に強い怒りを感じていた。
(こんな女を俺は助けようと思っていたのかよ!)
いくら良心が残っていたとはいえ、こんな危険な怨念を宿していた女を助けようと思った自分を恥じた。これでは笠島以上に危険な存在になりかねない。
「すまない。さっさと優希を追放していればこんな事には」
「悔やんでも仕方ない。生きている人間にあんな強烈怨念が宿っていたなんて、誰も想像がつかないさ」
「それを言うのなら、気付けなかった私の責任だ。私の怠慢のせいだよ」
「ストォーップ!それ以上言っても無駄だ!今はこの状況をどうするのかを考えろ!」
咲に窘められ、俺達は改めて目の前にいる優希に集中した。真っ黒な怨念を全身にまとい、怒りに満ちた顔で俺達を睨みつけていた。その姿にはもはや、この町の三大美女と呼ばれていた程の美貌はなくなっておりとても醜かった。
「許せない!幹夫から離れろ!」
怒りに満ちた優希は、俺や俺の近くにいた華々美と涼と咲に向かって黒いオーラを触手の様に何本も伸ばし、俺と涼は何とか回避したが華々美と咲の2人はあっさり捕まり、身体に黒いオーラがたくさん巻き付いて締め上げられていた。
「ああっ・・・・・」
「なんだ・・・・これ・・・・」
「華々美!咲!」
「悪霊が!2人を離せ!」
1人回避した涼は、右の親指を嚙み切るとそこから滴り出た血を左の掌にたらし、パンッと音を立てながら両手を合わせた。
「吹っ飛べ!」
次の瞬間、涼は優希に向けて勢いよく両手を向けた。その瞬間、優希の身体はトラックに轢かれたかの如く物凄い勢いで後ろへと吹っ飛ばされた。その間も黒いオーラは、華々美と咲の2人を離さなかった。
「今のは?」
「曽祖父が作った霊を消滅させる時に使う術だが、とり憑かれた人に使うとその人の身体にかかる負担も大きいから滅多に使わない術なんだ。霊を祓うのではなく、消滅させる術だからこれを使うときは本当に最後の手段なんだ」
随分と荒っぽい方法だが、最後の手段だと言っていたし本当にどうする事も出来ない時に使うのだろう。だが、それでも優希の怨念を払いのける事が出来なかった。
「しぶといわね。一応力を抑えたとはいえ、笠島たちの怨念だけでなく、蛇神様の力まで加わっているのだから一筋縄ではいかないか」
「まずは、蛇神様を優希から引き離さないとな」
とはいえ、涼の荒療治的術でも効かなかった相手から蛇神様だけを引き離すのは至難の業だ。
「だが、数をこなせば!」
そう思って更に術を使おうとした涼に向かって、起き上がった優希が信じられない速さで迫ってきて、華々美と咲を捕まえている黒いオーラの触手で涼を捕まえて動きを封じだ。
「くっ!」
「涼!」
「来るな!離れろ!」
3人とも捕まってしまい、俺は何とかして助け出そうとするが涼に制止された。
「この悪霊の狙いはお前だ!幹夫に対する執着が生み出した怨念なんだ!幹夫まで捕まったらそれこそ敵の思うつぼだ!」
「しかし!」
「酷い事を言うわね」
おどろおどろしい表情を浮かべながら優希は、俺の方へとゆっくり近づいてきた。
「私はただ、幹夫と結ばれたいだけなのよ。小さい時からずっと好きで、大人になったら結婚する事が決まっているのよ。幹夫のご両親にも気に入られ、私が幹夫のお嫁さんになる事はゆるぎない事実となりつつあるの。なのに!」
