64話 一花と天国のような甘い朝(なお、その後)
俺が一花の家に泊まった、翌朝。
全身に疲労感を覚えながら目を覚ます。
「すぅ……すぅ……んんぅ……」
俺のすぐ目の前には、黒髪の美女が眠っている。
艶やかな長い黒髪、真っ白な肌。
大きな胸は形も良いうえに、仰向けに寝ていてもまったく形が崩れていない。
ゴムのような張りと、マシュマロみたいな柔らかさが同居する奇跡の双丘。
「んぅ……すぅ……」
一糸まとわぬ姿の一花が、幸せそうな顔で眠っている。
「満足そうだな、おまえ……」
昨晩、というか今朝まで、俺たちは肌を重ねていた。
一花が宣言したとおり、寝かせてくれなかった。
彼女の体力は無尽蔵で、何度も何度も、俺は搾り取られた……。
最後の方は俺も一花も意識がもうろうとしており、ナニがあったのかは覚えてない。
だがとてつもない疲労感と、そして満足げな、蕩けた一花の表情が、最後に見えた。
「やりすぎだ……まったく……って、え?」
俺は壁の時計を見て、目を剥く。
「ご、午後……2時、だと?」
壁の時計には14時を知らせる表示。
そして窓の外からは、午後の日差しが入り込んできている。
「い、一花起きろ。もう昼過ぎだぞ?」
「んぅ~……らい、じょーぶぅ……」
ぽやー……とした表情で、一花が半目を開く。
「きょーは……どようびです、にゃ~……」
にゃあってなんだ……。
「だとしても、いつまでも寝てるのは人としてマズい。起きなさい」
「もうちょっとぉ~……」
一花は子供のように、俺の腰にしがみついて、いやいやと首を振る。
困った……って、そうだ。
忘れて居た。
俺は枕元の、充電ケーブルに刺さってるスマホを取り出す。
昨晩、友達(一花)の家に泊まる旨を、あかり達にはLINEしておいた。
三人で少し話したいことがあると、妹のみどり湖が言っていたから、泊まることになったのだった。
「……何にも返事がない」
あかりたちとのグループLINEには、あかりはおろか菜々子からの返事もない。
俺は不安に駆られながら、文字を打つ。
【おはよう。返事が遅れてすまない】
打った瞬間、既読が3つく。
このグループLINEは、俺、あかり、菜々子、そしてみどり湖の4人のものだ。
「…………」
既読がつくが、しかし一向に返事が返ってこない……。
【そっちへは、夕方頃に戻る】
既読3。
【夕飯は先に食べてていいぞ】
既読3。
【朝に連絡できなくてすまん】
既読3。
「…………」
1秒で全員の既読はつくものの、返事が……返ってこない。
これは……どう解釈すれば良いんだ?
「……みつひこ……くん……」
俺の腰の辺りで、一花がそうつぶやく。
「どうした?」
そのままずりずり、と登ってきて、一花が俺を押し倒す。
「一花?」
「……おはよう」
どうやら目が覚めたらしく、彼女が俺に朝の挨拶をする。
まあもう昼なんだが……。
しかしその目が、切なげに、潤んでいた。
熱い吐息を、一花が漏らしている。
「ごめんなさい、光彦くん……また、えっちしたくなっちゃって……」
「いや、なんでだよ」
「……腰にしがみついてたら、その、見えちゃって……立ってるのが」
ああそうか、俺もまた昨日のあれから、裸のままだったな。
朝になると元気になる現象のせいで、硬くなっている。
それを見て一花が興奮してしまったのだろう。
「ごめんなさい……」
「いや、いいけど……おまえ、昨日あれだけやって、まだ足りないのか?」
「うん……全然足りないの……むしろ光彦くんと繋がるたびに、もっともっとって……思っちゃうんだ」
一花が俺の腹の上に、馬に乗るようにして、またがってくる。
そのまま猫のように体を反らしながら、俺の胸板にしなだれかかってくる。
「……だめ?」
愛する恋人に、しかもこんな美女に迫られ……。
以前の俺なら、とぼけたか、スルーしていただろう。
だが……。
「あっ」
俺は一花を、抱きしめる。
胸の中で彼女が嬉しそうに、抱き返してくる。
「おまえ……なんか段々エロくなってないか?」
「だ、だってそれは……光彦くんの、せいだもん」
「ふぅん。俺の?」
「そ、そうよ。いっつもあたしの弱いところ、執拗に攻めてきて……気づいたら……何もわからなくなるくらいに、頭真っ白だし」
「でもお前が性欲強いのは元からだろ?」
「だ、だって……10年ずっと処女片思いだったし……こじらせてるのっ」
