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 テレビでは今日もキャスターがニュースを読み上げている。

『また新たな被害者が発見されました。被害者は高校生とみられ、警察は連続刺殺事件との関連を調べているようです』

 表示されているのは、砥上らが住むこの街。

 ローカルの地元ニュース。

「近頃物騒だな」

「ええ。この街ではこういうことはあまり起きないのですが。見回り、行きますか?」

「当然だ」

「悪いやつ探しに行くのか?」

「それならここにいる。俺だ」

 砥上は返事をする。最近の言葉で表すと、ドヤ顔。

「あんたのことじゃないわよ」

 と、いつもの調子の砥上と神名内。

 しかし、その日は珍しくお客がきた。

 全身黒く、帽子で目を隠していて、見るからに怪しい。

 最も、これまでの客を思い返してみても怪しい者の方が多い。

 さすがに入ったばかりの二人には任せられないので、砥上と瑠々理が話を聞く。

 無論、依頼が決まったら、四人で向かう。

 しかし、なかなか決まらなかった。その客はやたらと話が長く、しかも要領を得ない。

 依頼の内容かとおもいきや別の方向に話が飛び、また本筋にいったかとおもうと、すぐに違う話に変わる。

「あの人、何しに来たの?」

「わかんないよー」

 蚊帳の外で、その光景を眺める二人。テレビをつけるわけにもいかず、退屈そうだ。

 おしゃべりしていたら、砥上が煩わしくなったのか、もしくは退屈な二人を思ってなのか、外に追い出した。


「えへへ、閉めだされちゃった」

「全くあいつは短気なんだから。でも助かったわね」

「依頼が決まった頃には戻らないとねー」

「そうね。どこで時間潰そっか」

「んー。この間のゲーセンとかー。でもお金かかるんだっけ。こっちの世界ってどうすればお金もらえるんだろう」

「うち少しなら持ってるよ」

 と言って神名内は小さいお財布をとりだした。

「えー。どうして?」

「この間、見知らぬおじさんが車こわれて困ってたから、治してあげたのよ。そしたら、お小遣いだとか言ってくれたの」

「すごーい。優しいね。その人もみなちゃんも」

「そ、そんなんじゃないわよ」

「でもそっかー。魔法つかえば、お金稼げるのかも」

「あんまり変なことしたらあいつが怒るだろうけどね。譬喩歌なら、そうね。この前テレビでやってた、大食いバトルで勝てばいいんじゃないかしら」

 あいつ、とは砥上のこと。

 たしかにそういうたぐいのものに出れば、圧倒的に勝つことができるだろう。

 しかし最近はあまり流行っていない。

「そのあたりのお店で、同じような事してないかな」

「好きなだけ食べても怒られないなんて、いい戦いもあるもんだねー」

 普通は食べきれず苦しんでまでやる戦いだが、譬喩歌はそうはならないだろう。

 魔力のかかっていない食べ物なら、どこまで食べきれるだろうか。

「じゃあこの間いったゲーセンいこっか」

「はーい」

 道もちゃんと覚えている。二人は目的の場所にたどり着く。

 適当に見たり触ったり楽しんだりしていたら、高校生くらいの男子三人が話しかけてきた。

「かーのじょ。一緒に遊ばない?」

「奢るよ? 奢るよ? お前ら、どっちがいい?」

 二人を前に、ひそひそと相談し始める。余裕で聞こえていた。

「そりゃあもちろん青い方だ」

「お前相変わらずだな。あんな薄いののどこがいいんだ」

 その言葉に、びしっと聞こえなそうなほど神名内が反応した。

 それに気づかない三人。

「ばか、あの細いラインがいいんだろうが。しかし痩せすぎがいいわけではないぞ」

「俺は断然ピンクのほうだな。あのむっちりした胸。たまらん」

 今度は譬喩歌の頬がほんのり赤くなる。

「で、お前は?」

「勿論、両方抱きつきたいぶべら」

 最初に質問した男が逆に聞かれ、答えたとたん神名内の一撃でふっとんだ。

 さらにおまけつきで、倒れた男は痺れたように痙攣している。

「な、なああ」

「お、お前一体」

「何? まだ何か用?」

 拳を突き出したままぎろりと睨む。それだけで、男たちはあっという間に逃げていった。

 哀れな最初の男は倒れたままだ。

「はあ、何なのよあいつらは」

「えへ、みなちゃん強い」

「あんただって、強いでしょうに。ま、さっさと忘れて楽しみましょ」

「おー」

 二人は色々と遊び、あっというまに時間が過ぎてしまった。

「あれー。なにか忘れているような」

「ちょ、もうこんな時間じゃない。そろそろ事務所戻らないと」

「そうだった」

 急いで二人はゲームセンターを出て、道を行く。昼に依頼人が来たのだが、もう夕方になっていた。

 逢魔が時。

 心なしかカラスも多い。

「ねえ、そこの君たち」

 二人は後ろから声をかけられた。周りはいつの間にか人の気配がなく、不気味な静けさ。

 枯れたような声だった。

「なによ。また変な用じゃないでしょうね」

 黒い手袋。そして、夏だというのに長いコートのようなものを着ていて、その柄は人間の手が無数に描かれている。さらに腰にナイフを十本ほどぶらさげている。

「あぐっ」

 神名内が声に反応し振り返る間に、譬喩歌が悲痛な声を上げる。そして、ドサリと倒れた。手で衝撃を和らげようともしていない。

「え?」

「初めまして、己は曲沼我奴間まがぬまがぬまという。すまないが、彼女は少々危険なので、不意をつかせてもらったよ。一舐めで魔力を奪われるなんて、冗談じゃない。ああ、だが己は男だから、大丈夫か。つまり彼女は不可視と引き寄せの魔法だけ。それなら不意打ちなんて酷い真似しなくても良かったか」

