2
「な、なんで? あれだけチョコ食べれたのに」
一部始終を見守っていた神名内が尋ねた。
「俺の料理は魔力で生み出したものだ。奴は食べることで魔力を得るんだろう。この世界のチョコでそれほど魔力が得られるとは思えんが。今までの分、そして俺の特別製を食ったことで、器が限界に達したようだな。俺の料理を全て一人で食いきれる奴なんて、いるわけがない」
「あんた、そこまでの魔力持ってるの? 一体何者……」
「俺か。俺はただの悪い魔法使いさ。いずれ悪の親玉になる、な」
その答えをきいて、いつものように呆れる神名内。
そしてふと、残った料理が目に入る。
「これ、うちも食べていい?」
「ああ、好きにしろ。ほら、瑠璃子も食え」
なんとか座る姿勢になっていた瑠々理のもとに、一皿持っていく。
「うわ、なにこれ、ちょーうまい」
神名内のそんな歓声が響く。瑠々理も一口。
「相変わらず、素晴らしい腕前ですね」
食べるだけで、魔力が回復し身体に染み渡るようだった。これも前回瑠々理が行った、魔力供給のようなものだ。
しかし反対に砥上の顔に、瑠々理だけが気づく程度の疲れが見える。
「そうだろうそうだろう。なんせ腹が減ってなくても食いたくなるデブ食だからな。食べ過ぎるとああなる」
と言って、倒れたままの譬喩歌の方を見る。
「残りはいらねーよな」
魔力の無駄なので、料理を陣から自身に戻す。煙のように消え去った。
二人が料理を食べ終えた頃、譬喩歌が身体を起こした。
「よお。俺のほうが悪としての器がでかかったみたいだな」
「えへへ。負けちゃった。ご褒美は貰えなさそうだけど、満足しちゃったからいいや」
笑顔でお腹をさする。やはりほとんど膨らんでいない。
「それで、お前はこれからどうするんだ」
「どうしよっか。元の世界には帰れないよねー。またどこかで何か食べようかな」
「駄目だ」
「えうっ」
このまま放っといては、この世界の食料が根こそぎ無くなりそうである。
「お前も、我が事務所に来い。悪の軍団の部下二号にしてやる」
「事務所? 食べ物ある?」
「ああ、たまになら、さっきと同じ魔法使ってやろう。普通のものとは違い、腹持ちもいいはずだ」
「なら行くー」
「その代わり、きびきび働けよ」
即答だった。ここまでわかりやすい子もそうはいない。
「よし。では帰るか」
「ええ」
力がある程度戻り、自分で歩けるようになった瑠々理。
「部下何号まで増えるのかな」
そんな神名内の言葉があとに残った。
事務所にたどり着く四人。
譬喩歌はやはり神名内の時のように、中を物珍しげに眺めている。
「あ、おせんべい」
そしてやはり目ざとく見つけた。
「勝手に食うなよ。いいかどうかは上司である俺に聞け」
「食べていい?」
「ああ」
厳しく言った割にあっさりと承諾してしまう。ぱりぱりと音がなる。
「利鎌、あまり好きにさせていたら、財政難が悪化しますよ」
「そうだったな。まあこれくらいはいいだろう」
「ここってなんの事務所なの?」
「一応、請負事務所と名乗っています。何でも屋みたいなものですね。お客はめったにきません」
「しかし、その実態は、悪の秘密結社だ。ちなみに寝泊まりもここでしている。お前もどうせ行く所ないだろう」
「そうだけどー、男の子と一緒のおうちで寝るのは恥ずかしいな。えへへ」
はにかんだような笑顔。
「心配いりません。彼が暴走したら、私が止めますので」
「そもそも、魔力強化できないこいつじゃ、うちらのほうが力は強いわよ」
「なにおう? この前腕相撲で負けたのを忘れたか」
「あれはあんたがずるしたからでしょうが」
「へー、魔力強化できないんだあ」
今知ったのだろう。驚いている。
「俺の魔力は偉大すぎて平凡な魔法は使えないのでな」
「ただ勉強さぼっただけじゃないの?」
「まあ、全くできないわけではないがな」
「え?」
小さく呟いたので、周りにはよく聞こえなかった。
「新しい人も入ったことですし、必要な物を揃えに行きましょうか。そのあと、夕飯ですね」
「わーい」
神名内の疑問を打ち消すように、瑠々理は話題を変えた。
その言葉の内容に、素直に喜ぶ譬喩歌。
それから四人は買い物にでかける。
そこそこ大きい街のデパート。生鮮食品、雑貨、パン屋、たこ焼き屋、本屋、花屋、などなど。
買いに来たのは譬喩歌や神名内の生活用具だ。
「えへ、大きいねー。それに人もいっぱい」
「こちらの世界は人口密度が高いですね。技術の成果か、土地が豊かなのか」
「向こうの世界みたいに、人をガンガン追い出したりしてねーからかもな」
とりあえず中を歩く。一階には食品関係が多かった。
「あれはたこ焼きやお好み焼きだな。あっちは弁当か。譬喩歌、襲い掛かるなよ」
「平気だよー。まだお腹いっぱいだから」
「こっちまで匂いが漂ってきてるわね」
階を上がる。エスカレーターも珍しそうなふたり。
百円ショップや、雑貨屋などが見える。
さらに軽く家電やゲームやおもちゃなど。
「必要なものは、枕や歯ブラシやパジャマですか」
「うちの事務所には予備なんてねーからな。布団は、いいか。あのベッドで三人とも寝ろ」
既に神名内と瑠々理は二人一緒のベッドでこれまで過ごしている。
そして砥上はテレビの側のソファーだ。
「ええ。あのベッドなら、もう一人くらいは大丈夫でしょう」
「気になってたんだけど、あんたはソファでいいの?」
「別に構わねえよ」
