知らない二人
知らない女が、私の部屋の鍵を開けた。
仕事から帰り、上着を脱いだところだった。玄関の錠が回る音がして、女が入ってきた。年齢は三十歳前後だろうか。ベージュのコートを着て、片手にスーパーの袋を提げている。
私を見るなり、女は立ち止まった。
「だっ……誰ですか!?」
それはこちらの台詞だった。
「ここ、私の部屋ですけど」
「何を言ってるんですか。私の部屋ですよ」
女は鍵を握り直し、表札を確かめるように廊下を振り返った。
「三〇二号室ですよね」
「そうです」
「えぇ~?」
二人の間に、沈黙が流れた。
*
女の鍵を借りて玄関の錠に差し込むと、抵抗なく回った。女も私の鍵で同じことを試した。どちらも、この部屋の鍵だった。
女は私から距離を取り、玄関の扉を背にして立っていた。
「大家さんに聞きましょう」
しばらくして、女が言った。
アパートの一階に住む大家は、呼び鈴を鳴らすとすぐに出てきた。
痩せた老人だった。灰色のカーディガンを着て、使い古したスリッパを履いている。
事情を説明すると、老人は目を丸くした。
「何を言ってるんですか。お二人は一緒に暮らしてるでしょう」
「この人とですか?」
「そうですよ。もう三年になるんじゃありませんか」
女と顔を見合わせた。
「付き合ってるってことですか」
「そう聞いてますけどねえ」
老人は困ったように笑った。
「また喧嘩でもしたんですか」
その言葉が気になった。
だが、さらに質問しようとすると、老人はもう部屋の奥へ引っ込もうとしていた。
「まあ、仲良くしてくださいよ」
そう言って戸を閉めた。
私たちは三階まで無言で戻った。
三〇二号室に入ると、女は先に靴を脱いだ。
私が後ろから扉を閉め、鍵を掛けると、女が振り返った。
「鍵、掛けるんですね」
「え……ああ。つい癖で」
答えてから、少し気まずくなった。互いを侵入者だと思っていたのだから、警戒されても仕方がない。
「開けておきましょうか」
「いえ、大丈夫です」
女はそう言ったものの、しばらく玄関の錠を見ていた。
彼女の方こそ、この部屋を自分の家だと言い張っていたのに。
私はその反応が少し気に入らなかった。
女はスーパーの袋を居間の食卓に置いた。中には牛乳と卵、それに私がいつも買っている銘柄の食パンがあった。
「偶然ですね」
私が言うと、女は首を振った。
「いつもこれを買うんです」
私も同じだった。
女の提案で、部屋の中を調べることにした。
洗面所には歯ブラシが二本あった。
青と白。どちらも使い込まれている。私は青い方が自分のものだと分かった。女も迷わず白い方を指さした。
クローゼットには女物の服が掛かっていた。寝室の枕は二つ。食器棚には同じ柄の茶碗が二つ並んでいる。
私は毎日この部屋で生活している。
それなのに、どうして今まで気づかなかったのだろう。
「私、ずっと一人暮らしだったはずなんです」
女が言った。
「私もです」
「いつからここに?」
「三年ほど前です」
「私も」
互いに引っ越してきた日の記憶があった。
荷物を運び込み、カーテンを取り付け、家具を組み立てた。作業の細部まで覚えている。
ところが、その記憶のどこにも相手は存在しなかった。
女が寝室の棚から厚いアルバムを見つけた。
表紙には、丸みのある文字で「ふたりの思い出」と書かれている。