「譬喩歌っ」

 曲沼の長話を無視して、譬喩歌の容態を確認する。血が路上にまで流れている。背中には大ぶりのナイフ。抜いたらもっと血がでそうだ。

 うつ伏せぎみになっていた身体を動かし顔を見る。

「み、みなちゃん……」

 口の端からも血が垂れている。しかし、まだ生きていた。

 無論、放っといたらどうなるかわからない。

「そのナイフがなぜ刺さったか不思議かい? しかし簡単なことだ。魔力強化した身体には魔力強化したナイフが刺さる。何もおかしなことはない。それとも、君たちのことを知っているのが不思議かい? それも、己の魔法を使えば簡単なこと。そのあたりの物から、記憶を読み取っただけさ。なぜ己の魔法を説明したか不思議かい? なに、ただおしゃべりが好きなだけさ。好きな事はやめられない。辞められるのは正義を掲げる人間だけ……」

「だまれ」

「おやおや。まだ途中だというのに」

「だまれええ」

 全力でその男に向かっていく神名内。その一撃は疾く、曲沼の腹に入るかと思われた。

 しかし、神名内が来るのをわかっていたかのように、曲沼はその場所をナイフでガードしていた。

 拳の中指と薬指の間を縦に切られた神名内。

「うっ」

 血が吹き出て、とっさに手で抑える。傷はそれほど深くなかったが、これでは痛みで殴れない。

「君は、電気の力で高速で突進しながら拳を振るうのと、機械を操る魔法だったっけ。あの場に置いてあったショベルカーが教えてくれたよ。己もニュースで見たぞ。全く君たちは目立ちすぎだ。だから己みたいなのに狙われる。突進中は制御が甘いんだろう。こうして対応するくらい簡単だ」

「なんで、こんなことするのよ」

 手を抑えつつ神名内は聞く。譬喩歌の事を考えるとあまり時間をかけていられないが、どうすればいいかわからない。

「そんなこと、聞くまでもなかろう。しかし、答えるまでもある。魔法使い同士が潰し合う、それがこの世界で今起きていることだ。何故君たちを狙ったか。無論目立っていたのもあるが、群れているのも重要だ。一度に沢山潰せるからね。そして君たち二人を先に潰しておけば、残るはスタイルのいい金髪と、一人じゃ大したこと無い少年だけだ。ちなみに君たちの事務所に来ていた客も、己の差金だ。時間稼ぎをしないと殺すと伝えてあるから、必死に喋っていただろう。背中を刺したんだけど、止血はしておいたから、君たちは気づかなかったかな」

 一言聞いただけで、長々とした返事。

 あの依頼人は、そういうことだったのか、と妙に納得する。

 しかし、怒りがさらに上乗せされた。刺された人間のこと。

 そして、この後瑠々理と砥上を狙うと言い切った。

(こいつはここで止めないといけない)

 胸に覚悟をきめ、また曲沼にとびかかる。今度は加速の魔法を使っていない。

 ただ、触れたら痺れさせる。

 曲沼はもう片方の手にもナイフを持ち、それを迎えた。

 今度は直線的ではなく、蹴りや左手で攻撃を繰り出す。

 しかし、ナイフのせいでなかなか思うように攻撃を振り抜けない。

 触れたら傷つくのは、こちらも相手も同じだ。しかし刃に触れれば、電撃を与える前に痛みで集中できない。

 先程の一撃の時も、思わぬ傷で電撃を繰り出せなかった。

 怒りのままこちらが襲いかかったはずなのに、気づけば二本のナイフに押されていた。

 体術的には互角くらいか。だがリーチに差がある。

「己はもともとインテリタイプであまり動きには自信がないのだが、君もあまり大したことはないね。もっと身体を鍛えたらどうだい? 腕試ししたいという思いもあって、君には不意打ちをしなかったんだが、そろそろ結果が見えたかな」

「うるさいっ」

 もはや、もたもたしれいられない。覚悟を決め、ナイフを二本とも、片手づつで握った。

「うああああ」

 そして痛みを紛らわすかのような咆哮。全身に電撃が走り、ナイフを伝わり男の体へ。

「ぐ」

 バチッと音がなり、曲沼は離れた。

 しかし、あまり効いていない様子の男。

 手足を動かし確かめるようにしている。

「そんな……」

「ふむ。助かったな。ちゃんと対策の手袋をしておいてよかった。本当ならナイフも取り替えたいところだったが、このナイフでないと魔力強化できないから仕方ない。君は大丈夫かい? 両手から血が溢れているよ。あまり心臓より低い位置に下げない方がいい。出血がとまらないぞ」

 曲沼は舐めきっているのか、そう忠告を述べた。

 神名内の決死の行為も、無駄に終わってしまう。

 ぼうっと両手の平を見つめる神名内。赤い線が入っており、しかし血のせいであまりそれはよく見えない。

 じんじんじんじんと、痛みも止まらない。

「はは、どうしてうちは弱いんだろう」

「なに、あまり自分を責めるなよ。君だって元は普通の魔法使いの少女だったんだろう。それに己は対策もしてきた。勝てないのも無理は無い。君は戦闘タイプに見えて、機械を操るサポート役だった。ただそれだけだ。わかったら大人しく潰されようか」

 そう言って、曲沼は神名内に近づく。

 それを迎え撃つ手立てもない。しかし、視界の端に譬喩歌が見えた。

 どくどくと血が流れているだろう。

 そして曲沼。サポート役だとか勝手に決めつけて。

 そのおかげで、一つ手が思いつく。

 神名内は手を上に掲げた。

「おや、己の忠告を聞き入れたか。悪かったね。今更そんなことをしても、君に未来はないんだよ。重い両手を上げるのも辛いだろう。下げてもいいんだ。そのポーズもなんだかかっこ悪いし、ぬ?」