次の言葉を発する前に、優希は黒いオーラの触手で華々美と涼と咲の身体を締め付け始めた。
「この女どもが私と幹夫の仲を邪魔した!特にこの2人!」
そう言うと優希は、華々美と涼の身体を更に強い力で締め付け、2人は凄く苦しそうに顔を歪ませた。
「この2人が私の幹夫を奪おうとする!そんなの許せるわけがない!」
「いい加減にしろ!」
優希の身勝手すぎる考えに、俺もとうとう我慢の限界を迎えた。
「俺はお前のそういう所が昔から大っ嫌いだったんだよ!お前がやたら粘着してくるせいで、俺はずっと友達が出来ずにいたし、両親も俺の意思を無視してお前なんかとくっ付けようとした!それが本当に迷惑で、本当に大嫌いだったんだ!」
優希はとにかく、俺の近くにいるというだけで激しく嫉妬し、その人が俺に近づかないようにする為に裏でいろいろと画策してきた。女子だけでなく、男子が近くにいるのも気に入らないほどに。そのせいで俺は、クラスでも孤立してしまった。それどころか、男女問わず優希は近くにいるだけで嫉妬と怒りに満ちた視線を向けられる日々を送った。
その上優希は、外堀を埋めるかのように俺の両親に取り入って気に入られようとしていた。そのせいで、俺が優希を怒った際は理不尽な怒りを向けられてしまい、2人とも優希の事を本当の娘のように可愛がった。逆に俺は、親からもっと優希に優しくしろだの、優希に相応しい男になれだの言って俺の意思を無視して勉強しろといった。
(勉強しろって言うだけだったらまだ許せたが、その為に外出の規制や読みたい漫画や雑誌の購入、更にゲームの購入までも全くしてくれず、婆ちゃんが亡くなってからそれが更に酷くなった!)
お陰で俺の部屋は、他の同年代の男子の部屋に比べるとかなり殺伐としていて、本棚には親が押し付けた訳の分からない本や参考書でぎっしり埋められ、婆ちゃんから貰った大切なラジコンやドローン、ゲーム機等といった宝物までも捨てられてしまった。全ては、優希に相応しい男にさせる為に。
自分で買った漫画やゲームが捨てられるのならまだ良いが、婆ちゃんから貰った大切な物までも捨てられた時は本当に腹が立った。その為、漫画もゲームもスマホでこっそりするくらいであった。
そのくせ他人である優希の事は本当に大切に扱い、欲しいものは何でも買い与え、行きたい所があると連れて行ってもらえた。とにかく、人に取り入るのが得意な奴なんだ。
「お前といるのは苦痛でしかなかったんだよ!クラスからも孤立するわ、両親はお前ばかりを可愛がって俺には遊ぶ時間も与えなかった!婆ちゃんが亡くなってからは、ただひたすら苦痛でしかなかった!だから俺は、お前の事が大嫌いなんだよ!このメンヘラヤンデレ女がぁ!」
一通り優希の嫌いな所を叫んだ俺だが、一方の優希はだから何と言ったケロッとした顔で俺を見ていた。
「幹夫は私のものになるのが決まっているのだから、その為に遊ぶ時間も趣味の時間も全部削るのは当たり前でしょ。夫が妻の為に全てを犠牲にするのは当然でしょ」
さもそれが当たり前だと言わんばかりの発言に、俺の怒りのボルテージ更に跳ね上がった。
(本当に何で!こんな女を助けようと思ったんだ!なんであの時、優希を連れ出してしまったんだ!)
