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第38話 洛陽5 調印

 夕方、士燮の邸宅で風呂を前にしながら馬超とのことを振り返る一刀。

 馬超がサングラスらしき眼鏡を用意すると約束してくれたが、届け先として士燮の邸宅を言うのはやや憚られるものがあった。涼州の豪族ということもあり、シルクロードの利権に絡んでいるのではないかという懸念があったのだ。

(シルクロード利権に絡んでたとしても、海上交易の妨害で暗殺とかの強硬手段はとりそうにない……と信じたい)

 李梅が当主の馬騰を聡明な人物だと言っていたことや、会って間もないが馬超の人柄を信じたいという思いから一刀は士燮の関係者であることを伝えた。

「わかった。交州の士燮様、の家に届ければいいんだな。その辺なら門衛に聞けば場所は分かるか」

 それに対し馬超の態度は変わらなかった。馬家と趙忠との間には、特に関係は無いようだ。

(士燮様に報告しても馬騰様はどちらかと言えば味方側って事だったし。でも、遠乗りしてきただけって言ったら少し驚いてたな……)

 一刀もまったくの朴念仁ではないため何となく予想は付いていた。

(誰かとセッ……そういうことをしないのかってことだよな……価値観が戦国の時代で、割と女性上位の世界とは言え、ど……未経験者にはハードルが高過ぎるんだよなあ……)

 身持ちの硬さは美点でもあるが、それが必ずしも利点になるとも限らない。関係を結ぶことで進む話もあれば、敵か味方かを判断する基準にも成り得るからだ。

(性的なもので言えば演義の貂蝉は美女連環の計で董卓と呂布の仲を引き裂いたけど、ここの貂蝉は外史の管理人? の一人らしいからどうなるんだろ)

 考えても仕方がない、と麻でできた垢すりで身体を擦ると驚くほど垢が出た。

「うわぁ……これは酷い……」

 身体の前面はともかく背中は手が届き難く、どうしようかと思案していると浴室の戸が開かれた。

「あ、すいません入ってます……って、え!?」

 湯帷子ゆかたびらのようなものを着た桜桃が入室した。

「一刀様、お背中をお流し致します」

「ちょっと待った! 何でまたそんなこと……」

「明日はこの国の天子に拝謁されるのですから当然です。それに、この時間はまだ明るすぎて眼も開けませんので、肌を見られることもありませんよ」

「そういうことじゃなくって、普通は男女でこういう所に居たら変な勘違いをされるだろ? そしたら俺はともかく桜桃に悪いよ」

「何故ですか? むしろ、私も妹もそれで構わないのですが」

「直球だな……いや、そう言ってもらえるのは嬉しいんだけど、どうしてそんなに尽くしてくれるんだ?」

 観念したように垢すりを渡して背中を差し出す一刀。

「好意を持てばこそ、ですよ。愛情から来るものにせよ、忠誠心からくるものにせよ、この人の為に何かしたいと思うのがそんなに不思議ですか?」

「それは分かるけど……」

「……では逆に、一刀様は何故私のためにさんぐらす、を用意しようとしてくれるのですか? 日中眩しいだけで、私は特に困っているとは思っていませんよ?」

「あ……ごめん、もしかして迷惑だったかな……」

「いえ、お気持ちは嬉しいですし、皆様と一緒に同じ景色を見たいという思いもあります。一刀様がそうして下さるのと同様に、私も何かしたいと思うのです」

「そう言う事か……」

「私は故郷でも中原でも異形の白子です。細梔様や一刀様のように分け隔てなく見て下さるのは、家族を除けば本当に珍しいのですよ。それに、長いこと寝食を共にして人柄も知れましたから……髪はご自分で洗われますか?」