 調子よく男がしゃべっていると、腰につけていたナイフが浮き始めた。

 電力を変え、磁力を操作するように、金属を操る。

 ナイフの周りには電流が走り、音もしていた。

「これで、終われーっ」

 そして腕を振り下ろす。それに呼応するように、ナイフも全て男の身体に向かった。

 譬喩歌の背中を傷つけ、神名内の両手を切り裂いたナイフ。

 威力としては十分のはずだ。

 しかし、刃が服を貫き、そして。

 曲沼には刺さらなかった。

 さすがに今度こそ、神名内はがくりと膝をついてしまう。

 曲沼は落ちたナイフを腰にしまい、手にも持つ。

「危なかった。まさかこんな事までできるとはね。やはり事前の調査は大事だな。次からはもっと徹底しよう。しかし、魔力強化したナイフを敵に奪われたら、ただ魔力を解除するだけだ。自分の武器で傷つけられるなんて、そんな間抜けなことはしないさ。さ、もう抵抗はやめたまえ。いや、そんな気力もないか」

「ううう」

 己の無力さに、自然と頬をつたり涙が路面に落ち、手の血と混ざり合っている。

 結局譬喩歌を守れなかった。

(不意撃たれた譬喩歌は、無傷で敵と向き合えたうちが絶対守らなきゃいけなかったのに)

 曲沼の足音が段々と近づいてくる。

 相手は人間を何人も殺している。

 このまま、こんなところで終わりを迎えるのだろうか。

 思い出されるのは、向こうの世界のことよりも、砥上や瑠々理や譬喩歌のことばかり。

 よくからかいあうが、たまに優しい、口では悪ぶる砥上。

 規律正しくびしっとしていて、幼馴染の砥上だけでなく皆を思いやる瑠々理。

 神名内よりよっぽど女の子らしい、場の空気を和ませる譬喩歌。

 短い付き合いだったが、楽しかった。

 走馬灯のようなものを見ていたら、もはやナイフは目前。

「さようなら」

「待てーい」

「ん?」

 突然上がったその声に、曲沼は手を止めそちらを見る。

 そこに現れたのは、例の、赤、青、黄、緑、ピンクの五人組だった。

「か弱い女の子二人に、何をしとるかっ」

 赤が一喝する。

「なんだい? 君たちは。ふむ、どうやら己と同じ魔法使いのようだね。だから、人払いの効果がなかったか。彼女達の仲間かい? しかし、事前の調査ではみかけなかったが。それとも、君たちが地味なだけか。それともただの通りすがりか。だとしたら迷惑な話だ」

