74話 木曽川楠男の災難5【浮気相手】
一方その頃、岡谷から妻を奪った浮気相手、木曽川はというと……。
「ぜえ……はぁ……し、死ぬ……」
夜、道路工事のバイトをしていた。
木曽川はまともな職につけないでいた。
コンビニやファミレスのバイトすら、彼を落とす。
そして、家族からも見放され、実家を追い出された。
生きてくためには金が必要。
彼が探して探して、やっと、日雇いのバイトにありつけた。
それは過酷な肉体労働。
今まで彼は、セックスの腕と整った面を使って、何不自由ない人生を送っていた。
しかし今の彼は、浮気がばれて職を失い、さらに顔面にダメージを負って……自慢の顔もゆがんでしまった。
もう以前のような、楽勝人生は送れない。
「労働って……こんなきついのかよ……」
「おいサボってんじゃねえぞ新入り!」
木曽川は現場監督にどやされ、尻を蹴られた。
「ああ!?」
「なんだその態度は! クビにするぞ!」
「す、すみません……」
現場監督は鼻を鳴らすと去って行く。
木曽川は内心でしたうちをしながら愚痴を漏らした。
(偉そうに命令すんじゃねえよ! こんな日雇いバイトなんていう、最底辺の現場監督風情がよぉ!)
……だが自分で言ってて、悲しくなった。
その最底辺でしか働く場所のない自分が、むなしくなった。
(いや、現状だけだ。見てろよ……ここから這い上がってやる……!)
木曽川の目には野心が宿っていた。
(今はこんなだけど、ここからだ。おれにはまだ、磨き上げたセックスの腕がある! これさえあれば、どこまでも成り上がっていけるぜ!)
木曽川に残されたたった一つの自信。
それは、あまりにも下品かつ下劣なものだった。
しかし自慢のイチモツで、多くの女を泣かせてきたのは事実。
そこまで自慢なら、AV男優にでも何でもなれば良い。
だが……。
(おれにだってプライドがある。AV男優なんて底辺の職業にはつきたくねえ。学もない面も良くない、セックスしか能のない屑どもと、おれを一緒にしないでほしいぜ)
ふんっ、と木曽川は鼻を鳴らす。
「おれは……やり直すぞ。ここから……這い上がってやる! そのためにはどんな手段だって使ってやるぜ!」
……まるで反省の色が見れなかった。
ここまで、多くの人たちに、自らの言動が、おかしいと指摘されてるのにもかかわらず……。
自分が間違っているなどと、みじんも思わない。
それが、木曽川 楠男という男だった。
「こら新入り!」
ばきっ!
現場監督に殴り飛ばされ、地面に倒れ伏す。
「何サボってごちゃごちゃ言ってやがる! とっとと手を動かせ屑!」
ぺっ、とつばを吐かれる木曽川。
悔しい思いをしながらも、しかし踏ん張って、立ち上がる。
(そうさ、こんな地獄……とっとと抜け出してやるんだからよぉ!)
★
就労を終えて、明け方。
木曽川はふらふらしながら帰路につく。
……といっても、彼の住んでいるのは、河川敷の橋の下だ。
実家を追われ、アパートを借りる金もなく、なぜか部屋も借りれない彼は……。
とうとう、ホームレス生活をスタートしていた。
(これも一時の我慢だぜ……)
と、そのときだった。
「ん? なんだ……? こんな時間に、人……?」
河川敷のベンチに、誰かが座っていた。
……それは、身なりの整った、なかなかの美女だった。
(うひょー! いい体してんじゃあねえか! しかも金持ちっぽいし……訳ありぽいな)
美女はベンチに座って涙を流していた。
頬にあざ、そして全身にはあちこちに、包帯が巻かれている。
「おねーさん」
「っ……!?」
「こんな時間に、どーしんたんすか?」
木曽川には、わかった。
この女が、何か困っていると。
幼き頃より女を食い散らかしてきた彼にだからこそ、わかる。
心が弱って、へこんでいる女の気配……においに。
警戒心をあらわにしていた美女。
だが木曽川がからむうちに、次第に自らの事情をしゃべり出す。
要約すると、旦那に暴力を振るわれて家出した、ということだ。
(ちょ~~~~~~、どうでもいい)
木曽川は美女の抱える事情なんて、いっさい気にしてなかった。
それより……。
にやり、と笑う。
(この女、食っちまうかぁ)
この美女を寝取ってしまう、と考えたのだ。
金持ちマダムを籠絡して、セックスで骨抜きにし、金と寝床をゲットする……。
最低で最悪な所業。
木曽川は、岡谷の妻ミサエを寝取ったことを発端とした、一連の事件があったにもかかわらず……。
同じ過ちを、繰り返そうとしていた。
まごう事なき愚か者だった。
「……ありがとう、わたしの話聞いてくれて」
美女の長話を、木曽川は根気強くきいてやった。
それもすべて、この女をねんごろになるためだ。
ようするに、この後ヤるために聞いていただけ。
「……すっきりしたわ」
「おう、そうか。良かったな」
「……ええ、ありがとう」
美女は立ち上がって、ぺこりと頭を下げる。
……ここで、余計なことをしなければ、いいものを……。
「んじゃ、セックスしようか?」
「…………………………は?」
木曽川の言葉を聞いて、美女が言葉を失う。
何かの聞き間違えだと思ったのか、首をかしげていた。
「だからよー、そんなひでえ旦那のことなんて忘れて、おれの女にならねえかぁ?」
邪悪、かつ身勝手すぎる提案だった。
「なあおれさぁ、あっちのほう、すげえ得意なんだぜぇ? 天国につれてってやるよ。もう……いろんなことどうでも良いって思えるくらい、最高にきもちよくしてやるよぉ~……」
下卑た笑みを浮かべて、木曽川がにじりよる。
ここ最近性欲を発散できてないこともあって、彼は人一倍、女に飢えていた。
「……け、結構です!」
美女が逃げ出そうとする。
だが木曽川は彼女の手をつかんで、無理矢理河川敷のベンチに押しつける。
「いやっ! やめてっ!」
「へへっ! おとなしくしなって……あんたもおれのこれを食らえば、きもちよーくなれるぜぇ~……」
そうやって、ミサエや利恵といった、数々の女を自分のものにしてきた。
木曽川はよだれを垂らしながら、ズボンを脱いで、彼女に襲いかかろうとした……そのときだ。
「やめてっ!」
バチッ……!