「事務所って、大きいベッド一つしかないけど、いままで二人はどうしてたの?」
「一緒に寝てましたよ」
「まっ」
と驚く譬喩歌。
「そんな事あっさり言われても……」
と神名内。
「別にただ寝るくらい大した事じゃねーだろ」
いままでずっと一緒だった砥上と瑠々理には、別に特別なことではない。
勿論やましいこともない。
「大した事よっ。そんな育った男女が一緒に寝るなんて」
「まー家族みてーなもんだからなあ」
「一つのベッドで、身体を密着させて、はわ」
頬が真っ赤な譬喩歌。何を想像しているのか。
品ぞろえがよく、ちゃんと枕やパジャマも売っていた。
様々な形の枕が置いてある。
「どうしてこれ真ん中が凹んでるの?」
「色々と人間たちが考えたのでしょうね。こちらは頭が安定しそうです」
「こっちが鳥の羽で、こっちが柔らかい変な素材か」
「私これがいいなー」
譬喩歌が選んだのは、くまのような、キャラクターものの枕。
それをみて神名内も欲しくなったらしい。いままでは砥上の物を使っていた。
「う、うちもいい?」
「ええ、もちろん。そのために来たんですから」
瑠々理が答えると、眼を輝かせながら枕をえらんだ。形は普通だが、付属の枕カバーが花のかわいらしい柄もの。
次にパジャマ。
「譬喩歌さんは、私のサイズと似てるのでこちらですかね」
「ちょっと袖があまりそう。でもなんかそのほうがいいかもー」
二人のやりとりを眺める砥上と神名内。そして砥上は神名内を見て、にやにやする。
そのわかりやすい怪しい視線に気づく。
「なによ」
「いや、別に。まんじゅうとか板チョコのことをちょっと考えてただけだ」
「そっかー。甘いもの食べたくなったのね」
笑顔の神名内。しかし、ぴしぴしと電気が周りに小さく流れている。
「いやー、まんじゅうはあんなに柔らかいのに、どうして板チョコはあんなに硬いんだろうな。同じ甘いお菓子なのに」
「し、る、かーっ」
砥上の発言についに拳が飛び出した。
場所に配慮してなのか、普段よりは威力が低いが、それでも数歩よろける。
「おっとっとっと。いてーじゃねーか。全く怒りっぽい奴だな」
「誰のせいよっ」
「お二人、あまり店で暴れてはいけませんよ」
と、静かに窘める瑠々理。
実力的にも、相手のことを考えなければ二人をとめるくらいのことはできる。
「ほら、怒られちゃったじゃない」
しょげたのか、神名内はひそひそと小声で話す。
「俺は純粋に甘いもののことを考えていただけだぜ」
「まだ言う気? あ、そうだ。うちとあんたどっちが悪いのよ」
思いついたようににやにやと聞く。
「勿論俺だ」
悪さに関しては砥上はそう答える。
「ふふん。わかればいいのよ」
「お前なあ、そんなんでいいのか?」
したり顔の神名内に呆れつつツッコミをいれた。
譬喩歌は猫の柄のパジャマに決めたようだ。動物が好きなのだろうか。
次に神名内のもの。
小さめのメンズパジャマでも十分かもしれない。
なんとか会うものをみつけだし、神名内は決めた。シャツのと同じように、青めのものだ。
「ねえ、砥上。これなに?」
「ん? 帽子、じゃねえの。なんで寝具の場所にあるかわかんねえけど」
神名内が言っているのは、パジャマとセットのものもある布の帽子だった。
「それはナイトキャップですね。古くはしらみの防止のため、もしくは、防寒目的でつけるもののようです」
「へえ、瑠璃子、よくしってんな」
「ここに書いてありました」
ぴっと瑠々理が伸ばした指の先には、ぽっぷな解説文の紙。
「なるほど」
「髪が少ない人には便利そうだねー」
一部の人に刺さるようなことを言う譬喩歌だった。
適当に他のものも買い揃え、四人は一階へと戻った。
次は夕食の食材だ。
「利鎌、持ってください。私は食材を扱うので」
瑠々理は持っていた紙袋を砥上に渡す。ものがものだけに、結構多く、いくつかの袋にわかれている。
なんとなく流れで瑠々理が持っていた。
「あいよ。ほい美鳴」
そしてそれをすぐに神名内に渡す砥上。
「はいはいってなんでよ」
受け取りつつもツッコミのように聞く。
「それはお前が、部下だからだ。それにお前の服だぞ?」
「わかったわよ」
「私も持つよー」
「あ、ありがと」
朗らかな笑みの譬喩歌に、照れたような神名内。
二人は二つに分担した。砥上は手ぶらだ。
大きいデパートだけあって、食材も豊富に並んでいる。
積まれた果物と根野菜や大きい野菜。壁側に並べられた葉類の野菜。
そのままのものや、切り身の魚。豚肉鶏肉牛肉。
「今夜は何にするのー?」
「お前、食えるのか?」
「それくらいなら入るよー」
言って譬喩歌はお腹をさすり、何かを確かめている。
「人数も一人増えましたし、何を、というより色々なものを沢山作ったほうがよさそうですね」
「わー。あれとかあれかなー」
と料理を思い浮かべている。
「譬喩歌ってさ、体内の魔力の量で空腹度が違うの?」
そんな様子を見て、何となくというふうに神名内は尋ねた。
「うん。そうだよー。皆は違うの?」
答えてから、逆に三人に尋ね返した。
「あー、どうだろうな。魔力を多く使った時は甘いもの食いたくなるけど」
「うちはあんまり」
「魔力が減った時は、よく食べよく寝ることが一番ですよ。最も、譬喩歌さんの場合は体質的に違うようですね」
「そっかー。こっちの世界の食べ物って、なんだかあんまり食べた気がしなかったんだよねー。美味しいんだけどね」