 曲沼が調査したのは、機械を操り暴れ、ニュースになった神名内、チョコを回収し大きな騒ぎになった譬喩歌だけ。

 その二人との戦いの場面だけ、そこにあった物から詳細を読み取ったのだ。

 それに比べれば、五人はまだまだ影が薄かった。

 実際に見たインパクトでは、明らかにこちらの五人のほうが上だが。

「我ら、マギストラレンジャー。街の正義を守り、悪を駆逐するものなり。今日も悪を討つために街を見まわりしていたところだ」

 前回は無かった名乗り文句。そういう名前に決めてきたらしい。

 びしっと五人でポーズも決まっている。見るものが恥ずかしいのは変わりない。

「リーダー、あの子、早く何とかしたほうがいいですよ」

 ピンクが赤の服をくいくいひっぱり、譬喩歌を指さす。

「おう、そうだな。しかしまずは、こいつを倒さねば」

「あんたたち、なんで?」

 たまらず神名内は尋ねる。そもそも一度戦った相手だ。見過ごさられても仕方がないはず。

「何を不思議そうな顔をしている。我々は正義の味方だ。困っている奴がいれば、助けに入るのは当然のこと」

「お前達、前に見た時も思ったけどあんまり悪そうじゃないし」

 と、緑。瑠々理に受けたダメージはもう治っているのだろうか。

「どー見ても悪の被害者じゃん」

 と、黄色。

「こらっお前ら。あいつらも悪人だぞ。あまり肩入れするな」

 リーダーが一喝して、ナイフの男に五人は向き直す。

「やる気かい。困ったな。己は君たちの事を知らない。知らない相手と戦うなんて、そんな恐ろしいことはしたくないな」

 曲沼はインテリタイプと言っていたように、情報を集め、考え、理詰めで物を考える。

 戦闘でも同じだ。

「相手が何をしてくるか分からないし、己より強いかもしれない相手と戦うのは愚の骨頂だ。悪いけど、逃げさせてもらうよ」

 そう言って、曲沼は身を翻し、去っていく。

 いやらしい性格だ、と神名内は改めて感じた。

「ま、待て」

 赤は逃げる悪人を止めようとするが、ピンクに止められた。

「リーダー、悪を討つのもだいじですが、弱き者を助けるのも正義の味方の使命ですよ」

「そうだったな。また仲間が大事なことを思い出させてくれた」

 弱き者、という言葉が胸に刺さったが、事実だと痛感したので神名内は黙る。

「深い傷ですね。私達では、応急処置しか行えません」

 どうやら治癒魔法を使えないようだ。さらに瑠々理一人にも倒される戦闘力。

 彼らは本当に悪を討つことができるのか。

 しかし、信念だけはある様子。

「うちの事務所に連れて行って貰えないかな。あと、この前いた金髪の人を呼んでもらえれば。魔法で少しは治せると思う」

 都合のいいお願いだということはわかる。しかし、他に頼れる者もいない。

 治癒魔法など、神名内だって使えない。

「ダメなら、呼んできてもらえるだけでも、助かるんだけど……」

 まだ膝をついていたので、自然と見上げる形になる。

「お前は、自分で立って歩けるか?」

「え? うん」

 聞かれて、それに答えるように神名内は立ち上がった。手は痛むが歩行に問題はない。

「よし、ピンクは少女を運んでくれ、グリーンとイエローは彼女の事務所へ。俺とブルーは護衛だ」

「了解っ」

 赤の指示にそれぞれ返事をし、動き出す。ピンクは刺さったままのナイフを動かさないように赤と協力しながら、譬喩歌を背中に担いだ。

 緑と黄色は神名内に場所を聞き、事務所の方へ走る。どうやら元々その事務所は知っていたようだ。見回りのたまものだろう。

 ピンクは弱くても一応魔力強化しているようで、重そうな様子はない。

 事務所に向かうまで、神名内達はあまり会話もなかった。

 一応敵だ。何を言えばいいかわからない。

 ただぽつりと、神名内は礼を言っただけ。

 譬喩歌の様子を心配そうに伺いながら、歩を進めた。

 道半ばで、緑と黄色が帰ってきた。後ろにはちゃんと砥上と瑠々理がいる。一体どう説明して連れてきたのか。

「本当にこっちにあいつらいるのかよ」

 と、砥上の声も聞こえてきた。そして向こうも気づいた様子。

「あっ。美鳴。なんでこんな悪の敵みたいな奴らと一緒にいるんだ」

「利鎌、それは先程聞いたでしょう。はやく容態を確認しないと」

 そして瑠々理は、ピンクの背中にいる譬喩歌を見る。痛々しく刺さったナイフ。服に滲んだ血。生気の抜けた表情。そして神名内。手の傷はじゅくじゅくしていて、多少土がついている。バイキンが入っていたら大変である。

「これは、まずいですね」

「お前ら……。誰にやられた?」

 神名内がびっくりするほど、砥上の表情が暗いものになっている。思考が一時停止し、うまく答えられない神名内。

「利鎌、利鎌、それはあとです。今は二人の治療を」

「そうか。そうだよな。わりい」

 瑠々理が肩をゆすり、ようやく普段の砥上に戻った。

「お前たち、悪かったな。俺の部下が世話になった。あとはこちらでなんとかする」

 そう言って、五人に頭を下げる砥上。

「当然のことをしたまでだ。しかし、次にあったときは倒させてもらうぞ。悪をのさばらせる訳にはいかないからな」

「はん。その時はもう少し強くなってくるんだな」

「本当にありがとうございました。助かります」

 砥上が挑発的な事を言うのを見越したように、瑠々理も頭を下げた。

 そして、譬喩歌を瑠々理が受け取り、砥上らは急ぎ事務所へと向かった。先程より速い。 着くとすぐに譬喩歌をうつぶせに寝かせ、水やらタオルやら包帯やらを用意する。

 神名内は、指示された通り水で洗っている。傷口に水が触れて痛そうだ。

「抜きますね」

 と一言いって、瑠々理はナイフを抜き取る。

「う」

 と、反射のようについてでる譬喩歌の音のような声。すぐに止血。

「抑えていてください」

 砥上にタオルを押さえつけるのを任せ、瑠々理は短い呪文。

 手をかざすと緑色のような光が溢れ、譬喩歌に治癒魔法をかけていく。

 しかしすぐには治らない。自然治癒よりはマシな程度。その自然治癒も、魔力がある限り人間よりは早い。

「俺の魔力、与えるか?」

 人差し指を立て、砥上は尋ねた。

「それは譬喩歌さんが起きてからにしましょう。呪文も唱えられませんし、魔力がいくら溜まっていても、使わなければあまり意味はありません」

「そりゃそうか」

 献身的に譬喩歌に立ち会う二人。神名内も洗い終わり、そばに寄る。

「あの、ごめん。うちはあいつを倒すチャンスあったのに、こんなことになって」

 おずおずと二人に謝る神名内。

「珍しくしおらしいな。別にお前は悪くねえよ。ただ相手が強かっただけだ。まあ、俺の部下ならもう少し悪くなることだな」

「う、うん」

「悪党はすぐに正義や他の悪に滅ぼされちまうからな。強くなきゃいけねー。そして負けても立ち上がる意志力も大事だ。悪党はこれが欠けてる奴が多いから、いつも正義に潰されちまう」

