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第10記 −荒野の街ジェリコへ(2)−

「……何を言ってるのかな?」


「エミ…お前との旅は楽しかったよ。この思い出だけで、オイラは強く生きていける」


 ラキは穏やかな表情をしていた。その優しい顔と言動は、タコ踊りをするイカと同じくらいの違和感がある。エミは身震いした。


「ラキっ!何かあったんでしょ!しかもけっこう大変なことだっ!」


 エミはびしっとラキに指をさして叫んだ。そして静かに目を閉じ、


「偵察から戻ったラキが、おかしなことを言ったのには理由がある…」


 かっと目を開いた。


「それは偵察中に起きた出来事に深く関係しているっ!」


「意義あり‼︎検察側の主張には憶測が含まれています。そもそも私は空腹なのです。食事をとることを主張します!」


 ラキは異議を唱え、自身の正当な意見を伝えた。危険な匂いがしてきている。


「待ったぁ‼︎あなたは今、空腹と言いましたね。ではなぜ、食べながら主張しなかったのですか?あなたが本当に空腹であれば、魔物との交戦中でも食事をすることは分かっています。…あなたは空腹ではない。むしろ偵察中、食事をおおいに楽しんできた。なぜなら、ポーチの中にはベーコンエッグトーストとハムカツサンドが入っていたからです…2つずつ。それを食べないわけがない」


 ラキの行動と主張にある矛盾を刺激し、エミはさらなる勢いで指を突きつける。


「偵察側の主張は明らかに矛盾していますっ!」


「待ったぁ‼︎確かに私はタビキューで、ベーコンエッグトーストとハムカツサンドを購入しました…2つずつ。そして貴方は、私がここへ来るまでに食べたのはキャロルメイトと干し肉だけだと言いたいのでしょう。しかし貴方は知っているはずだ……目の前に人がいても、私なら気付かれずに食事ができるということを!最終弁論の権利を主張します!」


「静粛に‼︎」


 双方譲らない議論を叩きつけ合い、ラキが奥の手を使おうとした時だった。低めだがよく通る声と共に手が打ち鳴らされる。


「依頼側の特権を発動します。ただちに論争を止め、状況を報告して下さい」


「い、依頼側…」


「異議あり‼︎依頼側が議論に参加するのは不正であると主張します!」


「極東の偵察士よ。これが近代裁判だ」


 依頼側の特権に焦るエミ。苦し紛れのラキの主張も意に介さず、ビアンカは冷徹に言いつけた。

有罪である。あえて誰とは言わないが、この場にいる3人でない事は確かだった。




………………




 2人は思わぬ乱入者に大逆転されて地団駄を踏んでいたが、引き際をわきまえ、現在の状況を話し合う事になった。


「盗賊が魔物引き連れて、この辺り探索してんだよねー」


「ラキが戻ってきたってことは、数が多いの?」


「うむ。2人と魔物1匹が4組、魔物ナシの2人が3組。魔物付きは先で、魔物ナシは距離あけて後方。全員こっちの方向に進んでる」


「無名の盗賊ではありませんね。14人と魔物4匹なんて…おそらくブラックリストの盗賊団ですよ」


「魔物はオオカミみたいなヤツだから、距離と速度的にあと10分くらいで感知範囲に入るかもな」


「ならすぐに動いたほうがいぃよね。逃げるにしても闘うにしても」


「そんな状況で危険な遊びをしてたんですか…」


「す、すいません…悪ノリしちゃいました…」


「コイツも反省してるし、許してやってよ」


 今回はエミから始めた悪ふざけなので、ラキの憎たらしい態度も受け入れた。

 危険な匂いが強くなったのはラキが便乗した辺りからだが、自分にも飛び火するため追及は諦める。今は目の前の危険をどうするかだ。


「でも盗賊かぁ…なんでこっちに向かってくるんだろ…」


「岩道を抜けた辺りで待ち伏せしているのでしょう。近くにアジトがあるのかもしれませんね」


 荒野の岩石地帯は見通しが悪いため、盗賊が隠れ家を構えるには持ってこいの場所だ。

 岩道と荒野の境界付近に見張りを置き、金になりそうな獲物に目をつける。すぐには手を出さず、夜になって休んでいるところを奇襲する。まさに盗賊といった手段だろう。しかし、こちらには奇襲のプロがいるのだ。たとえ本物の忍者が相手だとしても、ラキの方が上手に違いない。


「まぁ〜、たぶん岩道で殺した奴の仲間だからっしょ」


「…え?殺した…?岩道で…?」


「そだよ。移動ルートからちょいと離れたとこに2人いてさ。ガラ悪かったし、念のために殺っといた」


「ラキのせいじゃんっ!屍を晒すことになったら化けて出てやるぅ!」


 ラキは岩道の移動中にいつの間にか馬を離れ、休憩していた盗賊を殺していたようだ。その死体に気付いた他の仲間が荒野へ向けて探索に乗り出したのではないか、という事らしい。

 そうだとすれば、相手は油断などしていないだろう。おそらく死体を見て、プロの手によるものだと警戒しているはずだ。それもかなりの手練れだと。


「エミよ、これは儲け話だ。上手くいけば名声と報酬が手に入って、しかも盗賊の物はオイラ達の物になる。ボロ儲け、バリバリ」


 エミは脳内で天秤を用意した。

 ラキのせいで名のある盗賊団に命を狙われる事なくジェリコへたどり着く結果と、富と名声と盗賊の宝をクレーンゲームのように手に入れる結果。天秤は尋常でない傾き方をした。


「バリバリ掴み取りっ」


「エミさんって見た目のわりに物凄く冒険者らしいですよね…」


 一瞬でやる気に満ち溢れたエミを見て、ビアンカは半ば呆れながらも神経の図太さに感心していた。

 旅に出たばかりの頃のエミを見たら別人と思ってしまうだろう。それほどに、エミが逞しくなったという事だ。


「ビアンカ。お前、剣持ってるけど闘えんの?」


「え?…まぁ、剣はそれなりに使えます。少しですが魔法も」


「ならザコ相手に殺られることはねェな」


「あの…雑魚と言っても名のある盗賊団ですし、私を戦力に加えるのは…」


「戦力には加えねェさ。一応護衛依頼だからな。よーし、じゃあエミと先に進め。あとは時と場合ってことで」


「え、進…時と場合?私にどうしろと…」


「だァいじょぶだよ、エミもいるから。ドロンッ」


 答えが曖昧なまま、ラキは消えてしまった。

 突然の決定に戸惑うビアンカがエミに目を向けると、すでに荷物の整理を始めていた。エミはラキとの共闘に慣れているので、自分が何をすべきか分かっている。これまでラキだけでなくエミも作戦を発案していたため、お互いが出来る事はそれなりに把握しているのだ。

 商業ギルドとはいえ、ビアンカも多少の修羅場はくぐり抜けてきた。その経験からか瞬時に仕事の顔になり、きびきびと荷物をまとめていった。




………………




 ラキはずっとそこにいた。

 姿を消してどこかへ行った訳ではない。ただ近くの岩に背中を預けて座っているだけだ。


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