「自分で言うのかよ。可愛いヤツだな」
一花は拗ねたように唇を尖らせる。
俺はそんな彼女が可愛らしくて、サクランボのような唇をついばむ。
一花は笑顔になると、何度も何度も、俺と唇と……そして体を重ねてきた。
……結局、寝起きで3回も、やるはめとなった。
★
遅い昼食を食べた後、俺たちは部屋の大掃除をした。
シーツを替えたり、要らないもの、使えなくなったものを処分する。
色々やってると日が暮れていた。
「土曜日が終わってる……」
「ご、ごめんね光彦くん……」
運転席の一花が、もうしわけなさそうに肩をすぼめている。
「あたしが何回もするからよね」
「まったくもって、困ったもんだ。恋人の性欲が旺盛だとな」
「うう~……」
「冗談だよ」
俺は運転する一花の頭をなでる。
「ふふっ……光彦くん、変わったね」
「そうか?」
嬉しそうに一花が笑う。
「だっていつもなら、遠慮してきたでしょ。そんなことないーって。でも……さっきみたいに、冗談でもいじってくれて……うれしい」
一花の車が信号前で止まる。
「距離が近くなった感じがして、ね?」
「そう……か。そうだな……」
前は色んな事象に対して、鈍かった。
どうでもいい、というわけではない。
だが……毎日が暗く、灰色で……。
何かに対するリアクションも、年々薄くなっていった。
でも……あかりや菜々子、一花やるしあたちと出会い……俺の世界が少しずつ色づいてきている。
失った青春を、取り戻すかのように……今、俺は生きてるのが楽しい。
「一花」
「なぁに?」
俺は……信号待ちしてる彼女の頬に、キスをしてみる。
「ふにゃっ!」
一花が顔を真っ赤にしてあわあわとと慌てる。
「ど、どうしたの急に?」
「いや……なんだかいじめたくなってな」
「も、もう……ばか……」
「結構マゾだもんな、ベッドの上でも」
「や、やめてってば……もうっ、おかえしだっ」
一花が今度は、自分から俺の唇に、キスをしてくる。
柔らかく、女性的な彼女の唇は……蕩けるように甘い。
「ふふっ」「ははっ」
……バカップルも良いところだ。
そんなふうにしてると、信号待ちが解除された。
一花は車を出発させる。
「もう一泊すれば良いのに」
「いや……」
俺はLINEにメッセージを送る。
【もうすぐ家に着く】
既読3。
また1秒で、全員の既読がついた。
しかし……依然として返事が返ってこない。
「……ちょっと、ご立腹みたいでな、あかりたちが」
「そ、そう……ごめんね。独占しちゃって」
「いや、別におまえが謝ることじゃないだろ」
ほどなくして、俺の家の前に到着した。
助手席から出ようとすると、非常に体が重かった。
「光彦くん。が、がんばって……」
運転席から、冷や汗をかきながら、一花が応援してくれる。
「ありがとう。……骨は拾ってくれ」
「し、死なないでっ! 嫌よあたし、まだウェディングドレス着てないんだからっ!」
どうやら一花は、俺との結婚を視野にいれてるようだった。
そうだよな。彼女ももう28だ。
結婚……したいだろう。
子供も欲しいんだろうな。
だから何度も、【無し】でやろうって迫ってきたんだろう……さすがに俺は断ったが。
「それじゃあね、光彦くん」
「ああ、またな」
ええ、と言って一花が手を振って、車を発進させる。
「…………」
この関係が、いつまで続くかはわからない。
だが早い決着を、彼女は望んでいるだろう。
一花は前に、30前には結婚したいと言っていた。
そうだ、彼女だって、自由でいられる時間は少ない。
決めなくては、いけないのだ。
覚悟とか、そういう、諸々を……。
「けど……その前に」
俺は振り返る。
あかりとみどり湖が立っていた。
無言で、真顔。
俺の真後ろに、立っていた。
「た、ただいま……」
右腕をあかりが、左腕をみどり湖が、ガシッと掴む。
「あ、あの……2人とも? 自分で歩けるし、逃げないから」
「「…………」」
「ああ……」
ずりずり……と俺は引きずられながら、家の中へと連れて行かれる。
さながら、警察に連行される、犯罪者のようだ……。
「「何か言うことは?」」
「お、遅くなってごめんな……」
すっ……と真顔になるあかりとみどり湖。
「「今夜は寝かさないから」」
一花と、まったく同じセリフを言われる。
だがなぜだろう。
あのときと違って、極寒のなかにいるように、体が震えてしまうのだった。