 砥上の言うことを神名内がかみしめていると、譬喩歌が目を覚ました。

 まだ血が足りないのか辛そうだ。

「あれ……? ここは」

「悪の秘密結社だ。まだ動くなよ」

「あ、三人ともいる。そっかあ。私達、無事だったんだね。みなちゃん、ありがとう」

「う、うちじゃないわよ。前に会った変な五人が」

「でも、みなちゃんも戦ってくれたよね。今私が生きてるのは、みなちゃんのおかげだよう。やっぱりみなちゃんは強いや」

「……もう」

 普段と変わらない穏やかな笑みの譬喩歌。神名内は言葉に詰まっている。

「ひゆ、腹減ったか? いや、聞くまでもないか。ほら」

「えへ。いただきます」

 ゆびをちうちう吸う。じわじわと譬喩歌の身体に魔力が戻り、それを体内で活力に変えていく。

 少しだけ、頬の色も戻ってきた。

「こちらも、塞ぐことはできました。あとは安静にしていてください」

 治癒に集中していた瑠々理がようやく顔を上げた。

 多大な魔力を使ったのか、疲れが見える。

「さ、神名内さんも手を」

 それでも、なんてことない風にそう言う。

「うちはいいよ。これくらい、つばつけとけば治る。あまり魔力も消費できないでしょ? それに、治るまで反省したいし」

 そう言う神名内を二人は見つめる。手を後ろに隠し、やや俯いた表情。

「はん。お前がいいならいいけどよ。あまり深く考えるなよ。悪党はやりたいことやりゃいいんだよ」

「うん。わがままだけどいまはこれがしたいこと」

「私はもっとみなちゃんとお話したいなー」

「瑠璃子」

「ええ」

 それから、二人に詳しく話を聞く。

 倒すべき敵について。

 そして二人は事務所の出口に向かう。

「瑠璃子、お前疲れてるだろ。手だせ」

「はい」

 瑠々理の魔力を回復するため、しっかりと手を繋ぐ。

 カップルのようだが、表情は戦いに赴くそれ。

「ちゃんと帰って来なさいよ。でないと、この事務所うちらで貰っちゃうからね」

「はん。部下一号二号にはまだまだ任せられん。十年早いぞ」

「一応外敵には注意してくださいね。お客が来ても無視してください。それと、私達が戻らなかった場合、事務所の権利書を」

「それは言わなくていい」

「そうでしたか」

 瑠々理、砥上は事務所を後にした。


 街を歩いていると、後ろからナイフが飛んできた。

 注意していた砥上がそれに気づき、繋いでいた手に合図を送り、瑠々理は避ける事に成功する。

 いつのまに人払いをしたのか、振り返っても誰もいない。

 ただ怪しい男だけ。

「はん。聞いていたとおりだな。いきなり後ろから投げナイフか。大した悪党だ」

 すっかり陽も落ち、街灯の光はあるが薄暗い通り。

 曲沼のコートがゆらゆらと揺れている。

「やはり、あの二人はちゃんと殺しておくべきだったな。一つのミスがどんどん計画に影響を及ぼしていく。しかし、ここで挽回しよう。人生にアクシデントはつきものだ。過去を振り返っても仕方ない」

「過去は振り返り、呑み込むものだぜ。そして未来に吐き出すんだ。俺の部下に手を出した罪は重い」

「ならばどうするかね。いつものように、そこのスタイルのいい女性に戦わせるか。いや、そうは言っても、最初の一撃でそのチームワークを崩せなかった己が悪いか」

 そう言って、曲沼はナイフを両手にかまえ、向かってきた。

 すぐに瑠々理は、砥上と曲沼の間に立つ。息を合わせたように砥上も後ろに下がった。

「私は彼のために戦い続けますよ」

「ふん、お熱いことだ」

 顔に向け、右手のナイフを振ってくるが、上体をそらし躱す。開いた腹に膝を入れようとするが、左のナイフでガードしている。しかたなくローキック。

 体勢が悪く、軽い一撃になってしまった。すぐさま左のナイフがこちらに近づく。

 右手の甲でナイフの腹を払うようにそらし、そのまま掌底をくりだす。

 右のナイフで止めようとした所を予測し、左手でそれをつかむ。

 しかし、腰を器用にうごかして躱されてしまった。

 ナイフの突きが来たので、手を離し離れる。服が少しだけ切れた。

「先程の青い少女よりはさすがに強いね。己の能力も、このあたりが限界か」

「随分使い慣れていますね。普通は、二本持てば両方同じ動きになってしまいますが」

「なに、練習の賜物だ。もしかしたらニュースにもなっているかもしれない。こちらの世界で何をしようと、向こうの世界の恐ろしい奴らは来ないからいいね」

「やっぱりてめーがあの犯人か。俺の街の住人を勝手に減らすんじゃねえ。悪の予備軍だぞ」

「そうか。君のものだったのか。だとしたら、己から狩りに来なくても、いずれこういう状況になっていたのかもしれないね。それに比べれば、事前調査を終えている今のほうが己にとって都合がいい」

 肩をすくめる曲沼。

「こうすれば、いいんだろう?」

 そう言って、曲沼はナイフを二本投擲した。

 その先には砥上。魔力強化されたナイフを食らったら、手や足がちぎれ飛ぶだろう。

 足元には、ほぼ書き終えていた陣。

 その邪魔をしてきた。

「くっ」

 瑠々理が咄嗟に動く。

 一本は蹴り弾いたが、二本目が足にあたってしまう。

 深々と刺さっていて、これではほとんど動けない。

「捉えたよ」

 さらに二本投擲、両腕にも刺さる。もしかしたら接近戦より、投擲による遠距離戦のほうが得意なのかもしれない。

「瑠璃子っ」

「おっと、怒りに身を任せるのはいいが、君では己に勝てないよ。それともその陣で、攻撃してみるかい?」

 言いながらつかつかと瑠々理に近づき、後ろ手に捕える。

 傷は深く、ほとんど抵抗できない。

「君の魔法は随分と派手だが、使い勝手が悪い。どうだい。彼女にここまで近づけば、何もできないんじゃないのかい。巻き込むのが怖くて、さ。彼女もろとも攻撃してみるかい?」