あれだけチョコを食べておいて恐ろしい事をいう。
それはこちらの世界の食べ物に魔力がほとんど流れていないせいだろうか。
砥上ら以外と魔法使いにあわず、魔力を舐められなかったのなら、空腹であっただろう。
瑠々理は買うべきものを選別していく。
「あ、ここにもチョコねえな。別にもういいけど」
ぶらぶらと、別行動するように歩いていた砥上は、お菓子コーナーで気づいた。見事に棚から姿をけしている。
しげしげと棚を眺める。色々な種類のお菓子。
「そりゃそうか。ひゆがチョコ食べたのは、今日のことだしな」
ひとりごちていたら、譬喩歌も来た。
「えへへ」
頭をかきながら申し訳なさそうに笑う。しかし、それほど暗い印象はない。
「ここにもちゃんと来てたんだな」
「夢中で集めてたから、あんまり覚えてないや」
「はあん」
砥上は棚のひとつを手に取る。硬そうなポテトチップス。裏面に眼を通し、元に戻す。
そして今度は甘そうな黒糖かりんとう。それは棚に戻さなかった。
「ねー、どうして君は、そんなに悪くあろうとするの? 本心では、人のために動いたほうが気分がいいんでしょ?」
この場から移動しようとした砥上に、後ろから譬喩歌は尋ねる。
「あーん? はん。まだ会って間もないのに、随分とわかったようなことをいう。別に嘘ついてるわけじゃねえよ。俺の中の溢れる悪が顔をだしてるだけだ。まあ、もし何か理由があったとしても、まだ言えねえな。俺の右腕と同じくらいの階級になったら考えてやる。
理由なんてねーけどな。言っておくが、うちの秘密結社は実力制だ」
「えへ、そーなんだ。じゃあがんばるー」
「好きにしろよ」
かりんとうを持ち、そのままその場をあとにした。
「ほら、瑠璃子」
カゴにかりんとうを入れる。既にカゴには、いくつかの野菜や肉が入っていた。
「それはいいですが、あまり離れないでくださいね。いつまた魔法使いが現れるかわかりませんよ」
「わかってるよ」
その後も色々とカゴに入れていった。
これだけあれば、およそなんでも作れそうだ。
レジを通すと、袋が三つほどになった。
その内の一つを砥上が持ち、二つを瑠々理が持つ。魔力強化のおかげで、瑠々理はほとんど重さを感じない。
事務所につき、瑠々理は夕食の支度をする。
机に並ぶ料理、そろそろ机に乗り切らない。
「そう言えば、お前不可視の魔法使えるんだっけ」
食事をしつつ、話しかける。
「うんー。こっちの世界に来る前は、ほとんど使う機会なかったけどねー」
「なるほどなあ。悪い事をするにはいい魔法だよな」
男子と透明といえば、と言わんばかりの怪しい顔。
「利鎌。女湯に入ろうとか言わないでくださいね」
「し、しねーよ」
「女性の裸なら、私がいつでも見せてあげます」
「は、はん。それでこそ我が右腕だ」
あっさりと表情を変えず言いのけた瑠々理に、砥上は強がるように返す。
「うちは見せないからね!」
悪の軍団第一号として、嫌な予感でもしたのか、必死に拒否する神名内。
「お前の貧相な身体じゃみてもつまらん」
焦り熱くなっている神名内に対し、ローテンションで酷いことを言う。
「な、なななな。瑠々理、こいつ殴っていい?」
電流が周りに走り、顔は真っ赤に染め、手はグーの形。
「どうぞ」
普段守る立場のはずなのに、女性として瑠々理は承諾した。
「ひゃ〜」
その三人の会話を聞き、譬喩歌は頬に手をあて、そんな言葉にもならない感想をもらした。
やがて皆食べ終える。その日はまだ良かった。
四人は順番にシャワーを浴び、就寝に向かう。
神名内と譬喩歌はちゃんと新しいパジャマに着替えている。
瑠々理も、大人っぽく柄の無いパジャマに身を包む。砥上は面倒だといって、普段着のまま。
女性陣は湯上りの可憐な姿。湯気や匂いが事務所にたちこめる。
「はっは。なんだか女くせえ。さすがにこうなるとしょうがねえか」
「は、恥ずかしい事言わないでよ」
嫌がる神名内。
「慣れてください利鎌、でないと強制的に慣れさせますよ」
「な、何する気だよ」
他の二人を守るように言うので、砥上はたじろいだ。
「まず私が汗だくになるまで動き、その体で利鎌に」
「だ、だめだよう。そんな危ないことしたら」
瑠々理が全て言い終える前に、譬喩歌がとっさに止めた。
「? 別に肉体に危険はありませんよ」
きょとんとする。ダメージはなかったとしても、色々と危ない事に変わりはない。
「アホなこと言ってねーでもう寝ろ」
投げやりな指示にしたがうように、皆ベッドのある部屋に向かった。
砥上が音量を小さくしたテレビをつけながら、ソファーに寝転がり睡眠に入った頃。
別室では、女性陣がおしゃべりしていた。
「ねえ、どうして瑠々理はそんなに砥上と一緒にいるの?」
神名内は尋ねる。あのぶっきらぼうな砥上とそこまで共にいることが不思議なようだ。
最もそれは大半の者が思うことか。
「気づいたら、側にいましたね。産まれた時から……かどうかはわかりませんが」
「一緒にいて疲れない? よく変に悪だの言ってるし」
「いえいえ。私は利鎌がよく口にする、悪党になることは応援していますよ。今後も離れることはないでしょうしね」
「ふうん。そっか」
納得したのかしていないのか曖昧そうな神名内。
彼らの言う悪とは、一体何なのか。人殺し、略奪、破壊。そういうわかりやすいものなのか。それとも、そうしなければいけない理由があるのか。
「つまり、愛だねー」
