映画館の攻防
「椎名? どうしてここに?」
「わ、私も、映画を見ようと思って......青井くんもそうだよね?」
「そ、そうだよな。ここは映画館だもんな。そりゃあ、映画を見るためか」
何を言っているんだ俺は。こんなに動揺して。ただ、休みの日に偶然友達と会っただけだろ?
「青井くんは? 一人で映画を見に来たの?」
「ま、まあ、そんな感じ」
な、なんでかわからないけれど、キャプテンイタリアンさんと一緒に来たことをごまかしてしまった。やましいことなんてないはずなのに。
「あ、あの、私......」
手をもじもじさせて声を詰まらせる椎名。俺が中途半端な質問や回答をしてばかりだから気まずく思わせてしまったのだろうか。やっぱり俺はだめだな。
「椎名? ごめ―」
「私! 青井くんに見せる漫画、最初から描こうと思って。それで、画材を買いに来たの。その帰り道にここへ寄ったんだ」
「そ、そうなんだ」
「だから、青井くんに漫画を見せるの少し遅れちゃうかもしれない。ごめんね」
申し訳なさそうな顔をしてうつむく椎名の顔を見て俺はぎゅっと心が痛くなる。
それが声を詰まらせていた理由だったのか。椎名は優しいな。それに比べて俺は気を使わせてばかりで。
せっかくイメチェンして明るい見た目になったのに、俺がそんな表情をさせていたら元も子もないじゃないか。
「ありがとうな椎名。俺はいくらでも待つから。気にしないでゆっくり描いてくれ」
俺は頭を下げて深々とお礼をする。
これ以上、気を使わせないためには「ごめん」と言うよりも「ありがとう」と言う方が、心に伝わるよな。
「ふぇ!? ち、違うの! むしろ謝らなくちゃいけないのは私なの!」
すると、椎名も「ブン」と空気を切るような高速な速度で頭を下げ始める。
「椎名!?」
「これは私のせいで、別に青井くんのせいじゃないの! だから、青井くんはそんなに頭を下げないで!」
それを見て俺もさらに頭を下げる。
「いや、そもそもお願いをしたのは俺だし! 頭を下げるべきなのは俺だよ!」
それも見てさらに椎名の腰を曲げるスピードも加速する。
「違う! 本当に悪いのは私なの!」
「いや、そんなこと、あっ......」
その時、俺はふと我に返る。
横を見る。ここは映画館のトイレの前。そこに大声を出し合いながら頭を下げあう若い男女。これ、やばくね?
周りの人もこれがカップルの痴話喧嘩なのか、それとも新たなコミュニケーションの一種なのか、シーソーのモノマネをするという斬新なゲームなのか、何が何だかわからなくなってしまったようで気まずそうに俺たちの側を通っていくのが横から見えた。
椎名もそれに気が付いたようで恥ずかしそうに頬を赤めていた。
「し、椎名、そろそろやめようか」
「そ、そうだね。じゃあ、私もう行くね」
「あ、椎名!」
俺は椎名を呼び止め最後に一言だけ言うことにした。
「ありがとうな」
「うん。私もありがとう」
振り返りニコッと笑い、去っていく椎名。その姿に見惚れた俺はトイレに行くのを忘れてしばらく立ち尽くしてしまった。
☆
上映時間ぎりぎりに私の生徒である青井はトイレから戻ってきた。
「やけに遅かったな。大丈夫か?」
「すみません、時間かかっちゃって。あ、持ちますよ。ドリンクとポップコーン」
私の両手がふさがっているのも見て、すかさず手を出すとは。女心をつかむのに相当意識しているようだな。
「そ、そうか。ありがとう」
礼を言う私の顔をジーっと見る青井。まさか今ので私が鬼寺ってことがばれたか?
「なんだ、そんなに見て」
「いえ、こちらこそ」
すると、青井は何事もなかったかのようにほほ笑みポップコーンをつまみ食いする。
何だったんだ......
「そういえば、トイレの方で痴話喧嘩があったらしいな」
「うぇ!?」
思ってたけど、こいつ喜怒哀楽というかテンションの変動が激しいよな。よくツッコミしてくるし。まあ、そこが可愛いんだけど。
って、私は何を言っているんだ!
「ち、痴話喧嘩じゃないですよ! ただ学生が騒いでただけです」
「そうなのか?」
まあ、どうでもいいか。
「あ! それ、オレンジジュースじゃないですか? 俺に炭酸飲めないこと、ガキって言っていたのに自分はかわいいもの飲んでいるんですね」
「なっ! 別にいいだろ! ジュースくらい!」
「別に俺だってダメとは言っていないですよ。ただ、キャプテンイタリアンさんもかわいいところがあるんですね」
な、なにおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
「そんなこと言ったってなんとも思わないからな。ほら、早く行くぞ。もたもたしていると始まってしまう」
「はーい」
まったく、思わずジュースを落としてしまうところだった。優のくせに。
「はぁ」
「どうしたんですか? ため息ついて」
「何でもない。お前のせいで疲れただけだ」
「??」
呑気な顔しやがって。本当に体に悪いよ。この気持ちは。