「ぎょべぇえええええええええええ!」
突如、電流が体に走った。
高圧電流が全身を駆け抜けて、木曽川はその場にひっくり返る。
「あべ、あば……な、なに……?」
「……護身用の、スタンガンです」
美女の手にはスタンガンが握られていた。
どうやら、DV夫に対抗するべく、護身用としてもっていたそうだ。
「あんたって……最低ね。セックスで何でも解決できるなんて思ってるなんて……」
美女は再び木曽川にスタンガンを押しつける。
ばちちちちちっ!
「ぎげぇええええええええええ!」
「どれだけセックスに自信があろうと、無理矢理関係を迫るなんて最低よ。それに……」
ふんっ、と美女が鼻を鳴らす。
「そんな貧相な物で女が満足するとでも? どうせ、怪しげな薬でも使って、女を駄目にしてからやってたんじゃないの?」
……その通りだった。
木曽川には、裏ルートで手に入れていた、媚薬があったのだ。
それを使って女の体をとろかせて、そこでセックスすることで、相手を落としてきた。
仕事を首になって、金がなくなってからは、媚薬を買えないでいた。
だが木曽川は、勘違いしていた。
薬がなくとも、自分の腕があれば……相手を満足できると。
「悪いけど、こんな女心をみじんも理解しない、やることしか考えてないチンパンジーとやっても……気持ちよくないわ」
「なっ……」
「その程度の大きさの、ポッキーみたいな粗末なもので、よくもまあ自信満々に、セックスが上手いといえたものね」
単に、体がショックを受けて、イチモツが縮み上がっているだけだ。
だが……それでも。
自分が、誇らしく思っていた物を……馬鹿にされ。
そして……たいしたことないと、言われてしまった。
「二度と近づかないで性犯罪者」
美女がスマホを取り出して警察に電話をかける。
「あ、もしもし、警察ですか? ええ、襲われそうになったんです……場所は……」
木曽川はしびれながら、内心で冷や汗をかく。
(ま、まずい……! 逃げなければ!)
木曽川はずりずり……と這ってその場から逃げようとする。
(通報してすぐ警察が来るわけじゃない……! このまま逃げおおせる……)
と、そのときだ。
「通報したかたは、あなたですか?」
(なっ!? なんで!?)
まだ電話中だというのに、警察官が駆け寄ってきたのだ。
……無論、開田グループの権力が働いたのは言うまでもない。
「あそこの男に、無理矢理犯されそうになりました」
女が木曽川を指さして言う。
「ちょっと君、来てもらおうか?」
木曽川は青い顔をして、立ち上がる。
そして……逃げ出した。
「あ、おい!」
木曽川は全力で走り出す。
「くそっ! くそっ! くそぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
下半身丸出しで走り出すその様は……露出狂のそれだ。
だが、木曽川はすぐに追い詰められた。
「逃がさないぞ!」
木曽川が居るのは、橋の上。
警察官に囲まれて、絶体絶命のピンチを迎えていた。
「おとなしく捕まるんだ!」
「ふ、ふ、ふざけるなぁ……!」
木曽川は、この程度では捕まってたまるか、と考える。
欄干の上に乗って、警察官達を脅す。
「お、おまえら! おれを捕まえてみろ! こ、こっから飛び降りて、死んでやるからな!」
ここは橋の上。川の中央部。
眼下には、昨日の雨の影響で、増水した川が流れている。
落ちれば、まず助からない。
「おまえらのせいでよぉ! 善良な一般市民が死ぬだぜぇ! ひゃっはははっ!」
……追い詰められすぎて、木曽川は頭がおかしくなっていた。
だからだろう……。
ずるっ!
「へ……………………?」
足を、滑らせてしまったのだ。
「ぎぃやぁあああああああああああ!」
橋の下へと、木曽川が落下していく。
どぼぉおおおおおん! と激しい音を立てて、木曽川は濁流にのまれた。
「あぶっ! うぷっ! げうっ!」
恐ろしいスピードで流されていく。
「だ、だずげ……だずげでぇええええええええええええ!」
流されていく木曽川だが。
しかし……警察官達が、助けに来る様子もない。
「どぼじで……どうじでぇええええええええええええええ!」
……川に押し流されながら、木曽川は悲痛なる叫びを上げる。
川から上がる気力も体力もなく……。
彼は、川の中で意識を手放した。
……気を失う寸前、彼は思う。
(お、おれは……死ぬのか? いやだ……いやだ……死にたくない……おれは……また、返り咲くんだ……)
だが、ご自慢の面も、セックスの技術も、そしてイチモツも。
すべて、ぐしゃぐしゃにされた。
彼にはもう……何も残っていない。
生き残ったところで……待っているのは地獄の日々。
(いやだ……それでも……いや、だ……お、……れ……)