「愛、ですか」
言われても、平坦な反応の瑠々理。
「そんな愛しあう二人が、日夜このベッドで、きゃー」
先程聞いた事を思い出してしまったのか、また譬喩歌はおかしなことになる。染まった頬に手をあてて、うねうねしていた。
「もう、それはいいから」
こちらも頬を染めつつ、譬喩歌を止めに入った。
「それより、どういう配置で寝る?」
一つのベッド。三人の女。川の字に寝るのが普通だが、誰が何処に配置されるか。
「んー。じゃあ、神名内さんが真ん中にしようよー」
「え? なんで?」
「いいからいいから、やってみよ」
強引に、二人を寝かせ、譬喩歌も横になる。仰向けの神名内の左側から、左腕に抱きつくような姿勢。
「瑠々理さんもこーしてみて」
「はい」
右側から瑠々理も抱きつく。
「どう? どう?」
両側から柔らかくて大きいものが当たっている図。譬喩歌は期待をこめるように聞く。
「どうって言われても……暑い」
季節は夏。これだけ密着すれば当然である。
「あれー。この前本屋で読んだ雑誌に書いてあったのに。絶対喜ぶって」
「……これで喜ぶのは男だけだよっ」
腕を解き、ぱっと身体を起こし突っ込んだ。しかも胸の事を刺激され、やや不機嫌そうだ。
「え。そうなのー? こんなこと男の子にしたら変態さんみたいだから、女の子にするものだと思ったのに」
「うん。その雑誌がおかしかったんだよ。もう忘れなさい。もー位置はこのままでいいから寝よう」
そう言って、どさりとまた身体をベッドに預ける。
「今度利鎌にしてみたら、面白そうですね」
「し、しないよう」
神名内ごしに二人がそう話してから、三人は眠りについた。
砥上が眠ったままくしゃみをひとつ。
別の日の夕食時。
「……足りない」
自分のぶんを全部食べて尚、譬喩歌は物足りなさそうな表情だ。というか少し泣きそうだ。
今日まで普通でいられたのは、前回の満腹感が残っていたから。
「とーくん。お料理出して」
数日の内にいつのまにかそんな呼び方に変わっていた。
初めての要求、しかし、前回約束はしている。
「んー、いちいち陣かくのめんどくせえな」
砥上は頭をかきながらそんな事を言う。途端、譬喩歌がさらに涙目になってきた。
「まあ、落ち着けって。別に約束を反故にしようってわけじゃねえ。ほら」
そう言って、砥上は人差し指を譬喩歌の目の前に持っていく。
「?」
「舐めろ」
「ええー」
女の子に無茶な要求を繰り出した。勿論、譬喩歌の例の魔法あってのこと。
「で、でも」
段々頬が赤くなっていく。
「こんなの全然恥ずかしいことじゃないぞ。ここには俺らしかいないしな。なあ神名内」
「えっ。ど、どうかな。意識すると少し恥ずかしいかも。でも、お腹のためならしょうがない気もするし」
わたわたと応えた。砥上はもう一人にも意見を聞く。
「なあ瑠璃子。ほら」
「ええ。そうれふね」
突き出された指を無表情で咥えた。そのまま喋るので、少し変な言葉になる。
「……あんたはちょっと恥じらいを持ったほうがいいんじゃないかしら」
ちゅぽんと指を抜き、ハンカチで拭き、また譬喩歌の前にだす。
「ほらほら、俺の偉大な魔力だぞう。味わいたくはないかね」
催眠術のようにぐるぐると指先を動かしている。譬喩歌の目はそれを追う。
猫のように両側から捕まえると、いただきますといい、大人しく指先を咥えた。
「うう、おいひい。こんなの、食べたことない」
指をペロペロと舐め回す。温かい物体がうねうね動いている。
「まるで血を与えているみたい」
「魔力も似たようなもんさ」
神名内の感想にそう返す。
魔力がつきないせいか、瑠々理の時より長い。
それでもようやく口を離した。やや粘度のある液体が糸を引いている。
「わー。凄い、これだけでお腹十分になっちゃった」
「大丈夫ですか? 利鎌」
「ああ、一々料理に変換するより効率がいいみたいだな。まだ一、ニ割ってとこだ」
「ええ、凄い……」
瑠々理のように根こそぎ食われることもなく、大分余力を残している。
最も、たいていの魔法使いならああなってしまうだろうが。
「どうだ、もう俺から離れられまい。俺なしではいられない身体にしてやろう」
「ええうっ」
「利鎌、その発言は危ないですよ」
「はっ、また俺の溢れ出る悪さが漏れてしまったか」
「馬鹿なこといってんじゃないわよ」
そんなこんながあり、譬喩歌の体質については一応の解決をみせた。
また何もない日常が訪れる。
さすがに四人もいると会話も多くなるが、することがないのはかわらない。
(今なら戦力の面でかなり強化されたので、どんな依頼でもこなせそうですけどね」
また街を見回りに、でかけることにした。
最近何かに引き寄せられるように、この街で魔法使いによく会うので、また何か起きるかもしれない、と瑠々理は考える。
そんな瑠々理をよそに、呑気な三人。
「ねえ、この世界って、娯楽施設とかあるの?」
「ああ、あるぜ。カラオケとか、ゲーセンとかな」
「食べ物?」
そう尋ねるのは譬喩歌。
「施設って言ってんだろ。カラオケはー、あれだよ。音楽に合わせて歌うんだよ」
「ふーん。楽しいの? それ」
「ああ、力の限り声をだすとスカッとするぜ。瑠璃子は静かに歌ってたけどな」
瑠々理もその時のことを思い返す。
あの時はいつも以上に、声量というか勢いに差があった。
「げえせんは?」
「ゲーセンはだな、手元のレバーを動かすと画面が動いたり、ぬいぐるみがとれたり、まあ、行けばわかるな」