 桜桃に促され洗髪用の香料入り薬液で頭を洗う。泡を流そうとするとお湯を汲んだ手桶を渡された。

 本当に見えていないのだろうかと疑問に思いつつ湯を浴びる。

「俺は異形だなんて思わないけど、今はそういう時代なんだな」

「一度、人食いの賊に攫われそうになったこともありました。どうぞ浴槽に浸かってください」

「とんでもない経験してるんだな……お風呂、お湯も張り替えたそうだしすごい贅沢だ。こんなにありがたいものだったなんて、地元・・で考えたこともなかった」

「天子に会うための礼儀だそうです。私達もいただきましたから、そういうものなのでしょう」

 中原ではあまり汗をかかないため臭いや不潔さは気になりにくいが、これは乾燥した気候のためか、はたまた飢饉を起こす冷夏の兆しか。

 十分に温まった一刀は風呂を上がろうとして、

「バスタオル……身体を拭く手拭いみたいなのってどこにあるんだ?」

 桜桃は悪戯っぽく笑いながら笑う。

「すぐ近くに御座います。どうぞ上がって下さい」

「そうなの? 入り口の辺りに持ってきてくれたのか?」

 桜桃の眼が閉じているのを確認してから浴槽から上がる。脱衣場に手拭いがあるのかと出ようとしたところを呼び止められた。

「一刀様、そのままお待ちください。今、水を拭きとって差し上げます」

「ありがとう……って、まさか!」

 腕を広げた桜桃が一刀を背後から抱きしめ、自身の纏った湯着に水を吸わせる。

「な、なにを……」

「動かないで下さい。動くと変な所に当たってしまいますよ」

 抵抗すればその通りになってしまう、と動きを止める一刀。

「こ、これ、本当に入浴の作法なのか? 正直、士燮様とかが侍女にやらせてるの、想像できないんだけど……」

「ええ、これは朱里様から借りた本に書かれていたものです。流行の女子指南本らしく、こうして意中のご主人様に奉仕するのが流行りだそうです」

「多分、それはあまり参考にしちゃいけない本だと思うなー……うぇ、っと」

「どうされました?」

「いや、その、透けてるから……」

「私は淫奔ではありませんが、一刀様になら構いませんよ」

「! いや、その、からかわないでくれ……」

 見ないようにしながら服を着る一刀。今までで一番手際の良い着衣だった。

 一刀は深呼吸をしてから桜桃に伝える。

「俺、桜桃のことも李梅のことも、もちろん皆のことも大事に思ってるんだ。だから、一時の気分の高まりとかその場の流れとかでそういうことは出来ないよ。それに、人の家でなんて……なあ」

「フフッ。妹が懐く訳です。私もですが……ええ、好事家の妾にも誰かの胃袋に入る気もありません。お待ちしています」




 朝の洛陽。その大通りに宮城きゅうじょうへ向かう人馬の列があった。警護として派遣された禁軍の兵を先頭に士燮達が続き、その後ろに続く馬車には積荷が満載されていた。馬車には日差しを避ける最低限の傘だけで幌が掛けられておらず積荷が見えるようになっており、目の肥えた洛陽市民でさえ一目見ようと通りの脇に控えていた。

「あんな真っ赤で大きな珊瑚は見たことが無い」

「次はサイの角か! 象牙もどれだけ積んでいるのやら……」

「瓦にも人面が施されているぞ。あの様式は天竺の物だと零陵に行った連中が自慢していたのを聞いたことがある」

「交州は貢物が税の替わりになるとは聞いていたが、これほどの物が集まるなら納得だ。しかし、何故今年は我々に見えるようにしているのだ?」

「今のうちに値段を付けとけってことさ。どうせいつもの連中が懐に納めたアレを換金しに来るんだろうぜ」

「そう言うなよ……次は黄金か。これはそう珍しくも無いが……おいおい、一体どれだけの量を持ち込んだんだ!?」

 金の後に銀、銅、絹、布帛と続く。

 洛陽市民を呆れさせるほど続いた貢物の列も、すっかり宮城に飲み込まれて行った。

「……銭が足りるかね?」

「全部換金させられたら、洛陽中の中小商家が干上がっちまうさ」

「だが、それを元手にどうにか売りぬければ……」

「才覚次第ってことか。銭の余ってる州はどこだ? 馬を用意しとくか……」

 交州の貢物の列は見る者に衝撃を与えるべく、積み方や運ぶ馬車の大きさを調整されていた。

 そして、それは市民の眼を奪うためではなく、宮城に居並ぶ文武百官に見せつけるためでもあった。

 宮城の門を越えた広場に積荷と朱里、雛里、香風を残し、異民族ながら苗族の有力氏族の長子であるため客卿の身分がある、と確認された桜桃が正装で一刀に続く。

 李梅はあくまで零陵の税を運んだ代表という事で、零陵から付いてきていた文官を伴い別室で納める銭の勘定に立ち会っていた。

 一刀一行は謁見の間で左右に居並ぶ百官の間を、士燮を先頭に拱手の礼で顔を伏せながら小走りで進んだ。

(ここで止まる……正座したら道場で神棚にする時みたいな礼の姿勢……まずは俺から声を掛けられる……緊張してきた)

 静寂の中、玉座の階段の下に居る青い髪の女性が一刀に顔を上げるよう促す。

「はい。私は、姓は北郷、名は一刀。字と真名の習慣はありません。かつて徐福様が訪れた島国の出身でございます。海難に遭い漂着したところを、漢の皆様に保護していただきました。本日はその御礼に参りました」