「はは、はははは」

 砥上は笑い出す。悪人のような、笑み。笑うことしかできないのか、ただ笑い続ける。

「利鎌」

 瑠々理はそっと呟く。

「瑠璃子」

 それに呼応するように目を見る砥上。悪そうな顔だ。まるで全てを犠牲にしてでも、自分のことしか考えていないような。

「なんだい? お決まりの、私のことはいいから奴を倒して、っていうやつかい。そんなものはいいから、大人しく死に給え」

 すぐに砥上は呪文を唱えだす。曲沼は瑠々理もろとも討たれるという考えが頭をよぎったのか、砥上しかみえていない。

 詠唱の邪魔をするためにナイフを投擲するも、瑠々理の噛み付くような抵抗で手元が狂い、外す。

 普段の落ち着いた瑠々理からは考えられないような攻撃法。

 砥上を守ろうとしている。

 砥上を信じているがゆえ。

 三人の頭上に暗雲が立ちこめ、ごろごろと音もしだす。

「ま、まさか」

 曲沼が頭上を見上げ呟く。

 瞬間、雷は落ちた。人間だろうと魔法使いだろうと、当たればひとたまりもないだろう。

 ただの雷ではない。料理と同じ、魔力から生まれたもの。

 衝撃と閃光と爆音が辺りに響く。

「い、生きてるのか?」

 光と音が消え、曲沼は自分の状態を確かめた。煙が立ち込めているが、自身くらいは見える。どこも怪我してないし、ダメージも負っていない。

 確実に、曲沼は雷を食らっていない。

 当然、神名内対策として用意した絶縁体が効果を発揮したわけでもない。

「は、はは。やはり甘いな。身内一人も見捨てられないか。まあ、過去の戦う姿を見て、わかっていたがな。君は口だけの悪党だ」

「貴方、逃げたほうがいいですよ」

 曲沼が調子よくしゃべっているところに、瑠々理がそっと忠告する。

「いえ、むしろ逃げてください。そのほうが」

 瑠々理の言葉は、焦った様子の曲沼の言葉に上書きされる。

「な、何を言っている。奴は魔力強化もできない、ただの……」

「そうだ。何を言ってる。瑠璃子」

 さらに、曲沼の台詞も上書きされた。一瞬、誰の声かわからないほどの、力強く禍々しい声。

「君は」

 煙が晴れ、砥上の姿が見えた。姿形は変わっていないが、分厚い魔力が身体を包んでいるのがわかる。さらに、ほんのり光っている。

「なんだその魔力。ただの魔力が光を放つほどの密度を保っているのか? いや、それは、魔力強化!」

「それがどーした。何驚いていやがる」

「君は、魔力強化できないはず。だからいつも、後方で守られていたり、逃げまわったりしていたんじゃないか。だから、己は安心して狩りに来たというのに。そんな、そんな魔力で強化するなんて、反則だ」

「反則結構。俺は悪党だ。後ろで守られてた? 悪の親玉がいきなり前線に立つわけねーだろうが」

 いつもの調子で、ろくに説明しない砥上。曲沼は知らなかったようだが、瑠々理は知っている。

(あれは、自身の雷を強引に身体にまとっているだけ。魔力強化なんていうほど、スマートなものじゃないです。普通の魔法使いが、日常生活を送りながらでも自然とできる魔力強化に対し、あれは随分と負担が大きいはず)

「さっきなんか言ってたな。口だけの悪党だとか、見捨てられないだとか。はん。違うね。悪の本分は、我がままにやりたいことをやることだ。お前を一瞬で消し炭にするより、直接殴っていたぶりてーんだよっ」

 言い切り、一足で曲沼の目の前に立つ。

「ひっ」

 そのまま、顔を殴り飛ばした。曲沼も魔力強化はしているのだが、軽快に吹っ飛び、塀にぶつかる。

 曲沼の拘束をとかれた瑠々理が、よろけるが、砥上がささえた。

「悪かったな。準備が遅れてよ。しかしよくやってくれた。さすがは我が右腕」

 傷に触れないように、ほとんど抱く形になっている。

「いえ、利鎌のためならこれくらい大したことありません。しかし、あまり無茶はしないでください。今だって、胸は苦しいでしょう」

「よゆーだぜ。こんなもん。瑠璃子はここで待ってろ。すぐに方をつけてくる」

 瑠々理には解る。砥上は痩せ我慢をしている。

 それでも優しく瑠々理の姿勢を安定させ、そして曲沼の方へ向かった。

(止められなかった……)

 一対一なら曲沼には負けないだろうが、それではまだ弱い。

 砥上を守れるくらいには強くならないと、瑠々理としては意味が無い。

 ごり、と肉や骨が接触する音がした。

 ふらふらと立ち上がった曲沼の腹に、砥上の拳がささっている。

「よくも我が部下や右腕に傷をつけてくれたな。これはひゆの背中の分だ」

 さらにもう一発。右の横腹。

「これは神名内の両手の分」

 さらに、腹、胸、顔。

「これは瑠璃子の足と腕の分っ」

 もはや曲沼は気を失っている。生きているのがやっとだろう。

 そしてトドメの一撃といわんばかりに、砥上は右腕を振り上げた。光が集まり、魔力が集まっているのがみてとれる。

 当たれば確実に曲沼は息絶えるだろう。

「これが、死んでいった人間の、いや、違うな。正義のヒーローの如く、罪人を裁く訳じゃない。俺が悪者で、殺したいから殺すんだ。そうだよな、瑠璃子」

「ええ、そうですね」

 人を殺す直前の幼馴染に問われ、瑠々理は同意する。

 しかし、頬には何かが流れる。

「……なぜ泣いている、瑠璃子」

 いつの間にか、涙が流れていた。悪くあることが砥上の信念で、それを瑠々理はサポートしてきたはず。このままいけば、砥上はさらに悪人となり、目的に近づけるはず。

 しかし。

「これは祝福の涙ですよ。利鎌がさらに悪として昇華できるのですから」

 本当の事を言っているはずなのに、声が震える。

 ちゃんと祝福している表情になっているだろうか。

 普段からあまり表情にでない瑠々理だが、まさか幼馴染の夢を壊すような表情をしていないだろうか。

 そんな瑠々理をじっと見る砥上。

 そして、右腕を下ろした。

「やめた。こんな価値のないのを殺すより、長年付き合っている我が右腕の祝福を踏みにじる方がよっぽど悪いよな。はーっはっはっは。おっと、効果が切れる前に、こいつのナイフ壊しとくか」