「行きますか?」
「行きたーい」
そんな流れで、ゲームセンターに足を向けた。
しかし、道半ばでそれらと出会ってしまう。
はじめは、チンピラが街の少女に絡んでいるのかと思った。
しかしよく見ると、どうやらその五人は魔法使いのようだ。
「なんだ? あいつらは」
「変なのー」
五人はそれぞれ別の色を基調としており、赤、青、ピンク、緑、黄色だった。
まるでライダースーツのような服。
「私達も、カラフルなのはかわりませんけどね」
と、瑠々理。金、赤、青、ピンクの髪の色では、確かに人のことは言えないかもしれない。
「こらっどうして信号を無視したんだ」
「ルールは守りなさい」
「ご、ごめんなさい」
どうやら些細な交通ルールを犯したようだ。
しかし、五人でよってたかってまでのことだろうか。しかも、まだ終わる様子がない。
「あの子かわいそうー」
「どうするの砥上」
「んなもん決まってんだろ」
のしのしと音がしそうな動きで、怪しげな五人に近づいていく。
「おいおめーら。よってたかって俺の街の人間いじめてんじゃねえよ。悪い人間いじめるってことは正義の味方かなんかか? だとしたら俺らの敵だな」
その言葉に、反応する五人。
多少砥上より歳が上。二十歳前後だろうか。
「なんだこの子供は。しかしよくぞ聞いてくれた。我々は、街の悪を駆逐する正義の味方だ。皆っ」
そう言って、五人はポーズを決めた。いくらなんでも、見ているだけで恥ずかしい。
「ささ、貴女はもう行きなさい」
そんな五人を放っといて、瑠々理は少女を遠ざける。そして色々と面倒そうなので、人払いもかけた。
「あっ、こら悪を逃がすな」
変なポーズを決めていたのに、それに気づいた。しかし、砥上が注意を引く。
「おいおい、あんな小悪党より、もっとデカイ悪が目の前にいるだろう。良いのか? 俺を放っといて」
「悪? お前悪人なのか?」
「というか、あんたたちも悪者なんじゃないの? だから、この世界につれてこられたんでしょ?」
「何を言う。向こうでも、悪を討つために魔法を使ったら捕らえられただけだ。しかし我々はそれを使命と考えている。この世界の悪を滅ぼすために、彼らもあんな真似をしたに違いない」
「ああ、そう」
砥上を相手にしている時以上にあきれ果てている神名内。
「悪だというのなら、逃しはしない。戦わせてもらうぞ」
先程から主に赤い青年がしゃべっている。他の四人は戦闘態勢を崩さないまま、こちらを見ている。
赤い彼がリーダーなのだろう。
「はん。いい度胸だな」
「利鎌、私がやりますよ。見たところ大した魔力でもないので」
「そうか。ならば行け、我が右腕」
びしっと砥上は指示を出す。瑠々理以外は下がり、待機だ。
しかし、相手は五人とも来た。
「相手は悪の幹部か。しかし容赦はしない。どんな時でも全力だ。行くぞ皆!」
「「「「おう」」」」
威勢よく、息もぴったりと掛け声をあげる。
「お前ら、なかなかの悪巧みだな。五人で一人と戦おうだなんて」
砥上はそんな声に水をさすようなことをいう。
「な、何をいう。これは絆の力だ。仲間を一人戦わせるお前らとは違う。チームワークを駆使した力を見るがいい」
「はん。だったらこちらも、見せてやるぜ。俺の右腕の力をな」
「るるさんがんばってー」
譬喩歌ののんびりとした黄色い声援。
「いきますよ」
瑠々理は地面を蹴り、緑の男のもとに一息でたどり着く。
「なっ。ぐほ」
目で追えなかったのか、戸惑っている男。そのまま勢いを利用して、体重をのせた肘を、腹に打ち込んだ。
本当に魔力強化をしているのかというほどの、抵抗のなさ。
急所に重い一撃をくらい、あっけなく緑は倒れた。
「グリーンッ。おのれよくも! まずいぞ、これではフォーメーションが崩れるっ」
「そんなものあったんですか」
短い会話の内に、さらに黄色もアッパーカットで倒している。
「くっ。しかたない人数は減ってしまったが、あれをやるぞ」
「了解っ」
相手の三人は、それぞれ持っていたパーツを取り出し、組み合わせる。
それは複数人で力を合わせないと持てないような、巨大なバズーカだった。
しかし、両サイドのパーツが欠けているせいか細身に見える。
赤と青が二人で肩に担ぎ、ピンクが後ろにつく。大きな銃口が、瑠々理からは威圧的に見えた。
「いくぞ。魔力を込めろっ」
「はは、イカスじゃねーか」
観戦していた砥上はぽつりと感想をのべる。
三人が力を込めると、それに応じるように銃口が光り出した。
「喰らえっ。マギストラ・ストライク!」
赤が技名を恥ずかしげもなく元気に叫ぶ。
ふざけた様子とは裏腹に、銃口からはレーザーのようなものが飛び出し、路上に直撃した。土煙が上がっている。
道路は数メートルほど消し飛んだ。車がここを通りはまったら大変だ。
「やったか!?」
煙でみえていないようだ。
「そんなのにあたるわけないでしょう。掛け声なんてあげたら、ばればれですよ」
レーザーの射線の対角線上に瑠々理はいた。
「な、なに」
避けられたのが信じられないといった様子。
「くっ、二人いなかったから、威力が足りなかったか」
嘆く赤色の青年。もはやそういう問題ではないのだが。
「まだやりますか? 正直、もう結果は見えていると思いますが」
「ちっ。最初から幹部クラスがでてくるなんてせこいぞっ。覚えとけーっ」