 最初の口上を述べてから、抱えていた献上品の目録を読み上げる。

「御礼の品としまして、一つ、我が国の金銭。二つ、共に漂着した香木、沈香50斤(約11㎏)。三つ、我が国の農具、千歯扱き。以上、献上させて頂きたく存じます」

 言い切ってから声が上ずっていなかったか、外国からの献上品にしては少なすぎないかと急に不安になる一刀。しかし、玉座からは何らの不満も侮りも感じさせない声が掛けられた。

「そう。故郷から遠く離れて大変ね。貴方からの贈り物に対して、私はどうすればいいのかしら? ファン?」

「古来よりの習わしを参照するに、客卿の爵位を贈るのがよろしいか存じます」

 事前の取り決め通り、一刀には異民族の有力者に与えられる名目上の爵位が与えられた。史実では売官、売爵で銅臭(金権政治)がすると言われた霊帝期だが、頻発していた天災や飢饉への捐納えんのうに対して報いたと考えれば理解できなくはない。500万銭で司徒の位を得る例もあるのだが……

 それ故、実態を伴わない客卿の爵位を与えることに意義を唱える者は居なかった。

(大統領とかが外遊先で何かの勲章を貰うようなものか? これで俺も卿、ね……貂蝉さんが俺を卿って呼んでたのはこれを暗示してたのか?)

 事前に事務レベルでのすり合わせはされており、台本では次に天子から一刀に2~3質問されることになっている。

「北郷一刀。貴方の国の農具の千歯扱きとはどうやって使うものなの?」

 一刀の献上品を禁軍の兵が運んでくる。どのように使うか見せてみろということだろう。

「こちらにある取っ手を回すと歯の付いている胴部分も回転します。この歯に麦や稲の穂を当てると容易に脱穀できます。脱穀に必要な人数が減るので、手の空いた人が布を織ったり草鞋を編んだりと他の仕事が出来るようになります」

「麦や米は最初から粒粒なのではないの?」

「え? えーと……」

 天子からの問いに困惑する一刀。

(哲学的な意味でのことか? それとも何かの知能テスト? もしかして魚は切り身が泳いでる的な認識をしていらっしゃる?)

「どうしたの黄? ……後で麦を持ってきてくれるの?」

 黄と呼ばれた女性が後ほど説明すると伝えると、天子はもう執着しなかった。

 一刀の事はこれで片付き、次にルキウスが声を掛けられる。

「ルキウス・クィンクティウス・モデストゥスと申します。ローマの大将軍、カエサル・マルクス・アウレリウス・アントニヌス・アウグストゥスより友好の使節団として入朝致しました。本来は使節団の代表と公証人を伴うべきなのですが、海難と疫病のため、使節団は私を除き交趾郡で療養しております」

(皇帝と表現するともめるってことか? インペラトルの翻訳も諸説ありそうだし、大将軍は良い得て妙だな)

「遠路はるばる御苦労。羅馬ローマ波斯ペルシャから船で1年から2年ほどかかるそうね。ゆっくりと病を癒すと良いわ」

「私どもが参りましたのはその事なのです、陛下。100年前に波斯人は嘘を言って甘英殿を騙したのです。実際には漢とローマは地続きであり、その間に波斯や天竺があるのです。そして、波斯人は漢とローマの物品に100倍の値を付けて両国に売っているのです。陛下、我々は天竺を経由した海路で交州まで辿り着きました。安定した航路を構築できれば、漢とローマ両国は互いにさらなる繁栄を遂げられるものと思います」

 朝議の間がざわついた。シルクロード交易の利権に絡んでいた者も、それほどの暴利を得られていたとは考えていなかったのだろう。ルキウスはこの後ローマの金貨と中東諸国の金貨を献上し、金貨の重さやデザインの類似性の関係からローマとそれら諸国が地理的に近く影響していると説明した。

 波紋を残しながらも漢とローマの国交は、天子の金印とルキウスの指輪の印章によって調印された。

・全身真っ白で目立つと呪術のための食人の危機とか好事家の奴隷にされることもあったりするのだから、食人の習慣自体が残っている時代だと苦労の連続でしょうね。

・ローマ人の個人名氏族名家族名がもう……自分の息子の個人名に父親の名前を付けるのはまだいいとしても、自分と同じ名前を付けるのはどうなの……そこに祖父の名前やあだ名が2つ付いたりすることもあるし……

・参内の手順などで一々手を洗え~靴を脱げ~とかやってられないと思いました。

・丸に十文字の北郷家だったらこういう場合、客卿ではなくて邑長とか邑君になるんでしょうか? それとも日向の国の率衆王? とりあえず異民族に与えられる名前だけの爵位程度にお考え下さい。

・霊帝の人間味が無い、というのとボイス試聴の麺のことから何となく想像してるのでほとんどオリキャラでしょうね。おいおい掘り下げていく予定です。

・齟齬とか矛盾とかあるんだろうなと思うと怖いですが投稿。

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