 悪事を成し遂げたように悪い高笑いを上げた。

 さらにナイフを折っていく。ナイフでも魔力強化されているとはいえ、今の砥上なら素手で折れた。

「これでよし、っとと」

 折り終えたと思ったら、ふらつき塀にもたれかかる。

 大魔法を撃ったのだ。当然の結果である。

 さらに足が震え、地面に崩れるようにしゃがみこむ。

「本当です。感動して涙まで流したのに、ぎりぎりでやめるなんて、悪い人ですよ」

 そう言う瑠々理は、自然と頬がゆるんでいた。普段なら楽しいことや嬉しいことがあっても、自身を御することくらい簡単なのに。

「はん。そうだろうだろうもっと褒めろ。しかし、相変わらず効果の短い強化だぜ。これじゃ一発芸だな。はは」 

 口では悪ぶっていても、本当は人を救う砥上。

 そんな彼を真に悪堕ちさせないために、瑠々理は鍛錬を続けてきたのだろうか。

 それとも、彼の夢を叶えさせるためか。

 どちらにせよ、今のままでは弱い。

 そのせいで、砥上に無理をさせてしまった。

 砥上を守れなければ、意味が無い。

 さらに精進することを胸に誓う瑠々理だった。 


 その後。

 なんとか時間をかけ、歩けるようになった二人は、まだ気絶したままの曲沼を連れ、事務所に戻った。

 連れて行くと言い出したのは勿論砥上。

「ええええ。なんでそいつといるの?」

「わー。ちょっととーくん」

 曲沼が一緒で、譬喩歌と神名内はとても驚いている。

「ん? でもボコボコね。さすが瑠々理、やっぱり強いね」

 瑠々理の手足は、服に血が滲んだままだが、砥上の奥の手を知らない神名内はそう感心したように言う。

 本当の事を言うべきかどうか、瑠々理が考えていると、

「まあな。お前とは鍛え方が違う」

 と、砥上が答えた。

「うちだって、最近は一緒に鍛えてるもん。ね、瑠々理」

「ええ、確かに。神名内さんは筋がいいです。しかし、これからはもっとメニューを増やしますよ」

「ええっ。なんで? で、でも、頑張る!」

 意気込みがすごい神名内。強くなると決めた二人は、これから一体どんな鍛錬をこなすのか。

「とーくん。るるさん。なんだかへとへとじゃない? 大丈夫?」

 譬喩歌はのほほんとしたままだ。

「ええ、問題無いです。ある程度は治癒済みですから」

「俺も魔力がちょっと減っただけだ」

「じゃあ、私の指舐めるー?」

「……いや、それは意味が無いからやめとくぜ」

そんなことを言っていたら、曲沼が眼を覚ました。

「ぐ……。ここは……?」

 殴られた箇所を手で抑えつつ、空ろな眼で周りを確認する。

「起きたか。俺の事務所だ。つまり、悪の総本山ってことだな」

「なに? 己を連れてきてどうする気だ。拷問でもする気か。それとも、傷つけた二人に復讐させる気か。ここまでもしてもまだ足りんとは恐ろしい奴らだ。しかし、そんなことをしても何も情報など持っていないぞ」

「はん。随分面白そうな事考えやがる。それでもいいが、俺の目的はそんなことじゃねー。お前には、この事務所の部下3号になってもらう」

「はあああ?」

 途端、神名内がすっとんきょうな声を上げた。

 譬喩歌も眼を丸くしている。

 瑠々理はここに着くまでの間に大体わかっていた。

「こいつは人殺しなのよ? そんなの、ダメでしょっ」

「大丈夫だろ。アニメでも人殺しを何人も仲間にしてたし。それにうちは、悪の秘密結社だぞ」

 案外アニメ好きな砥上は、何かを思い浮かべながらいう。

「……まさかこいつも一緒にここに住むの?」

 そろそろ狭くなってきたし、そもそもこんな物騒なやつとは同じ屋根のしたで寝られないだろう。

「それに関しては、別の手を考えてあります」

 と瑠々理。

「今の我々の魔法でできないことも、こちらの世界ならできることもあります。市販の発信機と、携帯電話。これらでいつでも連絡をとれるようにしましょう。勿論電源をきるようなことがあれば」

「捻り潰すッ」

「ひっ」

 突然の砥上の大声に、びびる曲沼。ナイフを折られ、ぼこぼこにされ、抵抗する気もないようだ。

「住処は自分で探せ。金がなきゃ働け。俺の街の住人から強引に奪おうとしたら、勿論潰す。こっちの世界でわからないことがあれば、上司である俺が教えてやろう。電話しろ」

 すらすらと冷たく言い放つ。

 部下一号二号とは扱いが違うが、それもしかたのないことだ。

(利鎌は、彼を改心させるつもりなのでしょうか)

「仕方ないな。どうせ元の世界にはもどれんだろうし、生きているだけでもよしとするか。用があったらいつでも呼べ。己にできるのはナイフを振るう事と物の記憶を読み取るくらいだがな」