そう言ったかと思うと、素早くバズーカをもとに戻し、黄色と緑を担いで三人は去っていった。
「正義の味方なら路面なおしとけよー」
砥上は彼らの背中に最後の言葉をかける。
あっというまにその背中は見えなくなった。
瑠々理も、他の三人のもとへもどる。
「一体なんだったんでしょうか。彼ら」
「さーな。正直、同じ正義のヒーローなら、こっちの世界の警察の方がまだめんどくさいぜ」
「砥上、あいつらは部下にしないの?」
「するわけなかろう。自称だろうと他称だろうと、正義を名乗る奴はいらん」
神名内の問いにそう砥上は答える。
「いくら悪の軍団を用意しておきたいとはいえ、異分子が紛れ込んでは困るからな」
「おもしろかったよー。あの人達」
にこにこと、譬喩歌はショーでも楽しんでいたような笑顔。
「うちはもうあまり会いたくないわね。見ててこそばゆくなるわ」
「しかし、あいつらがもっと派手に悪を討ちだしたら、次こそは徹底的に潰しておかねばな。悪の敵だ」
(あの少女のように、住民に危害が及んだら大変ですからね)
「まあ、あんな雑魚共はどうでもいいか。それより、ゲーセン、行くか?」
「いくー」
「どんな場所か、興味あるわね」
四人はへんな集団に時間をとられつつも、街のゲームセンターに入った。
そこそこ広く、様々な筐体が並んでいる。
雑多なゲーム音が騒がしい。客は高校生くらいが一番多く、各々楽しんでいる様子。
「わー。なにこれえ」
「変な機械がいっぱいある……」
初めて入った二人は衝撃を受けていた。
「あっ。お菓子」
いきなり、お菓子の自動販売機を指さす譬喩歌。相変わらず食べ物を見つけるのは速い。
「お前何しに来たんだよ。それは後な」
「むう」
「砥上、あれやりたい」
神名内が最初に使命したのは、UFOキャッチャーだ。景品のぬいぐるみに釣られたんだろうか。
「ああ、あれか。結構難しいぞ」
「ここを押している間、アームが左右に、こちらで上下に動きます」
瑠々理が丁寧に説明した。といっても、操作はシンプルだ。
「なんだ、簡単そうじゃない」
そして、一ゲーム目。事務所の財布を握っている瑠々理が百円を出そうとしたが、神名内は持っていたようで投入した。
一体どこから手に入れたのか。悪事をなして手に入れたのなら、砥上は怒るだろう。
そんな小悪党みたいな真似するな、悪の秘密結社の品位が下がる。
などといって。
アームが動き出し、獲物に近づくが、するりとそれは落ちた。
「あれ?」
「な? 難しいんだよ」
その後も続けるが、成果はでない。やがて諦めたのか、手が止まった。
「うう」
じっとそのぬいぐるみを見つめている。ふわふわで、デフォルメされたクマのぬいぐるみ。
「なんだそんなに欲しかったのか。瑠々理、俺も一回やるぞ」
「はい」
砥上が場所を交代し、一ゲームはじめた。当然、アームの動きは神名内と変わらない。
しかし、うまく引っ掛けるようにして、獲物を釣り上げた。
そのまま、目的の位置まで運び切る。下の部分から、そのぬいぐるみは姿を見せた。
「ほらよ」
「くれるの?」
「ああ、部下の機嫌は事務所の活力につながるからな」
「あ、ありがとう」
「よし、次はあれだ」
と言って、砥上が選んだのは格闘ゲーム。神名内が他のプレイヤーを後ろから眺めると、画面の中ではキャラクターが死闘を繰り広げている。
「神名内さん、それは」
瑠々理が止める間もなく、二人はやり始めてしまった。数分後、あっさりと負けた神名内。ほとんど砥上のキャラクターはダメージを受けていない。
「な、なにこれ。初狩りよ初狩りっ」
「なにっ。お前そんな専門用語何処で覚えてきた」
「意味はわかんないけど、さっきそこの人が言ってた。もう、なんで魔力強化もしてないやつに勝てないのよ」
「いや、こういうゲームはそういうのあまり関係ないぞ。どれだけやったか、だ。伊達にこの世界で何年も暮らしていない」
「もう、さっきはちょっと良い人かと思ったのに。やっぱりひどいやつ」
「悪だからなっ」
胸を張り、びしっと親指で自身をさす砥上。
(ここまで全部照れ隠しでしょうか。それとも、ただ楽しみたかっただけですかね)
二人をみて、そんな考えだ。ちなみに瑠々理と砥上がやると、瑠々理が八割勝つ。
やりこみが同じでも、やはり目の良さとレバーを動かす速さに違いがでてしまう。
「えー、とーくんは優しいよう」
譬喩歌がのほほんとフォローをいれた。そんなことを言われても、砥上としては困ってしまうだろう。
騒がしい二人が黙って、変な間が生まれたので、瑠々理は別のゲームを提案した。
台の上で、円状のものを打ち合いお互いのゴールに入れる、ホッケーゲーム。
四人対戦可能。
「チームでやるか。当然、俺と我が右腕チーム対一号二号チーム」
「なんでよ。経験者二人だなんて」
「でもー、こっちは二人共魔力強化済みだよー?」
「ルールは簡単ですよ。弾いて守って入れるだけです」
結局、砥上の言ったチームで対戦は始まった。
やはり動きが遅いせいか、砥上の部分が穴になっている。しかし、それをフォローするかのような瑠々理の動き。
円盤が弾き飛ばないのが不思議なくらい、女性三人は動きが速い。
「はは、なかなかやるじゃねえか」
「これ、いいわね。うちに向いてるかも」
かかかかかっと音が連続で響く。四人なせいか、まだお互い一点も入っていない。
しかし、最初に入れたのは一号二号チームだった。
