↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わからない二人  作者: 大窟凱人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/5

知らない二人

 知らない女が、私の部屋の鍵を開けた。

 仕事から帰り、上着を脱いだところだった。玄関の錠が回る音がして、女が入ってきた。年齢は三十歳前後だろうか。ベージュのコートを着て、片手にスーパーの袋を提げている。

 私を見るなり、女は立ち止まった。


「だっ……誰ですか!?」


 それはこちらの台詞だった。


「ここ、私の部屋ですけど」


「何を言ってるんですか。私の部屋ですよ」


 女は鍵を握り直し、表札を確かめるように廊下を振り返った。


「三〇二号室ですよね」


「そうです」


「えぇ~?」

 

 二人の間に、沈黙が流れた。


    *


 女の鍵を借りて玄関の錠に差し込むと、抵抗なく回った。女も私の鍵で同じことを試した。どちらも、この部屋の鍵だった。

 女は私から距離を取り、玄関の扉を背にして立っていた。


「大家さんに聞きましょう」


 しばらくして、女が言った。

 アパートの一階に住む大家は、呼び鈴を鳴らすとすぐに出てきた。

 痩せた老人だった。灰色のカーディガンを着て、使い古したスリッパを履いている。

 事情を説明すると、老人は目を丸くした。


「何を言ってるんですか。お二人は一緒に暮らしてるでしょう」


「この人とですか?」


「そうですよ。もう三年になるんじゃありませんか」


 女と顔を見合わせた。


「付き合ってるってことですか」


「そう聞いてますけどねえ」


 老人は困ったように笑った。


「また喧嘩でもしたんですか」


 その言葉が気になった。

 だが、さらに質問しようとすると、老人はもう部屋の奥へ引っ込もうとしていた。


「まあ、仲良くしてくださいよ」


 そう言って戸を閉めた。

 私たちは三階まで無言で戻った。


 三〇二号室に入ると、女は先に靴を脱いだ。

 私が後ろから扉を閉め、鍵を掛けると、女が振り返った。


「鍵、掛けるんですね」


「え……ああ。つい癖で」


 答えてから、少し気まずくなった。互いを侵入者だと思っていたのだから、警戒されても仕方がない。


「開けておきましょうか」


「いえ、大丈夫です」


 女はそう言ったものの、しばらく玄関の錠を見ていた。

 彼女の方こそ、この部屋を自分の家だと言い張っていたのに。

 私はその反応が少し気に入らなかった。


 女はスーパーの袋を居間の食卓に置いた。中には牛乳と卵、それに私がいつも買っている銘柄の食パンがあった。


「偶然ですね」


 私が言うと、女は首を振った。


「いつもこれを買うんです」


 私も同じだった。

 女の提案で、部屋の中を調べることにした。


 洗面所には歯ブラシが二本あった。

 青と白。どちらも使い込まれている。私は青い方が自分のものだと分かった。女も迷わず白い方を指さした。


 クローゼットには女物の服が掛かっていた。寝室の枕は二つ。食器棚には同じ柄の茶碗が二つ並んでいる。


 私は毎日この部屋で生活している。

 それなのに、どうして今まで気づかなかったのだろう。


「私、ずっと一人暮らしだったはずなんです」


 女が言った。


「私もです」


「いつからここに?」


「三年ほど前です」


「私も」


 互いに引っ越してきた日の記憶があった。

 荷物を運び込み、カーテンを取り付け、家具を組み立てた。作業の細部まで覚えている。

 ところが、その記憶のどこにも相手は存在しなかった。

 女が寝室の棚から厚いアルバムを見つけた。


 表紙には、丸みのある文字で「ふたりの思い出」と書かれている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。