あの頃の俺は、大嫌いな優希であっても助けなければと思っていたが、あの協会から帰ってからは優希の付き纏いが今まで以上に嫌だと感じるようになった。
そして今回、俺は今まで溜まっていた怒りと不満を全て優希にぶつけた。
にも拘らず、優希はなんて事もないと言わんばかりに俺に手を伸ばしてきた。
「幹夫。あなたは私のもの。誰にも渡さない。誰にも、渡さない」
呪文のように同じ言葉を連呼しながら、俺の意思を無視して近づいてくる優希。
ところが、そんな俺と優希の間に突然白い着物を着た髪の長い老婆が現れた。その老婆からは、どこか懐かしい感じと優しい感じがした。
「お前は何なんだ!?」
優希は老婆に怒りをぶつけて払いのけようとするが、その手が老婆に触れる直前に優希は突然金縛りあったかのごとく動きがピタリと止まった。
そして、動きの止まった優希に向けて老婆は思い切りビンタをした。ただそれだけなのに、優希の身体を覆っていた無数の悪霊が一斉に悲鳴を上げながら離れていき、更に白い光の粒子に包まれながら消滅していった。
そのお陰で、華々美と涼と咲の拘束は解けて助けられた。
「クソ!何なのこのクソババアは!?」
「いい加減にしろ、このクソヤンデレ女!」
解放されてすぐ、もの凄い怒りを爆発させた咲が立ち上がると同時に優希の顔を何度も殴った。その間優希は何も出来ず、一方的に殴られていた。
「動けない!?何故!?」
よく見ると、半透明の大きな白い蛇が優希に巻き付いて動きを封じていた。
その間に華々美までも加勢し、さながら集団リンチを受けているような光景であった。
「ま、こんな怨念を放っておく訳にもいかないわね。消えろ!」
華々美と咲の2人によってボコボコにされた優希に、涼があの超強引な術をぶつける事で優希の怨念は霧散していった。
霧散した優希の怨念を見届けると、老婆がゆっくりと俺の方を向くと柔らかい笑みを浮かべながら抱きしめてきた。不思議と嫌な感じはせず、とても暖かくて穏やかな気持ちになれた。この感じには見覚えがあった。
「婆ちゃん・・・・」
その後、老婆は消えていった。
『私がずっと、護ってあげるから』
そう言い残して。
しばらくの沈黙の後、俺達は改めて姿を現した大きな白い蛇の方へと視線を向けた。
『この度は、私の声を聴いて助けに来てくださったことを感謝いたします。ありがとうございます』
なんだか渋い感じの声で話し、俺達に向けて頭を下げる白い蛇。どうやらこの蛇が、俺達に助けを求めてきた蛇神様なのだろう。
『私は元々、憑代を通して自分の力を使って人々に幸福な願いをもたらそうとしてきました。ところが、一部の悪い人間に私の力を悪用したことでその人間の魂は汚れていき、最悪な悪霊へと変貌を遂げてしまったのです。憑代に宿っている私ではどうする事も出来ず、当時の物部神社の宮司によって助けられ、私の懇願により封印してもらった。ところが、本来見える筈のない霊が見えるようになる前日に、私は何かよからぬ気配を感じ、それが何なのかを探る為に少し力を使ってしまったのだ。そのせいであの男に私の存在を知られてしまい、今回のような騒動を起こしてしまった。本当に申し訳なかった。私が迂闊だったばかりに』
自身の迂闊な行動のせいで、笠島のような男に封印を解かれ、再び力を悪用されてしまうという最悪な事態を招いてしまった。蛇神様自身は憑代となっている小さな蛇の像に宿っている為、自身の力を使って抵抗する事が出来ないのだ。その為、悪いことに使われようとしても蛇神様自身にそれを止める事が出来ないのだ。
『今回抵抗する事が出来たのは、少年に憑いている守護霊であるあの老婆の力がとても強かったお陰で、あの悪霊の力を極限まで削る事が出来た為に出来たのです。余程愛されていない限り、あそこまでの力は出せません。大切に敬うのです』
「そのつもりです」
最後に改めてお礼を言われた後、俺の視界は一気に真っ白になり、同時に重い瞼をゆっくり開いて目を覚ました。俺だけでなく、華々美と涼と咲もほぼ同じタイミングで目を覚ました。
「起きたわね」
「ああ・・・・」
いつの間にか里美に手を握られていたが、それ以上に気になる事が里美に握られている手に感じた。里美がそっと手をどかすと、俺の掌に小さな蛇の像が握られていた。
「無事に、蛇神様を助け出す事が出来たみたいだね」
「でも、俺は結局何も出来なかった」
「それでも、幹夫がいてくれなかったらかなりやばかった。蛇神様を助けられたのは、幹夫のお陰だよ。ありがとう」
華々美にもお礼を言われ、俺は何ともむず痒い気持ちになりながら足早に部屋を後にした。