「あ、ナイフの残りがあるならすぐに全部出せ。隠れ家だかに隠してあるやつもな」

 砥上は笑顔で命令する。それをすべて壊せば、また魔力強化するためのナイフを作るのに苦労するだろう。

「ちっ」

 と曲沼は嫌そうな表情。

「とりあえず、明日また来い。必要な物は用意しておく。な、瑠璃子」

「ええ」

「わ、わかった」

 そしてそのまま、曲沼を事務所から追い出した。

 このまま何処かへ逃げるかも知れないが、それは砥上の甘さゆえなのか、それとも信用しているのか。

「えへへ」

「何を笑っている、ひゆよ」

 何かを嬉しそうに笑う譬喩歌にツッコミを入れる。

 そして、高らかに宣言。

「ようし。これにて一件落着」

「それはいいのですが、あちらの依頼人はどうします?」

「あ?」

 と言って、砥上は別室を見る。曲沼に脅迫されてここまで来た、長話の依頼人。

「おお、すっかり忘れてたぜ。ちゃんと聞いてたか? あいつはもう何もしねえから、お前も帰っていいぞ」

 一応、外に出したら、曲沼に処刑されると思い、先程まで瑠々理の案で保護していた。

 なので依頼はなく、正確に言えば依頼人ではない。

 しきりに礼を言って、去っていった。


 今日のニュースでは、海開きが始まったのに、雨ばかり振っていて残念だとか流れていた。

「はん。人間共が海に行けば、七つの大罪の怠惰や色欲に堕ちるかもしれねーってのによ。しかたねえ」

 砥上はそう言って、また陣を書き始める。目標を定め、魔法を発動。

 すぐにニュースが、砂浜の上空付近だけ晴れていて異常がどうこう言っている。

「相変わらず、悪いことをしますね」

 と、既に手に陣を消すためのモップを持っている瑠々理。

「だろう」

 それからも、四人で遊んだり、依頼を待ったり、たまに曲沼に手伝わせたり、そんな日々だった。

「よし、今日も見回りだ。愚民どもはしっかり働いているかな」

 砥上に続くように、全員事務所の扉をくぐる。


 四人で見回りするが、あまりにも平和で、今度はボーリングでもするかと話題に上がった時、いつぞやのように少女が絡まれているのを見つけた。

 その時とは別の男共である。

「一緒にあそばなーい? あそばなーい?」

「暗くて静かになれる所知ってるんだよなあ」

 皮製のものを身にまとった、妙にパンクなファッションの二人組。

「ああ? またか。神名内、倒していいぞ」

「言われなくてもそうするわよっ」

 神名内はすぐに男を後ろから連撃でふっ飛ばした。しびれて倒れたままだ。

「あの、ありがとうございます」

 ぺこぺこと頭を下げる中学生くらいの女の子。

「ん? お前、前も会っただろ。なんだ、また絡まれたのか」

「ああ、あの時の。すみません、なんだか、すぐ人を怒らせてしまうみたいで。また助けられちゃいましたね。ありがとうございます」

 あれはそういう絡み方ではないが、少女はそう思っているようだ。

 また、今度は砥上と神名内に向かって頭を下げる。

 神名内は答えようとしたが、砥上の視線に気づいた。

「そんな正義マンみたいな事してないよ。ただ、えーと、この街はうちの事務所のものだから、勝手な真似するやつは潰すだけ?」

 とっさに考えた台詞なので、神名内はどこかつたなくなってしまう。

「? でも、私にとってはヒーローです」

 一瞬怪訝な顔をするが、そう答えた。

「何かあれば、こちらへ連絡ください。依頼でも相談でも受け付けています」

 瑠々理は最近作った名刺を渡す。そこには、悪の秘密結社兼請負事務所、と書かれていた。

「は、はあ」

 その妙な名前に、不思議な顔をして去っていった少女。

「砥上、これでいいの?」

 先ほどの視線から感じた通りに少女に言ったので、確かめる。

「おーおー、上出来だ。うちの部下なら、それくらい言ってくれねーとな。あいつに正義の味方だとか勘違いされても困る」

 そんな出来事がありつつも、道を行く。

 今度は犬の散歩をしている、小学生くらいの少女。

 砥上と瑠々理を見て、こちらに近づいてきた。

「お姉さん、お兄さん、あの時の人だよね。メロを助けてくれた」

「勘違いするなよ。別に助けたわけじゃねえ。どうだ、その後は」

「うんっ。メロはとっても元気だよ」

「そーかそーか。命なんて軽いもんだぜ。はっはっは」

 少女と砥上が話している間、他の三人は後ろで話していた。

「ねえ、あの子誰? また砥上人に手助けしたの?」

「ええ。利鎌があの犬を蘇生したんです」

「ふーん。蘇生ね……ってええええええ」

 かつてない驚きようだ。当然である。命がそうほいほい戻るわけもない。その声に少女も驚いてしまう。

「え? とーくんが蘇生?」

 まるで砥上が蘇ったかのような言い方だ。

「神名内さんは知っていますよね。路上に放置していたあの複雑な陣です。あれで、蘇生を成功させました。最も、その直後利鎌は倒れましたが」

「い、いくらなんでもそんな。犬だからって」

「人間を蘇生させようなんて思ったら、俺があと十人は必要かもな。はは」

 いつの間にか話に入り込んでいる砥上。

「十人で済むの……?」

「とーくんがこの犬さんをねー。えへへ、かわいい」

 譬喩歌はメロを眺めた後、頬をゆるませ撫でた。

 メロも敵意を感じさせない譬喩歌に、身を任せている。

「困ったら、こちらへどうぞ。いつでもお待ちしています」

 砥上が放置していた少女に瑠々理はまた名刺を渡す。

 それを受け取りそのまま、笑顔で手を振って少女は去っていった。

 その後何事もなく、四人はボーリングを楽しむ。

 本人達の思惑どおりなのかそれとも逆なのかは定かではないが、街は平和だ。

 しかし、まだまだあの世界から送られてきた魔法使いは後を絶たない。

 悪ぶるが優しい魔法使いと、片時も彼から離れない魔法使いの悪の秘密結社は、これからも成長を続ける。

 いつか立派な悪の親玉になれる日を夢見て。

 


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