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第3話:義妹と母の逆襲――毒を盛られそうになりましたが、皇太子の一言が全部持っていきました

宮殿の朝は、驚くほど静かだった。


 カーテン越しに差し込む陽光は柔らかく、天蓋付きの寝台はふわふわで、枕の香りは上質なラベンダー。


(……どうして私はこんなところに寝ているのだろう)


 夢でも見ているような感覚のまま、私は上体を起こした。


「お目覚めですか、アリシア様。朝のお支度をお手伝いします」


 若い侍女――シオン殿下が手配してくれたというローナが、丁寧に微笑みかけてくる。


 鏡の前に座らされ、化粧を施されながらも、私はずっと考えていた。


(……皇太子殿下の態度、やっぱりおかしい)


 あの出会いから数日、殿下は公務の合間に必ず顔を出し、私の好物を侍女経由で把握し、些細な体調の変化にも気づいてしまう。


(本当に、何なんですか……あの人)


 これが“政略結婚”の距離感とは思えない。まるで、以前から私のことを……。


「アリシア様。ご実家より、訪問の申し出がありました」


 ローナの言葉に、私ははっとした。


「……実家?」


「はい。公爵夫人様と、妹君が宮中にてお目通りを所望とのことです」


 母とセリーヌ。


 婚約破棄の翌日、私に一言の慰めもなかったあの二人が、いったいどの面を下げて――。


(いいえ……むしろ、それが答えかもしれないわ)


 彼女たちは、「私がセリーヌの代役で皇太子妃になった」と勘違いしている。だから今になって取り戻しに来たのだ。


 ――たった一つの過ちだったと、泣き落としでもして。


「会いましょう。場所は……王宮の迎賓館で」


「承知しました」


 数時間後、私は迎賓館で彼女たちと対面した。


 母のレイナ夫人は、上品な笑みを貼り付けたまま、私を見るなりこう言った。


「アリシア。……ごめんなさいね。あの時は取り乱してしまって」


「……取り乱していたのは、セリーヌの方では?」


 そう言うと、隣に座るセリーヌが目を伏せ、ハンカチを握りしめた。


「姉さま……あの時は、本当にごめんなさい……。でも、でもっ、私……っ!」


 泣き声混じりの演技。けれど、私は冷静だった。


「用件をお聞きしましょう」


 すると母は、芝居を切り上げて急に真顔になる。


「あなたは、セリーヌの代わりに皇太子殿下の妃として送り出されたのよ。もともとの婚約は彼女だったでしょう?」


「それは、皇帝陛下のご命令でした。私自身が望んだものではありません」


「だったら……今からでも、代われるのではなくて? 皇太子殿下も、誤解していらっしゃるのかもしれないわ」


 ――ああ、やっぱり。


 この人たちはまだ、自分たちが“選ばれる側”だと思っている。


 その時だった。テーブルに並べられた茶菓子を見た私は、ふと眉をひそめた。


(……香りがおかしい)


 ラベンダーに似ているけれど、わずかに苦みと鉄の匂いが混じる。これは――


「失礼。これは私のものではないようですね」


 私はティーカップに口をつけず、ゆっくりと立ち上がった。


「毒を盛るのは、少しやり方が古いと思いますよ」


 セリーヌの顔が青ざめ、母が声を荒げる。


「な、なにを言って……!」


 しかし、扉の向こうから低く冷たい声が響いた。


「――その通りだ。時代遅れも甚だしい」


 その声に、室内の空気が一変した。


 入ってきたのは、漆黒の軍服に身を包んだ、第一皇太子・シオン殿下。


「殿下!? ど、どうしてこちらに……!」


「毒の香りなど、鼻が利く者にはすぐわかる。公爵夫人、そしてセリーヌ嬢。これ以上、アリシアに近づくな」


 その声音は低く、氷のように冷ややかだった。


「この女は、俺の妃だ。それを忘れたのなら――宮廷から永久に退場してもらう」


 母とセリーヌは、その場で崩れ落ちた。


 私は、シオン殿下の背中を見つめながら、初めて気づいた。


 この人はただの“政略の夫”ではない。

 この人だけは――本当に、私の味方でいてくれるのだと。

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