弾の軌道を計算しているかのように、防御と攻撃をこなす瑠々理だったが、突如弾がクンと軌道をかえた。まるで相手の方に引き寄せられるように。
それをさらに譬喩歌はうち、反応が遅れたため対応しきれずに入ったのだ。
「今、使いましたね。譬喩歌さんの引き寄せの魔法」
「えへへ。悪巧んじゃった。褒めて」
「さすがだ。それでこそ我が事務所の部下二号」
「あ、そっか。さっきのゲームの時、うちも使えばよかった。ん、でもなんかずるい」
その後も対戦は続く。神名内は結局一度も、機械を操る魔法を使わなかった。
引き寄せの魔法の前に、瑠々理と砥上はお互いアイコンタクトをとり、さらにお互いの動きを補強していく。
「あん、だめえ。入っちゃうー」
「譬喩歌、頑張ってっ」
譬喩歌の危ない発言が響く。
段々一号二号の、即席チームのせいでうまれた穴に瑠々理は気づきはじめ、やがて経験者二人の方が勝利を収めた。
「はっはっは。勝てたら俺達の方が部下一号二号になってやろうと思ってたが、残念だったな」
「それ絶対ウソでしょーが」
神名内はいつものようにツッコミを入れる。
「次は何するかな」
「あれなにー?」
譬喩歌が言っているのは、ダンスゲーム。矢印状のコントローラーが仕組まれた台にのり、画面のものとおなじものを押していく。
その隣には、身体ごと画面と同じように動かすゲームもおいてある。
「おう、あれか。足元のパネルを踏めばいいんだよ。やってみりゃわかる。瑠璃子もどうだ?」
「いいですね」
二人は1P2Pになり、プレイをはじめた。拙い動きだが、イージーモードなのでなんとかなっている。
しかし、砥上は別のところが気になる様子。
「ほら神名内見てみろよ。揺れる揺れる」
砥上が言っているのは二人の胸。これまで見た人間でもそういないほどの大きさの二人がこのゲームをやれば、自然とそうなる。
しかし何故神名内に振ったのか。結果は見えているというのに。
「あんた、まさかそのために瑠々理にも。……どうやら脳を叩きなおしたほうが良さそうね」
「ふん。言い訳はしない。そうだ。これを見たくて二人にプレイさせた。たまにはこういうのもいいだろう」
その話を聞いていたのか、ぱっと胸を抑える譬喩歌。
当然のように瑠々理は気に留めていない。プレイに集中していた。
「開き直るなーっ」
「ごふ」
初めて会った時とどっちが威力が上だったかというくらいの、電撃パンチをくらい吹っ飛ぶ砥上。
幸い筐体にはぶつからなかったが、床に数秒倒れた。
客の注目を集めてしまうが、三人はあまり気にしていない。神名内だけは、やや恥ずかしそうに目を伏せている。
そしてそろそろ十分遊んだので、四人はゲームセンターを後にした。
「まだ時間ありますね。戻ってお客を待ちますか?」
「どーせこねーだろ。ついでだからカラオケもいこうぜ」
「お歌を歌うところだっけー」
「うちこの世界の歌なんて知らないわよ」
「まーなんとかなるだろ」
四人は近くにあったカラオケ店へ。派手な頭の面々に面食らう店員。
部屋に案内され入ると、もっと大勢でも座れそうな備え付けの椅子に、画面のついた小さい機械やら大きい機械やらマイクやらタンバリンやら。
「へー案外狭いのね。閉じられた空間って感じ」
「たしかにな。そこの小さい機械で曲を選んで、そっちの機械の画面から出る音に合わせて歌うんだよ」
「あー、メニューがあるよー」
「ドリンクと、いくつか品を頼みましょうか」
「全部食うなよ?」
「はーい」
気持ちのいい返事だが、本当にちゃんとわかっているのかどうか。
さっそく、砥上が曲を入れた。大きめの音楽が流れる。
「俺もあんま知らねーんだけどな。テレビで見たくらいで」
それは、聞くものが聞けばすぐにわかるような、アニメソングだった。
やたらと熱く、叫ぶ箇所も多い。
「わー、すっごい声」
「ちょっとマイクでかいんじゃないの?」
「これくらいじゃねーと爽快感でねーよ」
歌い終わると、点数が表示される。細かな採点基準もだ。
「七十点、ってどうなの?」
「七割凄いってことー?」
「はん。俺の偉大さを計りきれなかったようだな」
瑠々理が曲をいれるとともに、二人に機械の使い方を見せる。
そして曲が流れた。しっとりとしていて先ほどのとは雰囲気が間逆だ。
「ええ、綺麗な声……」
「るるさんっぽいねー」
二人がその歌声に感嘆めいた感想をもらす。その曲もまた、テレビでやっている歌番組から覚えたものだ。
結果はなんと九十八点。
「すごーい。ほとんど満点だあ」
ぱちぱちと譬喩歌と神名内は拍手。
「この点数も納得よね。砥上って、もしかして下手?」
「はん。瑠璃子は昔から細かいことが得意なんだよ」
「お二人もいかがですか? 今の曲を一緒に歌ってみます?」
「で、できるかな」
「らじゃー」
瑠々理の提案で、三人は同じ曲を歌い出す。拙く瑠々理のあとを追う二人。
三人もいると、しっとりとした曲でもどこか明るくなった。
そしてドリンクやポテトチップスやからあげを店員が持ってきた。
すぐに譬喩歌が手をつける。
「これおいしい。どういうものなんだろう」
調理法を聞いているのだろう。しげしげとポテチを眺めている。
「それは芋を薄く切って油で揚げたものですよ。こちらは鳥を同じく揚げたものです」
「そうなんだー」
「よーし。もいっちょ俺の美声を聞かせてやるかな」
と言って歌い始めた砥上、しかし先程よりマイクの音が小さい。
「あんたにはそれくらいがちょうどいいわよ」
神名内がいつのまにか音のバランスをいじっていたらしい。もしくは、魔法で機械を操作したか。
「あっ。お前のせいか。早く戻せ」
「いやよ」
「だったらお前が歌え。ほら」
口元にマイクをぐりぐりおしつける砥上。
「ひらないからふたえないはよ」
「俺の声につづけて歌えばいい」
よこでマイクなしで、砥上が歌う。それをきき、渋渋と歌う。
熱い歌詞が恥ずかしいのか、声が小さい。
「ほらほら、もっと大きく」
砥上の声に、やや大きい声がでるが、まだまだだ。
「利鎌、あまり神名内さんをいじめたらだめですよ」
その様子に瑠々理は一言注意した。
それからも、瑠々理や砥上が歌ったり、それを二人が歌ったり、あえて一人ひとり知らない曲を歌ったり、カラオケを楽しんだ。
戦いを一時忘れ、むりやり送られた世界でも仲間と楽しむ魔法使い達。
「利鎌、そろそろ生活費が厳しいです」
こちらの世界のせちがらい現実。
瑠々理はあっさりと、悲しい事を言った。
「ち、しゃーねー。例の手を使うか」
「例の手?」
神名内の質問。
普段は数ヶ月に一回入る大きな依頼をこなして、金を確保している。しかし、現在そのときの貯金が消えかけていた。
そろそろ誰か、依頼を集めてくれる仲介屋を探したほうがいいかもしれない。
さしあたって、非常時にやることを話す。
「ああ。こちらの世界の人間にも、はびこる悪はいる。そいつらを潰して、金を奪う」
「なっ、そんなことしていいの? ほら、道徳とか信念とか」
「問題ねーな。俺の街だ」
「そ、そう」
ハッキリと言われてしまっては、言葉もなかった。
四人は街を行き、とあるビルの前にたどり着いた。
窓に貼ってある公告を見る限り、金貸しの業者が多い。しかし実態は、全て同じ暴力団の傘下である。悪徳金融。暴利貸し。闇金。
犠牲になった街の住民は数知れず。
「はっは。なんかいつのまにか数増えてんな。前見た時は二階だけじゃなかったか」
「カビみたいですね」
「こんな事ならもっと早くやっとくべきだったな」
「このお店? はどういうところなのー?」
「よし。美鳴、説明してやれ」
「うちにわかるわけないでしょ」
「一言で言えば、お金を貸して、それを何倍にして返させる方々です。返せなければ脅しや暴力で無理やり回収。こちらの世界では返す時の増額が割合できまっているのですが、このビルの方々はそれを無視して、勝手に増やしています」
「な、なるほど」
「お前ほんとにわかってんのか?」
「つまりー、悪い人達なんだねー」
「そうだな。俺ほどではないけどな」
「……それでどうするの?」
砥上を横目でじとっとみつつ、神名内は聞いた。
「入って、殴って、金を奪って、あとはこっちの世界のヒーローに任せる」
ここで言うヒーローとは110で駆けつけるアレ。
「驚くほど単純ね」
「利鎌は待っていてくださいね。貴方が銃を受けたら、危険ですから」
「わかってるよ」
「あ、やっぱりあんたはお留守番なんだ」
「俺が手を下すまでもねーからな。俺がやったら、このビルが崩れる」
瑠々理一人でも楽に制圧できるのだが、後学のために神名内もついていった。
譬喩歌は性格上、砥上を守る役目に回った。
はじめは、瑠々理の言葉に反応したのか、
「あんだおめえらは、なめとんのか」
だとか聞こえた。しかしすぐに、
「ひいいいいい」
になり、そしてそれが何度か繰り返されている内に、やがて静かになった。いくつかしていた銃声ももうしない。
「しーんとしちゃったねー」
「結構すぐ終わるんだよな。むしろその後の回収に時間かかってら」
そして、ケースを持って瑠々理はでてきた。後ろには神名内。当然どこも怪我していない。
「びっくりしたわよ。銃ってあんな大きい音するのね。あたっても痛くなかったけど」
「首尾よく終わりました。既に警察にも連絡済みです」
「よーし。逃げるぞー」
四人はすぐさまその場を離れた。犯罪者の末路。数日後、雑誌やニュースでこのことが取り上げられていた。
男共は女性二人にやられたというが、信じるものはいない。
結局暴力団同士の抗争の果てということになったようだ。財政難を脱し、四人の魔法使いはまた平和な日常を過ごしていく。
しかし、それも束の間のこと。
街には確かに、悪い魔法使いが蠢いている。
少女は走る。恐怖の対象から逃げるように、必死に足を動かす。
人に助けを求めるが、どうしてか誰にも会えない。
ただ後ろから男が近づいてくるだけ。
風をきるような音がし、腕に痛みが走る。
鈍く光るナイフが、少女の腕に刺さっていた。咄嗟に手で抑えるが、その代わり足が止まってしまう。
「やあ、随分足が速いね。でも、それくらいのほうがいい練習になるかな。ナイフの魔力強化をといてあるから、腕が飛ぶことはなかったようだね。向こうではあまり人にナイフを振るう機会なんてなかったからさ。何事も練習だ」
「ひっ」
わけのわからないことを喋る男。しかし、危害を加えてくる事に変わりない。
さらにナイフが飛んでくる。腹、足、頭のはぎりぎり当たらなかった。しかし、トマトの髪飾りが落ちる。
「これじゃあもう大した練習にならないね。次の人間を探すとするよ」
去るような事を言うが、安心する間もなく、男は少女に近づいていく。
「すまないね。己の勝手な都合でいたぶって。痛いだろう。すぐに楽になる」
「や、やめ」
――――。




